第22話「瀬々里、捏造する」

 天体観測から帰ると、瀬々里は俺に風呂を勧めてきた。俺は「お前の方が先でいいぞ」と言ったものの、俺が先に行くべきと言われて何か理由があるのだろうと思い、それを深く考えず風呂に向かった。


 風呂に入る前にスマホを置いて浴室に入り、ザンブと浴槽に浸かった。展望台まで歩いた疲れが、まるでお湯に溶けているようだ。後知恵だが、スマホを風呂に持ってはいれば良かったと思う、一応は防水だしな。


 そして風呂を出てスマホの通知を確認すると、依怙からの大量のDMが届いていた。またどうせくだらないことなのだろうとは思いつつ、それを流し見していった。


『瀬々里ちゃんと夜の町を歩いたって本当?』

『本当にせよ嘘にせよ早いところ対応した方がいいわよ』

『見てないの? 瀬々里ちゃんが好き放題発言してるわよ?』


 そんな内容のメッセージが大量に届いていた。そのどれもが瀬々里についてのものだった。それを見てから即服を着て瀬々里を探した。


 リビングでソファに寝転んでいる瀬々里を見つけると、早速俺は瀬々里に声をかけた。


「なあ、さっき撮った写真、もう公開したのか?」


「お……お兄ちゃん!?!? え、ええアップロードしましたよ、イソスタの方ですね」


 まあ好きにすればいいのだが、イソスタにアップするにはあまり映えない写真だと思うのだがな。


 人の価値はそれぞれだが、それにしても物好きな人がネットには多いものだ。しかしさっきのDMが気になったので訊いてみた。


「なあ瀬々里、どんな写真を公開したんだ? 見せてくれないか?」


「ダメです、私だけの秘密です」


「分かったよ、話す気がないなら俺のスマホで見るよ」


「ふぇ!?」


 何やら驚いている瀬々里を放っておいて、俺はスマホで妹のアカウントを覗く。そこには俺の写真と星空の写真が交互に投稿してあった。せめてもの配慮は俺の顔が分からないように加工してくれていることだろうか。


 それ自体よりも、ハッシュタグに『素敵な人と星空』などと書いてある方が問題だろう。二つの写真はそれ自体では関係の無いもののはずだが、二つに同じハッシュタグを付けることであたかも関係があるように見せかけている。自分の写真を上げるならとやかく言わんが俺を巻き込まないで欲しいものだ。


「で、瀬々里、何か申し開きはあるか?」


「わ……私はきちんとプライバシーには配慮していますし、あくまでもフォロワーが勝手に邪推するのが悪いんですよ!


「この写真の並びだとどう考えても匂わせになるだろうが! 確かに具体的に何がどうとは書いてないけどフォロワーの好奇心を煽るんじゃない」


 困ったやつだ、嘘はついていない、嘘はな……しかし見たやつを誤魔化す方法はいくらでもある。しかも大半の人は真実など求めていない。イソスタにある写真がどういった背景があるかなど調べる人はほぼいない。ただそこにある写真が全てだ。たちの悪い話だとは思うが、俺たちがそういう時代に生まれてしまったことを恨むしかないな。


「とりあえず、写真は削除してくれるか?」


「その心配は無いですよ、ストーリー機能を使っているので時間が来れば自然に消えます」


 なるほど、つまりは勝手に消えるまでは我慢しろと言いたいんだな。まあいい、そうそう瀬々里の投稿を熱心に見ているやつはいないだろう。依怙はまあ……例外だな。


「お?」


 瀬々里は素早くスマホのディスプレイを見てニヤニヤしている。まさか拡散されたわけじゃないだろうな。


「何があった?」


「いえいえ、やはりお兄ちゃんがいるとなかなかにいいねの数が増えるんだなと思いまして、どうもありがとうございます」


 天体観測に付き合ってやったお礼ではなく、あくまでもいいねが付いたことに対するお礼なんだな、人生をSNSに捧げるのはあまり褒められたことでもないとは思うのだが、しかし俺も人生の有意義な使い方など知らないのでどうしようも無いな。


「それは結構、しかしネタを擦り倒すとフォロワーに飽きられるぞ」


 そのくらいの忠告しかできない。そもそも俺が写ると反応がいいというのも謎だが、イソスタ界隈では親しい異性がいるというのはステータスなのだろう、Tでは真逆なんだがな。


「そうそう、これをどうぞ」


 そう言って瀬々里が差し出してきたのはドクペだった。


「サイダーもらいましたし、お礼です」


「そりゃどうも」


 ありがたく頂いてそれを飲むと、入っているカフェインと謎の果実感でぼんやりしていた意識が覚醒した。そこでよく考えてみたのだが、俺はドクペを常飲するので冷蔵庫に入っているが、瀬々里は飲まないはずだ。ということはこれは俺のドクペなのでは?


「あぁ、お兄ちゃん、妹の行為を疑うものじゃないですよ。それはきちんとこの前近所のスーパーで私が買ったものです」


 俺の視線から察したのか瀬々里はこともなくそう言った。流石にそこまでケチくさくはないと言うことか。


「お兄ちゃんと一緒に飲もうと思ってたんですがね、一本目でどうしても受け付けない味だったので処分に困ってたんですよ」


 結局ロクな理由ではなかった。別に俺が飲んでるからって真似する必要も無いだろう、勝手に興味を持って勝手に失敗しただけじゃないか。


 だがまあ、それならそれで気楽に飲めるというものだ。


「実はそれTでは結構有名なので買ってみたんですが、どうにも私には合いませんでしたね。お兄ちゃんが平気な顔で飲んでいるからもっとやさしい味かと思ったんですがね」


 結局SNSにアップロードするために買ったのか……どこまでいいねが欲しいんだよ。


 俺は喉をドクペで潤してそれを捨てようとすると、その手を瀬々里に掴まれた。


「お兄ちゃん、『完飲』の証拠を撮影しないとならないんでテーブルに置いてもらえますか」


「完飲って……何でまたそんなものが必要なんだ?」


「Tでドクペは美味しいと書いている人がいましてね、『なら飲んで私が評価してあげますよ』と返しちゃったもので……退くに退けないんですよね」


 とことん俺とはまったく関係無い理由だった。しかしきちんと代役を使ったとはいえきちんと飲みきった写真を撮るのはいいことだ。捨てても誰も検証のしようがないのにしっかり完飲の証拠を残すのだから雑なレビュアーよりマシだろう。


 そうして数枚の写真を撮ってスマホを操作していたのでおそらくTにアップロードしているのだろう。


 そこで俺もスマホを取り出すと、『消さなくていいの?』と依怙から届いていたので、『自動で消えるならそれに任せるよ』と返信しておいた。瀬々里のフォロワーはそれほど多くはない。そもそもフォロワーがそんなに多ければ、わざわざそこまで増やすのに必死にはならないだろう。つまりは持っていないからこそ欲しがるというわけだ。


 ニヤついている妹を見ていると、現実の方はお粗末な扱いだなといいたくなって仕方がない。PCでネトゲをやっている俺が言えたことでもないがな。


「瀬々里、フォロワーは増えたか?」


 ついついストレートな質問をしてしまうと、「5人もフォロワーが増えました!」と喜々として言うので、フォロワー数に満足するのはかなり先のことになるだろうなと思えてしまった。

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