第20話「夜景の撮影」
今日は涼しい風が吹いているな、そういう季節だっただろうか?
窓を網戸にして涼風に吹かれながら心地よく椅子に身を委ねる。心地よい眠気が脳内を侵食してきた。やはり暑くても寒くてもダメだな、ほどよい気温がちょうどよい。
流石に今日はもう何も起きないはずだ、何しろ太陽が山の陰に沈みつつあるからな。あとはシャワーでも浴びてさっさと寝よう。明日もまた面倒な学校が存在しているので徹夜というわけにもいかない。パソコンを買ってもらった日に喜々としてネトゲをインストールしてプレイし、徹夜をしたあげく翌日の授業で地獄を見た経験があるからな。
アレはキツかった、人間には睡眠欲という物が何故存在しているのか、その意義をよく理解させられた日だった。アレ以来徹夜でゲームをする日などは翌日が休みの日だけにしている。幸いなことにソシャゲの方は放置がきくので徹夜でプレイが必要なゲームはほぼ無い。これがよいことなのかは不明だが、ゲームとしては気軽にプレイ出来る。コンシューマーゲームでボス戦途中で電源を落としていいものなんてまず無いからな。スマホならバトル途中でスリープさせても大抵続きから始まるしな。
そして太陽がほとんど沈んだところで晩飯のカロリーブロックを食べてシャワーでも浴びようかと思っていたら、部屋のドアがノックされた。
「お兄ちゃん? まだ起きてますよね?」
控えめな声だが間違いなく瀬々里のものだ。アイツもまだ起きているようだが何か用があっただろうか? 大した用事もないだろうが一応対応しておくか。
俺はドアを開けてそこに立っていた瀬々里を見た。もう暗くなりつつあるというのに明らかに外に出るような格好をしている。
「どうしたんだよ、もういい加減寝るような時間だろうが、なんでそんなアウトドア向けの格好なんだよ?」
自信に満ちた顔をしたまま瀬々里は口を開いた。
「はい! 新しいスマホの夜景モードを試そうと思いまして、日が落ちるのを待っていました」
「そうか、明日起きられる程度の時間には帰ってくるんだぞ」
嫌な予感がしたので部屋に入ってこようとする瀬々里を軽く押してドアを閉めようとした。しかし瀬々里のやつもグイッと開いているドアに足を差し込んで俺が閉められないようにしてきた。もうこの時点で碌でもないことになるのが確定したようなものだ。平穏な生活を望むのがそんなに悪いことなのだろうか? 高望みをしているつもりはないんだがな。
「お兄ちゃんも来るんですよ! 可憐な女の子一人で日が沈んでから外出なんて危ないでしょう?」
この日本においてはそこまで治安が終わってもいないと思うのだが、瀬々里からすればそれは重要な問題らしい、俺からすれば全力で逃げたい話だ。
しかし俺がドアを閉められないのをいいことに、そのまま体をドアの隙間にねじ込んで部屋に入ってきた。夜景モードなら部屋から星空でも撮ればいいじゃないか、どうしてそんなに俺を付き合わせるんだ。
「さて、それではお兄ちゃんも準備をしてくださいね、きちんと外に出られる服装に着替えて一緒に行きましょう」
面倒くさい、全力で断りたいな。なんで眠気が来るような時間に外に出なけりゃならないんだ、しかも目的は瀬々里のスマホカメラのベンチだぞ、そんなものは一人でやってくれよ。
しかし日が落ちてから妹一人で外出させるというのも少し不安だ。兄として過保護かもしれないが、問題無いとしても気にはなる。ここまで強引なのだから無理をしてでも写真を撮りに行くつもりだろう、俺が行かなければ一人で行くかもしれないな。
「分かったよ、着替えるからあっち向いてろ」
一々部屋から出さない。もう既に座り込んで俺にノーと言わせないつもりらしいので着替えを見られることなど仕方がない。昔から平気で俺の前でも着替えるようなやつなので、せめてもの抵抗として俺はドアの方向を向いて座らせた。
一応外出に納得したからだろう、瀬々里はあっさり抵抗なくドアの方を向いて俺が着替えるのを待っていた。ちゃちゃっと外出着に着替えてしまおう。そんなに遠くまで出るわけでもないだろうし、夜景を撮るなら屋外だ、この時間に風営法違反になるような店には入らないだろう。
ちゃちゃっと動きやすい格好に着替えてから『もういいぞ』と瀬々里に言うと、こちらを見てからすぐに手を強く握ってきた。決して「つなぐ」というような優しいものではない、手を離されると逃げられるとでも思っているのか俺の手を力一杯握っている。いや、瀬々里の握力を知っているわけではないが、俺が痛く感じるというのにこれで本気を出していないなら恐ろしいな。
「じゃ、行きましょうか! これだけ明るい場所でも星空が撮れるって説明を見つけたんですよ!」
メーカーも余計なことを説明しやがって、そういうのは試したやつだけが分かればいいんだよ。よく分かっていないやつに押しつけるようなことは勘弁してくれ。
俺が着替えている間に、僅かに残っていた太陽の残光はすっかり消え、宵闇が外を支配していた。こんな中に出ていくのかよ、面倒くさい……大体この時間に用があるのはコンビニとスーパーくらいだ、俺は基本的に夜行性ではないので寝る時間はしっかり確保したいんだがな。
言ったところで聞かないだろうし、適当に瀬々里のご機嫌とりをして満足してもらおう。それが一番手っ取り早く終わらせる方法だ。
「早く早く! 玄関に行きますよ!」
膂力が強い瀬々里に連れられて俺は玄関に連行された。たかが夜景を撮るだけなのだから庭なり道路なりで撮影すればいいだろうに、わざわざ俺を連れて行くのはやめろと言いたい。
そしていつものスニーカーを履くと瀬々里は俺より早く靴を履いていて、履き終わるとすぐに俺の腕に抱きついてきた。
柔らかい感触が伝わってくるが、ロマンチックな感情など微塵も湧いてこない。面倒な作業に連れて行かれるなという倦怠感が体を包んでいた。
瀬々里は俺の腕に抱きついたまま玄関を開けて俺を引いた。なんとか靴紐を結んだ俺はバランスを崩しながらも玄関から出た。瀬々里の思いつきはいつものことなので親も一々止めたりしない、俺がいるから大丈夫と言われたのだが、始めて言われたときは兄としての責任感がのしかかったものだが、今ではすっかり作業感しか覚えなくなってしまった。
外の闇に身を投げ出すと途端に不安になってくる。部屋が暗いのと屋外が暗いのではまた別の不安感がある。別にカーテンを閉めて灯りを全部消した部屋では何も感じないが、そこに生暖かい風が吹き付けてくると屋外であることを実感させられる。この辺には治安が悪い系の店舗こそ無いものの、たまり場になるような場所はあるのでそう言うところには気をつけよう。
「ではお兄ちゃん、展望台まで行きますよ」
「展望台!? またなんであんな遠くまで……?」
展望台の位置は町外れの丘、夜にわざわざ行くような場所ではないと思うんだが。
「町中で撮るより見栄えがいいじゃないですか、私は夜景モードを試したいといいましたが、ここらで撮ったら部屋の窓から撮ったのと変わらないでしょう? 特定班がどうこうとは言いませんが、やはり写真なら綺麗な方がいいでしょう?」
一気に体からやる気が抜け落ちていった。写真を撮るためだけに一々町外れまで行く気か? 正気の沙汰とは思えない。たちが悪いのは、夜景を撮るのが目的なので昼間行って済ませると言うことができないことだ。一々面倒なことを思いつかないと気が済まないのだろうか。
「お兄ちゃん、そんな露骨に嫌そうな顔をしないでもらえますか。私だってこの辺でとって済むならその方が楽なんですからね?」
「じゃあなんでわざわざあんなとこまで行くんだよ?」
「多分そっちの方がいいねが多く付くからですよ。せっかく撮った力作が手を抜いたせいで反応をもらえなかったら悲しいでしょう?」
「難儀なやつだな……」
俺は渋々瀬々里について歩いて行く。よくまあ思いつきで行動出来るものだ、暇があるからと言って補導のリスクを考えた上でよくそんなことをやろうと思ったな。
「分かったよ、決意が固いならもう何も言わん、だから早いところ済ませようか」
俺は諦めも込めて瀬々里の手を引きながら歩き始めた。
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