第24話「妹と下校と買い食いと」

 朝から酷いことになっていたが、登校してしまえばある程度平和な日常が戻ってきた。せいぜいが依怙に『朝から何やってんの?』と聞かれてしまったくらいだ。しらばっくれようとしたが、瀬々里の投稿を見てすぐに全てを察したらしく、『青鳥、あなた一応瀬々里ちゃんの兄って自覚はあるの?』と言われたくらいだろうか。俺は『瀬々里に言ってくれ』というのが精一杯だった。


 午後の授業を安心して受けていると、ポケットに入れて置いたスマホが震えた。手に巻いたスマートバンドで内容をこっそりチェックしたが、件名だけで瀬々里からの物だと分かったので無視してしまうことにした。そもそも授業中にスマホを使うなということを理解していないのだろうか? 悪いと分かっているなら何も言うことはないが、アイツの場合本気で悪いと思っていないと言い切れないところが怖い。


 ちらりと俺の不審な行動を見た依怙が俺に視線をやってきたが、興味をなくしたのかすぐに前に向き直っていた。どうやらアイツも俺と瀬々里のことに首を突っ込むつもりは無いようだ。


 そして下校のチャイムが鳴って俺の安息の時間は終わりを告げた。


「お兄ちゃん! 一緒に帰りましょう!」


 チャイムが鳴って一分くらい、一体どれほど急げばここまで速やかな行動ができるのだろう? 兄としては高校受験が心配になるほど学業をほっぽり出しているように思える。


 今さらの話だし、瀬々里が友達とカフェで女子会を開くようなやつではないことも知っている。結果、必然として俺の方に来るというわけだ。


「分かったよ、帰るか」


 そう言ったところで依怙が話に割り込んできた。


「私も一緒に帰っていいかしら?」


「うへぇ……」


「ちょっと! 瀬々里ちゃん、そこまで露骨に嫌な顔することないじゃない!」


「だって私とお兄ちゃんがいればフォロワーは稼げますし、依怙さんが一緒にいると何をポストされるか分からないから怖いんですよ」


 瀬々里はどうやら依怙がついてくるのは気が進まないらしい。別にそのくらいいいじゃないかと思うのだが、我慢ならないらしい。


「依怙さん、あなたが映り込むと『百合に挟まる男はギルティ』とか言われそうなのでできればやめて欲しいんですよね」


 あー……俺と瀬々里だけならなんとも思われないだろうが依怙が隣に入ると勝手な考察勢が豊かな想像力であることない事を書くかもしれないな。


「青鳥の方も同意見なの?」


「俺は構わん、別に家の近所の写真をアップロードする気も無いしな」


「お兄ちゃんがよくても私が構うんですよ!」


 三人でそれなりに言い争った後、瀬々里が折れて三人で帰宅することになった。その代わり、帰り道でクレープを買ってくれと俺にねだってきた。ここで言い争うのが嫌なので俺もその案を飲んだ。


「では! 合意もしたことですし、一緒に帰りましょうか」


 そう言って俺の手を取る瀬々里、なんだか胡乱なものを見るような視線が依怙から刺すように飛びかかってくる。無視を決め込んだが、白い目で見られているのは間違いないだろう。


「まあいいわ、行きましょうか。この時間ならクレープは公園の駐車場で売ってるわよ」


「おお! ナイス情報です依怙さん!」


「もちろん私にも奢ってくれるんでしょう?」


 依怙はにこやかに俺にそう言って来た。正直金が無いから勘弁して欲しいのだが、断るとどうなるか分からないので俺は黙って首を縦に振った。


 そこで瀬々里が俺に耳打ちをしてきた。


「どうせお金がないんでしょう? ……これを使ってください」


 そうささやいて俺のポケットにそっと紙幣を入れてきた。こっそり見ると五千円札だった。瀬々里の資金源が何かは分からないが、この支援は非常にありがたい。


「あ、依怙さんは自分で払ってくださいね」


「瀬々里ちゃんは私に厳しすぎない!?」


「なんで厳しいかくらい分かっているでしょう?」


「そうね……」


 何故か二人だけで俺には理解出来ない会話をしていた。とにかく支払いは瀬々里の分だけでいいようだ。後であまりは返すにしてもあまり大金を使うのは気が進まないのでありがたい。


 そして三人で歩みを進めた。いつもクレープ屋のキッチンカーが来ている公園は通学路から少し外れたところにある。俺は興味が無かったので意識したことは無かったが、そこは結構な連中が買い食いをしている場所らしい。たまに近くを通るとそこそこの人数が並んでるな、くらいにしか思っていなかったが、どうやらその中の多くはカップルらしい。


 瀬々里を先頭にしながらいつもの帰り道から少し外れて歩くと、アスファルトが途切れて地面がむき出しになっている場所に着いた。公園の中ではイチャついている連中が幾人か見受けられるな、滅んでくれないかな。


 物騒なことを考えていると瀬々里が俺の腕を引っ張った、そちらを見るとクレープのキッチンカーが止まっており、早いところ食べたいようだ。晩飯が食えなくなるんじゃないかと思いつつ三人でその車の前の行列に並んだ。


「お兄ちゃんは何にしますか? 私はストロベリースペシャルにしますね!」


「俺はチョコチップかな」


「私はブルーベリーね」


 依怙が声を上げると瀬々里がそちらを見て『別に何を頼むかは自由ですがお代は払いませんよ?』とチクリと言っていた。依怙は気分を害した様子も無く『分かってるわよ』とだけ言った。


 行列は消化されていき、自分たちの番になったので俺はストロベリースペシャルとチョコチップを注文した。横に避けて出来上がるのを待っている間に依怙も注文をしていたが、ブルーベリーは品切れだったらしく、バナナを妥協して選んでいた。


 そして依怙も俺たちに交じって数分、出来たてのクレープを渡された。代金はそれなりだったが瀬々里が持つということなので、俺が気にすることではないだろう。


「お兄ちゃん、ちょっと近づいてください」


 俺は瀬々里がスマホを持っているので全てを察して『顔は隠してくれよ』とだけ言い、近くによると、瀬々里は取り出したスマホのインカメラで俺たちの写真を撮った。金を払ったのが瀬々里である以上それにとやかく言うのも違う気がして撮影されるがままにしていた。


 数枚撮ってから満足のいくものがあったのか、俺から離れてスマホを操作していた。


「瀬々里ちゃん、アレでいいと思ってるの?」


 横から意外にも依怙がそう問いかけてきた。俺は特に深く考えていないので『いいんじゃねえの』とだけ答えた。その答えには不満そうにしていたが、瀬々里の笑顔を見ると流石に文句を付ける気にもなれなかったらしく、黙って自分のクレープを食べ始めた。


 アイツも大概心配性だなとは思う。まあSNS中毒がいいことで無いことなのかもしれないが、SNSは回線切断とアカウントの転生でリセット可能なので、ほぼやり直しが不可能なオフラインの世界よりは安全だろう。


「お兄ちゃん! このクレープを美味しいですよ! 一口どうぞ」


 そう言って瀬々里は俺の前にクレープを差し出してきたので一口かじり取った。イチゴのさわやかな酸味と甘ったるい生クリームがいいバランスをしていた。


 美味しいものだったが二人分で千円を超えるのは中学生にとって思い金額だなと思わずにはいられない。


 視線を感じて隣を見ると、依怙が俺たちを白い目で見ていた。アイツはいつだってあの調子のような気がするので気にするようなことでもないか。


「ねえ青鳥、あなたは何時までこのままでいるつもりなの? いずれは……分かってるんでしょう?」


「さあな、俺は別に将来の事なんて考えてないんでな、そういう社会的で模範的な生活はお偉いさん方に任せるさ」


 社会の一員に自分が向いていないことくらいは知っている。せいぜい社会に寄生して死なない程度には生きていくさ。


「瀬々里ちゃんを巻き込むつもり?」


「さあな、それはアイツ次第だよ。俺はただ要求に応えるだけだ」


「甘いわね」


「俺は妹の要求を断れないんでな、アイツがそれを望むなら……な」


 依怙はクルリと背を向けて帰り始めた。俺がぼんやり見ていると、首だけでこちらを向いて言う。


「青鳥、あんたがどうなろうと知った事じゃないけど瀬々里ちゃんのことも少しは考えなさいよ」


「前向きに検討するよ」


 俺は政治家のような答弁をして依怙と別れた。それから瀬々里とベンチに座ってのんびりクレープを食べてから帰宅した。瀬々里が上機嫌だったので「良いことがあったのか?」と訊くと、「フォロワーが増えました!」と元気良く答えたのだった。

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