第16話「ファストフードでもいいねが欲しい」
その日、放課後に俺と依怙が益体もない話をしているところへ上級生の教室に瀬々里がやって来た。
「お兄ちゃん! 帰りにナックに寄りませんか? 季節限定バーガーが出ているんですよ」
クラスの皆さんも慣れたもので一々気にしていない、せいぜい依怙が『うざ……』とでも言いたげな顔をしているだけだ。言ってはいないが歓迎していないのが顔に表れている。
そして瀬々里は俺の所までやって来て手を引っ張った。
「あ、依怙さんはどうします? 二人でいる写真を撮りたいので、席は別になりますけど来ますか?」
依怙の扱いは悪いようだ。いや、一緒に行こうかと言っているだけマシなのだろうか? ついてきても一緒のテーブルにはつかないと宣言しているのであまり扱いがよくないな。
「まーたエア彼氏をイソスタに上げるつもり? 瀬々里ちゃん、いずれバレるとは思わないの?」
「くっ……依怙さん、人のSNSを監視するのはやめてくれませんかね?」
「嫌よ、楽しいもの」
瀬々里は俺をエア彼氏にしてんのか……匿名の界隈でやるなら好きにして構わないけどさ、この場にもう少し常識をわきまえたヤツはいないのか。
依怙は人に興味を持ちすぎだし、瀬々里は見栄を張りすぎだ。ただ、見栄に拘るのは構わないけど、俺を巻き込むのだけはやめてくれないものだろうか、それさえ無ければ何かあっても恥を掻く程度だろう、別に瀬々里が恥を掻くのは構わんが俺を巻き込むんじゃないよ。
「で、ナックには行くのか? いつまでもここでくだらない相談をしてもしょうがないだろ」
くだらない話が長引きそうだったので結論を急いで話をたたむことにした。瀬々里と依怙が議論を始めると大抵ロクな結果にならないからな。
「行きますよ! 季節限定メニューは記録に残しておかないといけませんからね」
「私も行くわ、食べたいものはないけど瀬々里ちゃんがナックごときでどうやって閲覧数を稼ぐかには興味があるしね」
俺も行こうと言われている以上行かないわけにも行かないので、結局三人全員で行くか。それにしても依怙のナックでバズるのは無理と言いたいのも分かる。ファストフードがダメとは言わないが、全国津々浦々にあるチェーン店でそれほど珍しい写真は撮れないだろうと思う。
「うぇ……やっぱり依怙さんも来ますか」
「いいじゃない、私が言ったら何か不自由があるのかしら?」
「お兄ちゃんとの一時を楽しみたいじゃないですか」
「ああそう、あなたたちを観察するのはそれなりに面白いからお気遣いなく」
そうして三人で学校を出て、近所にあるナックへ三人で向かった。とは言っても瀬々里が依怙にはロクに話しかけず、写真を撮っていたので、『特定材料を取るのはやめろ』と言っておいたが、『この町にいくらの人が住んでいると思うんですか? こんなもの一人に特定できるわけないじゃないですか』と言われた。
依怙が見事に少ない材料から特定しているのによくそんなことが言えるなと思ったが、依怙を刺激するのはリスクがあるなと思い、瀬々里の意見を黙って聞き流した。俺は自分だけはネットのおもちゃにならないように瀬々里の撮る写真に入らないように身のこなしに気をつかいながら歩くことになった。
そうして日差しの中を歩いて行くと、デカくて黄色い看板が見えてきた。ジャンクフードの代表らしい看板だと思うのは有名だからというだけだろうか? そこはかとない『高級ではない』感じを醸し出しているので看板だけでも大企業は違うなと思う。ただし中学生にはジャンクフードだとしても少し財布に痛いんだがな。
「お兄ちゃん! 今はギガバーガーが売り出し中ですよ! いかにもなデカ盛り商品らしいので写真映えしますねえ!」
「お前がいいと思うならそれでいいが、イソスタで受けるとは思えんな」
「そっちじゃないです! Tの方に決まってるじゃないですか! イケてる私を演出しているのにそんなものをイソスタに流したらフォロワーが離れますよ」
インフルエンサーも大変だな……そこまでフォロワーが多いのかは知らないけどさ。
「瀬々里ちゃんのフォロワーはそんなことを気にする人は少ないわよ?」
事もなげにいう依怙の言葉に瀬々里は反応した。
「失礼ですよ! 私のフォロワーさんは気高く清く正しい心を持った方たちばかりです!」
「ネットにそんな人はいないわよ? 現実を見なさい」
まあ……うん、ネットってあまり治安がよくないからな、顔が見えなければ回線の先に人間がいるなんて思ってないヤツも普通にいるからな。ゼロとは言わんが瀬々里のいうようなフォロワーは少ないだろうさ。
「依怙、ネット上でも多少はいるぞ、スイミーに出てくる魚の目玉役くらいにはいるから偏見はやめろ」
「ほぼいないと同義じゃないかしらね、それ」
失敬な、一応いるんだからゼロではないぞ。殺伐としたネット空間にも優しい人がいるから一応成り立っているんだよ。
「あなたたちは分かってないようだから言っておくけど、私たちが今から行くのはジャンクフード屋よ? そこに社会の上澄みなんて人が来るかどうかなんて明らかでしょう?」
「言いたいことは分かるが公言したら訴えられそうなことを言うのはやめろ」
依怙の言っていることは分かるが、店の人が訊いたらキレそうだからやめような。あんまり敵を進んで増やすものじゃないぞ。
「大丈夫ですよ、Tにいるのはほとんど自称社会の上澄みですからね」
「瀬々里もそういうことを言うんじゃない」
うん、まあ……確かにお金配りをしている人とかいるけどあんまり……な……金を持っていればいいのかといえば、ともかくそういうことを言うなっての。
「あ、お兄ちゃんはお金を払う必要は無いですよ」
「いや、自分の分はきちんと払う……」
「いえ、お兄ちゃんは何も注文する必要は無いです」
「は?」
思わず声を上げてしまった。俺はもうハンバーガーを食べるつもりでここに来たんだが、俺に食わせる飯は無いということか!?
「お兄ちゃんにはギガバーガーを食べてもらわないとなりませんから」
「それは瀬々里が買うんだろ? 俺は普通のものを……」
言いかけたところでそれを瀬々里がさえぎってきた。
「いえ、あんなもの私が食べたらお肌に悪いですし体重も増えますし、アレって健康に悪そうじゃないですか、私が注文して写真を撮った後、しっかりお兄ちゃんが食べて完食の証拠を出した方がいいですからね、そのためにお兄ちゃんと来たんですよ?」
「そんなものを食わせるために連れてきたのか……撮るだけ撮って捨てないところは評価するが、兄に健康に悪いと分かっているものを食わせるなよ」
まあ捨てないところだけは評価してやる、俺に責任をかぶせるのはとてもクソだと思うがな!
「通りで、瀬々里ちゃんにしては珍しいと思ったわ」
「依怙さんも人のSNSを観察しないでくださいよ。私の意図くらい言わなくても汲み取ってほしいものですね」
なんだか生贄にされたような気分だ。タダ飯だからといって自分が食べられないものを押しつけるなよ。
「さあ、さっさと入りますよ!」
そう言ってさっさと瀬々里と依怙はドアをくぐった。俺も仕方ないのでそれに遅れてついていく。
まだ社会人は働いている時間なので数人しか並んでおらず、すぐに注文を訊かれることになった。俺は食べるのがきつそうなものを押しつけられるので二人を観察しながら商品が出てくるのを待つだけだ。
「ギガバーガーのセットをお願いします。ポテトはLL、飲み物はコークのLをお願いします」
自分で食べないのに好き放題するなあ……依怙は無難にチーズバーガーを頼んでいた。瀬々里はお札を一枚と数枚の硬貨を支払って横にどいた。
「じゃあお兄ちゃん、写真を撮るので後はお願いしますね?」
「タダ飯だったらいくらでも食えるってもんじゃないんだぞ……わざわざポテトとコークまで増量しやがって」
しかし瀬々里は何気ない顔で言う。
「私みたいな健康的な体でドカ食いするのがギャップで受けるんじゃないですか、これだけ食べても痩せているって素敵でしょう?」
「食うのは俺だがな……」
まったくいい性根をしているな。そして依怙も自分に被害がおよばないように避けやがった、アレだけ食って晩飯が食えるとも思えないな。俺の分の夕食は瀬々里に食ってもらおう、そのくらいの責任は負って欲しいしな。
「お待たせしました、ギガバーガーのセットになります」
そうしていかにも大きなハンバーガーと、パーティセットなのかと見まごうほどの盛り方をされたポテト、糖分がたっぷりとれそうなコークが出てきた。
「さあ食べましょうか!」
「お前は食べないんだろうが……」
今さらどうしようもないので俺は二人で席に着いた。依怙は近くにいると押しつけられそうだと思ったのか隣のテーブルに出された商品を置いて座っていた。
一体どれくらいのカロリーがあるか分からないものを丁寧にアングルを調節して瀬々里は写真に収めていた。自分が食べたという設定にするのだろうが、瀬々里の体型でこんなものをよく食べているはずがないのは分かるだろう。今回だけドカ食いするということにでもするつもりかな。
しばしスマホのカメラを向けて撮り続けていたが、ようやく満足いく一枚が撮れたのか、俺に『では食事はお願いしますね』と言ってきた。俺はギガバーガーの紙を開け、溢れて垂れているチーズと、肉とバンズが複数枚挟まっているカロリー爆弾に噛みついた。
大量のアブラで口の中が満たされる。分かってはいるがすごいカロリーを感じるな。
しかしギガバーガーばかりを食べるわけにもいかない、ポテトもしっかり食べないと、しなびてしまいただでさえ食べるには多い量があるのに余計食べづらくなる。
「うへぇ……脂を飲んでる気分になるな」
「お兄ちゃん、へたれてはいけませんよ、もったいないじゃないですか」
「撮影のためだけに注文したお前がそれを言うのか?」
そのさあ、俺だったらいくら健康に悪くても気にしないってのはどうかと思うんだけどなあ。つーか肉もチーズもポテトも脂みたいな物なので自分がバターをかじっているのではないかと錯覚しそうだ、健康に悪いのは間違いないだろうな。
依怙が少し食べてくれないかなと思って向こうを見たが、プイッと顔を逸らされてしまった。
「お兄ちゃん、ちょっとストップ、一枚撮らせてくださいね。買ったばかりの写真と食べ終わった写真だけじゃちゃんと食べてるか疑われちゃいますからね」
そう言ってスマホを取り出し瀬々里は写真を撮り始めた。数枚撮って満足したのか『どうぞ』といっていた。俺の身にもなって欲しいな、ポテトが冷めて余計食べるのがきつくなるだろうが。
「なあ瀬々里、俺は帰ったらシャワー浴びて歯を磨いて寝るから夕食は要らないと伝えておいてくれ」
「お兄ちゃん……作ってもらう料理を粗末にするのは感心しませんよ?」
「誰のせいだと思ってる? どう考えてもこれを食ってから晩飯が食えるわけないだろ」
もう少し胃袋の限度というものを知ってほしい。ドカ食いをさせておいて追加で晩飯を食えと言いたいのか、無理に決まってんだろうが。
そんな悪態をつきながら、バーガーをかじってコークで流し込んだ。なんとか食べられたのだが、自腹を切ってでも烏龍茶を頼んでおくべきだったと思った。アブラを甘いもので流し込むのはあまりにも辛い。自分の健康を切り捨てているようなものだ。
そしてしばしなんとか食べたところ、バーガーを食べ終わってポテトをまとめて口に突っ込み食べきった。
「お兄ちゃん、ご苦労様でした、感触の写真を撮っておきますね」
瀬々里がスマホを取り出していたが、俺はその言葉を上の空で聞いていた。体が血糖値の急激な変化に耐えられないのかぼんやりとしてきた。数回シャッター音』がしたと思ったら、笑顔の瀬々里に手を引かれナックを出た。なお、俺があれだけ食べたのに、チーズバーガーを一個注文した依怙と同じタイミングで出たのだが、アイツも一個しか頼んでないのによくそこまで居座れたものだと思った。
「ふふふ……そこそこ閲覧数が増えていますね、やはりあのメニューはTウケがいいですね」
「自分で食べたわけでもないのに付いたPVは嬉しいか?」
「もちろんですよ! 承認欲求が満たされる音が頭の中で響きますね!」
議論を諦め、瀬々里とはそういうものだと俺は割り切ることにした。なんにせよいいねや閲覧数が増えればそれが限り無く嘘に近いものでも嬉しいのだろう。
俺は家に帰って歯を磨き、シャワーを浴びた。あまりにもカロリーの高いものを食べたせいかその後部屋に入りベッドに倒れたら一気に意識が落ちていった。
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