第19話「ファミレスにて、妹とデート、らしい」

「ところでお兄ちゃん、一つうかがいたいのですが構いませんか?」


 俺と瀬々里がうららかな日差しの中を歩いていると、突然質問が飛んできた。


「なんだ?」


「私はお兄ちゃんの自転車の後ろに乗りたいって言いましたよね? どうして徒歩なんですか!?」


 そんなことを言われてもな……


「二人乗りは違反だろ、中学生が二輪の免許取れるわけもないしタンデムは諦めろ」


 無理に決まってんだろ、これだけ些細な違反にもうるさい時代にそんなこと出来てたまるか。コンプライアンスがーとやたら叫ばれるような中で必要も無いのに交通違反はしないだろ。


「お兄ちゃんは可愛い妹より法律の方が大事なんですか? ここは『妹のためなら法律なんて捨ててやる!』って言うところでしょう!」


「まあ命がかかってるとかなら分からんでもないが、ファミレスに行くのにそこまで何でも賭けるやつはいないだろ」


 ファミレスだぞ? そんな順法精神をぶん投げていくようなところでもないだろ。それとも瀬々里のやつにはファミレスに並々ならぬ思い入れでもあるんだろうか、普通そんなに拘らないよな。


「お兄ちゃんは妹の複雑な心の機微を分かっていませんね、大体、ファミレスじゃ映えないんですよ? それを我慢して妥協したのだからお兄ちゃんも少しは私のことを考えてくださいよ」


「知らん、というか中学生が映えるような店に行けるわけがないだろうが、いくらかかると思ってるんだ?」


 イソスタでいいねが付くような場所じゃないけど、いいねが付くような店はバカみたいに高いじゃないか。そんな所に中学生が入れると思ってんのか、せめて両親同伴でないと門前払いされそうな店まで普通に載ってるんだぞ。


「もう少し資産運用をしませんか? お兄ちゃんは年中金欠じゃないですか」


「お前は中学生に資産運用をさせる業者がまともだと思うのか?」


 瀬々里ならやってそうだけどな。とにかく俺はそんなものを信じられるほどピュアではない。世の中知らない方がいいことは多いし、それを知ったからと言ってたいていの場合得をしたりなどしないものだ。


 そうして俺たちは歩道を歩いて行くのだが、やはり瀬々里は多少不機嫌だった。俺に責任を問われても困るのだが、機嫌を直して欲しいとはやはり思ってしまう。


「お兄ちゃん、手を繋いでください」


 そう言って瀬々里が手を差し出してきたので俺はそれを握った。これで多少なりとも機嫌を直してくれるなら別に多少恥ずかしかろうと構わない。このまま不機嫌で要られる方がよほど困るからな。


「ほら、行くぞ」


「お兄ちゃんはなんだかんだで結構甘いですよね」


「厄介ごとが嫌いなだけだよ」


 そうして瀬々里に手を引かれるまま近くのファミレスに着いた。安い店だけれど、二人分の支払いはやはり財布にとって辛いところだな。それで瀬々里の気分がよくなるなら意味もあるか。


 ぼんやりと店の前で立っていたが、「早く入りましょう」という瀬々里に引かれた。そんなに焦らなくてもいいだろうに、まだランチが頼めるような時間だぞ。


「焦るなよ、こんな時間に社会人がロクにいるわけもないんだし、席なら空いてるだろ」


 俺がそう言うとせせりはため息を一つついた。


「確かにそうですね。しかし行列って結構見た目のインパクトがあるじゃないですか、悪いものでもないと思いますよ。お兄ちゃんと一緒なら我慢もちゃんとできますよ」


 俺が居れば我慢出来るというのはよく分からないけれど、一人で待つよりは退屈しないという程度の意味だろう。とはいえ、ほとんどの人がスマホという暇つぶしには最高の板を持っている中で話し相手の価値がどれほどあるのかは分からない。


 ただしそれでも、人なんてそんなに合理的なものではないだろうし、いくら家族だからと言って妹の瀬々里の心が分かるわけはない。コイツにとっては何か俺が重要な役目をしているのかもしれない、そんな立派な人間ではないはずだ。


「二名様ですか?」


「あ、はい」


 俺が店員に尋ねられたのでそう答えると「お好きな席にどうぞ」と言われた。客の入りなんてまあこんなものだろう。この辺の人口からいって休日でも席が埋まって延々と待たされるようなことは無いな。


「じゃあ窓際の席に座りましょうか」


「窓際? 少し暑くないか?」


 いくらまだ暑くない季節とは言え、直射日光は少し熱を感じる。


「薄暗いと光量が足りないんですよ」


 ああ、そういうことか。そりゃセンサーサイズに限界のあるスマホのカメラで薄暗い場所だとキツいものがあるな。設定である程度弄れるにせよ、窓際に座れば豊富な日光が降り注いで解決するのに、わざわざ面倒な設定をすることはないか。


 そうして二人で窓際の席に着く。早速瀬々里は俺の手を掴んで重ね、それを写真に撮っていた。別に構わないのだが、SNSが本人特定をしづらいとはいえ嘘で塗り固めるのはあまり感心しないな。


 店員さんが来たので、俺は日替わりランチを、瀬々里はシーザーサラダと唐揚げ定食を頼んでいた。


「意外と食べるんだな」


 俺が瀬々里にそう言うと、瀬々里は当然の如く「サラダはお兄ちゃんと一緒に食べるんですよ」と言われた。


「別にサラダくらい構わないけど、だったらもう少し小さいやつで良かったんじゃないか?」


 ポテトサラダなどもう少し量の少ないサラダはある、それに細かいことを言えば唐揚げ定食にだって千切りキャベツと僅かばかりの葉物野菜のサラダが添えられている。そんなに欲しくないならそれで十分だと思うのだが。


「唐揚げ定食は美味しいですよ、美味しいんですがね……映えないんですよねぇ……」


 気怠げにそうつぶやく瀬々里に、そこまでこだわらなくてもいいじゃないかとは思ったのだが、承認欲求がある以上それは避けられないのかもしれないな。


 少し待っていると始めにサラダが運ばれてきた。日替わりランチにも唐揚げは入っていたのでそちらが届くのは瀬々里の唐揚げ定食とそう変わらないだろう。


 早速カメラを起動して、我が妹は写真を撮り始めた。いっそ一眼を飼えばいいんじゃないかとも思うのだが、持ち運びには難があるし、そんなデリケートなものをスマホ気分で使うわけにもいかないか。


 しばしの写真タイムの後、瀬々里は「どうぞ」と言い、食べる許可が出たのでサラダにドレッシングをかけて、軽く混ぜた後で二人で食べた。美味しいのだけれど、わざわざ別で注文するようなものだろうかとは思った。俺が支払い担当でなければ好きにすればいいのだが、やはり金を払うとなると少し納得のいかないものがある。


「お、いいねが付きましたね、良きかな良きかな」


「肉の方がいいねが付きそうな気がするんだがな」


 俺がそう言うと、「Tではそっちの方がウケがいいでしょうね」と軽く言われた。サイトごとに適性のある写真は違うということか、面倒なものだな。


「そういえばお兄ちゃん、聞いてくださいよ!」


「なんだよ、そんなに嬉しげに」


「この前の商品レビューに『参考になった』が付いたんですよ!」


「それはおめでとう。割と見られるだろ?」


 密林のレビューは全世界に公開されている。日本語なので日本人以外ほとんど読めないが、多少は見られる量も増えるだろう。それに事実とその感想を述べるなら文章の巧拙はそれほど求められない、ある意味気楽なものだと言える。


「そうですね、自腹を切って商品を買ったかいがあるというものです!」


 あまり割に合わないんじゃないかと思ったが、瀬々里が非常に嬉しそうにしているのでそれは黙っておいた。金があるならここの料金くらい払ってくれよと思わないでもないんだがな。


「お待たせしました、唐揚げ定食と日替わりランチになります、ご注文は以上ですね?」


「はい、どうも」


 くだらない話をしている間に料理ができていたらしく、二人の昼食が運ばれてきた。俺はそれに答えてコンと机の上に置かれた伝票を見た。分かっていた、分かっていたがやはり二人分は少しお高いな、あくまでも中学生基準ではあるにせよ、やはり金は惜しい物だ。


 瀬々里に隠れてこっそり財布の中身を確認した。しっかりと数枚の紙幣が入っているので一応は問題無いな。


 そして運ばれてきた料理に手を付けようとしたところで瀬々里に止められた。はいはい、これも撮りたいんだろうな。


「お兄ちゃん、唐揚げを一個箸で私の前に持ってきてください」


「どんだけ見栄を張る気だ、兄妹だってバレたら面倒なことになるとか思わないのか?」


「言うほどここに特定班が居るほど人が多いですか? 割とみんなどうでもいいんじゃないでしょうか」


 開き直る瀬々里に、ただでさえ少ない俺の皿の唐揚げを一個、箸でつまんで瀬々里の方へ差し出した。コイツはすかさずやや上のアングルで俺の顔が写らないように配慮してスマホを向ける。


「こんなもの対して受けないと思うがな。珍しくもなければ、そもそもインチキじゃないか」


 よくそんなものがシェアされるなんて思っているものだ。ネット上の暇人たちがそれに構うとは思えないんだがな、少なくともTにそんな興味のあるやつはいないだろう。もっとも、イソスタでは訳のわからない物が流行るので完全否定は出来ないがな。


 そして撮影音が鳴ったので満足いったのだろうと箸を下げようとしたらガシッと掴まれた。


「まあまあ、お兄ちゃんもせっかくですから妹に唐揚げの一つでもくれて罰は当たりませんよ」


「は? 俺に金を払わせておいてまだ欲しいのかよ」


 あきれながらそう言ったのだが、瀬々里はそっと手を離し、自分の唐揚げを箸でつまんで俺の前に出してきた。


「これでお互い様ですよ、たまにはこういったこともいいじゃないですか。お兄ちゃんもたまには甘酸っぱいラブコメ体験をしたいでしょう?」


「少し前に学園ラブコメだと思って見てたらゾンビパニックものだったアニメを見たんだが?」


「ゾンビなんて現実に居るわけないじゃないですか」


「そういうところでだけ突然正気になるんじゃない、言ってる意味を理解しろよ」


 俺が誤魔化そうとしたら正論パンチで殴られた。いや、ゾンビがいるの居ないのと言う話をしているわけじゃないんだがな。


「ささ、お兄ちゃん、妹の美味しい唐揚げをどうぞ!」


 そもそもこれはファミレスの店員が作ったもので、金を払うのは俺だ。どの辺が妹の唐揚げなのかは謎だが、コイツの神経が図太いことだけは実感させられる。


 仕方ないので箸から唐揚げを口の中に入れた。箸と箸でやりとりするのは不吉らしい、どこまで本当かは怪しいものだが迷信に頼りたくなるときだってあるしな。


「ではお兄ちゃんのものも一つください」


「ほらよ」


 俺は唐揚げの中で一番大きいやつをつまんで差し出した。悲しいことだがワンコインで食べられるランチと、瀬々里の頼んだ唐揚げ定食約千円では俺の唐揚げと比較すると全てが圧倒的に大きかった。


 安いのでしょうがないなと思いながら、おずおずと食べる瀬々里を眺める。世の中はよく分からないものだ、なんにせよ、写真を撮るなら瀬々里の頼んだ料理の方が写真映りがいいことは間違いないな。


「お兄ちゃん、レモンをどうぞ」


「ん、ありがと。瀬々里ってレモンかけないよな?」


 皿の隅のレモンを渡してきたのでなんとなくそう訊ねた。


「唐揚げは出てきた時点で料理として完成しているんですよ。わざわざレモンをかけて素人が味を変える必要も無いでしょう?」


 どうやらコイツは唐揚げレモン問題に答えを見出したようだな。俺とは思想が違うが、それは悪いことではないな。


 俺は自分のレモンと瀬々里からもらったレモンを唐揚げにしぼってから、唐揚げをおかずにご飯を食べていった。瀬々里も同じペースで食べているのだが、いかんせん俺の注文と瀬々里の希望では後者の方が値段の分料理が多いので、同時に食べ終わるのは難しそうだな。


 仕方ないので唐揚げをよく噛んで、箸で取るご飯の量を減らして食べるペースを合わせる。肉の味がよく分かるが、味わってしまうと近所の鶏肉屋で売っている唐揚げのパックの方が美味しいと、気にしなければ気にならなかったはずのことにまで気付いてしまった。


 そして俺が最後のご飯を口に入れて、最後に水を飲んで食べ終わったところで瀬々里の方に残っているのは唐揚げ一個だ。


 瀬々里はそれを名残惜しそうに口に入れてよーく味わっていた。肉の質がそれほど違うとも思えないのだが、瀬々里にとっては重要なことなのだろう。


「ごちそうさまでした。じゃあきちんと完食の証拠を……」


 そう言いながら空になった食器を映す。食べ物の写真を撮ったら食べ終わった証拠を撮るというマメなことをしている。このくらいの量なら残しただの捨てただの怪しまれるような量ではないと思うが、李下に冠を正さずというか、疑われる要素は出来る限り排除したいのだろう。SNSも難儀なものだ。


 俺なんてラノベやアニメの感想を適当に書き込んでいるぞ、まあ……『これは流石に……』と俺の勘が告げたものはそっと自分の心にとどめておくがな。


「さて、満足したかな?」


 俺がそう訊くと瀬々里は思いきり頷いて『そこそこ見られてますね!』と満足げに言った。閲覧数に命を賭けるようなことをよく出来るものだ。もしも今日の食事が瀬々里の奢りだったらもっとハードルの高い店に連れられていた可能性も考えるとほんの少しの恐怖さえ感じる。


「お代ですけど、払いましょうか?」


「奢れって言ってたじゃんか」


「元が取れるくらいには閲覧数が稼げましたから」


 瀬々里の価値観というのはよく分からないな。本人は満足いっているようなのでそれで構わないか。


「いいよ、払うって言ったのは俺だから払うよ。男に二言はないって言うだろ?」


「お兄ちゃんも変なところで意地を張りますね」


 そう言って笑う瀬々里を眺めてから、伝票をもって会計に言った。二人分の食事はそこそこ財布の中身を減らしたが、この先何時まで瀬々里が一緒に食べにいこうなんて言えるのかも分からないし、いい思い出の一つだろう。そう思っておけば気が楽だ。


 ファミレスを出てから瀬々里が俺の腕に抱きついてきた。


「閲覧数もいいですけど、これはこれで好きですよ!」


 俺は自分の妹が随分と面倒なやつなんだと理解しながら二人で家に帰った。

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