第17話「瀬々里、密林レビューをする」
「ねえねえお兄ちゃん、どこかどんな内容を上げようとそれなりに見られるSNSとかって無いですかね?」
俺はその質問に答えようとして言い淀む。確かにそういうところもある、ただそれを言っていいものだろうか? 目立つことは確かにできるのだが、あそこで目立った人は大抵ロクな結果を迎えていない。ただし見られる回数でいえば間違いなく多いのではあるが……
俺が少し考え込んでいると『あるんですね? 教えてください!』と言われた。俺が黙り込んだのを、教えて良いものか考えていたと気がついたのだろう、さすがは十年以上兄妹をやっているだけのことはある。
「あるけど叩かれることも結構あるぞ、非難されたり各所で悪評が立ってもいい覚悟はあるのか?」
俺は瀬々里の覚悟を訊いた。炎上系であれば参加してもさほど問題無いのだが、瀬々里はそういったものとは無縁だ、それだけのリスクを抱えてまで書き込むようなところではないだろう。
「そんなに殺伐としたところがあるんですか? まあ私は炎上しないと思いますけど」
自信だけはあるようだ。しょうがない、教えてやるか。
「密林のレビューだ、売れている物のレビューを書けばかなり見られるぞ、その分トラブルも多いし、炎上したらものすごく面倒だがな」
絶賛レビューはスルーされることも多いが、酷評は時折反論のレビューが付いて度力に賛同したヤツが次々に書き込んでいって騒ぎになる事がある。そのリスクは理解しておいて欲しい。
「へー……アレって案外見られてるんですね」
「商品にもよるがな、それと購入済みの印がないとまともに受け取ってくれる読者はいないから、まずレビューする商品が買ったものか、金があるなら買ってからレビューしないと目もくれられないぞ」
一応見られた数は増えるがなあ……あんまり承認欲求が満たされるかと言えばそうでもない。何しろどんなレビューを書こうが読む人は商品の出来を気にするのであって、レビュー自体の文章力なんて気にされることはほぼ無い。とはいえ、日本語が怪しくてやたら安い商品はレビュー工作を疑われるがな。そういうことをしているのはあてにならないレビュワーなので問題無いだろう。
「面白そうですね! とりあえずこの前買ったイヤホンのレビューでもしますかね」
「おっと、瀬々里、そのイヤホンを見せてくれ、ワイヤレスだろ?」
「え!? 別に構いませんけど……」
そういった瀬々里はポケットからイヤホンを出して俺に手渡してきた。それを受け取ってケースの表面を隅々まで眺めて返した。
「オーケー、そのイヤホンならレビューしてもいいぞ」
「お兄ちゃんは一体何を気にしているんですか? ただのイヤホンですよ?」
「技適だよ、日本じゃ未承認の電波を出す商品は使えないんだ。逮捕されるようなことはほぼ無いが、バレたときにそれなりに炎上する可能性があるから気をつけろ」
電波法の遵守は大事だからな。時折ガジェット系配信者が未承認の商品を使ってコメント欄で指摘されているのを見ているとそういうのが気になるんだよ。
「一々面倒くさいですね、いっそ買ってない物のレビューをした方が早いんじゃないですか?」
「確かにサイトで購入してなくてもレビューは出来るがな……買った証拠の無いレビューなんて読まれる数も評価者数も圧倒的に少なくなるぞ?」
それはそうなる、きちんと公式で購入したらそういうマークが付くからな。それが無いということは他所で買ったと言い張れなくもないが、信用されるかといえばお察しだ。そもそもレビューで大喜利するような奴もいるのに買ったか分からないものを信用なんてできるはずもない。
「そうですか……お兄ちゃん、どういうレビューが伸びるんですかね? できれば安いのがいいんですけどね」
ふむ、そういえばどうしたものか。確かに新しい注目商品が伸びやすいが、しかし新しいということはそれなりに値段が高いし、何よりレビューを見る人が多いものは高額なものが多い。
高いものを買おうとするときに口コミを参考にするのは分かるが、それを勧めていいものだろうか? 妹にろくに使わない高額商品を買わせるのは気が引けるな。
「何かよさそうな商品はあるかな?」
「そうですねえ……ファッションアイテムならズズタウンで買いますしねえ」
まあ……うん、流石に直輸入ほどではないとは言え、それなりの闇がある界隈なのでおすすめはできないな。写真を見て買ったら個人的に見慣れた灰色のビニール袋に雑に入れられたものが届くことはあるしな。下手をすれば税関で……いや、この闇に触れるのはやめておこう。
「もう少しまともなものが多いカテゴリにしろ、言いたかないがあそこは技適未対応のスマホを平然と売っていたりするんだぞ」
そこまでなのはよほどだがな、それでもリスクは気をつけるにこしたことはない。オフラインで買えとまでは言わんが、分かっていないならやめるべきだな。
「じゃあどういったものがいいですかね?」
「そうだなぁ、新しいガジェットの人柱になるとか結構需要があるんだが、瀬々里はそんなものに興味無いよなあ……」
「ないですね」
断言するか、当然ではある。今時中学生が安いからって怪しげなガジェットを買うなんてあまり無いからな。
「そうだな、スマホケースとかはどうだ? そんなにたくさん買うものじゃないが、使用者がそれなりだから読んでもらえると思うぞ」
「ほほぅ……私のスマホケースもそこそこくたびれてますしありですね。他には何かありますか?」
「建前上あのサイトは書店だから本のレビューもそれなりに見られるな。ただしネットで買う層がメインだからラノベとかは割と賑わってる代わりに古典文学の人口はリアルより少ないな」
「なるほど、それは楽で良いですね。正直教科書に載っているような古典は読む気がしないんですよね」
「古典は古典で知っておいた方がいいと思うがな」
それはさておき、人口の多いもののレビューをした方がいいだろう、見られることが目的なんだからな。
「じゃあその辺を買っておきましょうか」
そう言って瀬々里はスマホを操作していた。値段が安いとはいえ、中学生がポンと買えるものでもないような気がするのだが、瀬々里は甘やかされてるし、資金はあるのだろう。でなけりゃSNSの課金プランなんて入れるはずもないしな。
「神レビュワーに、私はなる!」
「はいはい、理不尽なレビューを書くと不採用もあるから気をつけろよ」
それだけ言って俺は瀬々里の好きなようにさせることにした。結局、密林のレビューは最悪削除がきくのでそんなに考える必要も無いだろう。たまに炎上するレビューもあるが、最近はそういうものは初めから不採用になる事も多い。何よりよほどの個性がなければレビュワーなど黙って消えれば気にするような人などほぼいない。作品への粘着はいてもレビュワーへの粘着はほぼいない、一々レビューのスクショを撮る人なんて稀なのでリスクは気にしなくていいだろう。
そして数日後、荷物が届いてそれを受け取った瀬々里はすぐ部屋にこもった。どんなことを書くのかは知らないが、真摯にレビューすればいいだけだし静かに見守ればいいさ。
その日の夕食後、瀬々里が俺におずおずと話しかけてきた。
「お兄ちゃん、届いた箱の中にこんなものが入っていたのですが大丈夫なんですかね?」
そう言われて差し出された一枚のカードを見て俺は全てを悟った。
「レビューは書いても構わないがこのカードのことは忘れろ」
俺はそれだけ言って数百円のギフトカードをゴミ箱に放り込んだ。そして瀬々里もよくそんなレビュー依頼の付いてくるような商品を買ったものだと俺はあきれたのだった。
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