第15話「日曜の夜は何時だって憂鬱」
さて、日曜も終わりだな……テレビで日曜夕方のアニメが流れている。コイツはネット配信をあまりしていないので決して録画ではない。何時だってこれを見ると明日からの
「お兄ちゃん、明日は月曜日ですね」
瀬々里はうんざりした様子で吐き捨てる。どうやらコイツは俺以上に勉学というものが嫌いらしい。推薦でも狙わなければ内申は気にしなくてもいいのだが、建前というものがあるし、学力だけで判断されないのは受験に面接が入っていることからも分かる。
「そうだな、学校か、気が向かないな」
そんなことを言っても、行くしか選択できないことは分かりきったことだ。できることなら狙って風邪を引きたいとさえ思うが、冷静に考えると風邪をひいたところで一日学習が遅れるだけでそのツケが回ってくるのは確実なわけで、結局勉強を真面目にするのが一番の早道ということになる。おそらくユークリッドも『
「私は少しだけ嬉しいですけどね」
「お前、勉強は大嫌いだっただろうが……」
俺は記憶の限り瀬々里が自分から勉強をしたことが記憶されていないと知っている。何時だって瀬々里はしつこく親にせっつかれるか、教師に急かされるか、俺が代筆を断ったときくらいしか勉強をしていない。そもそも課題を俺に解かせようとする方がおかしい、おかしいはずなのに瀬々里は自信を持って俺がやるべきと言っていた。
「ねえお兄ちゃん、月月火水木金金って言葉があるなら日土日土日日土があってもいいとは思いませんか?」
「当たり前のように昭和のネタを出すな、その曲名は平成生まれでも知らんぞ」
確かにそんなものがあるのなら理想だとは思うがな。それをやると社会が成り立たなくだけだろう。当然ながら中学生らしく勉強をしなければならない。そういえばネトゲをやってた時に『休みも終わりかあ……』と八月三十一日にギルドチャットに流したら『ガキが社会を舐めすぎだ』とたしなめられたっけなあ。あの人の言葉が本当なら社会人は夏休みもクソもないことになる、苦しくないのだろうか?
「とか言いつつお兄ちゃんだって学校なんて行きたくないんでしょう?」
「当たり前だろ、面倒極まりないことを好き好んでやるかよ。ただ単に高校に行ける程度の学力があれば十分だ」
「じゃあなんでお兄ちゃんは学校に行くんですか? 面倒なだけでしょう?」
「まあな、好きなわけないだろ、しかし一日の大半をイスに座って集中するんだから精神力の鍛錬にはなるよ」
「ちぇ……あ! そうだ! 勉強会の写真とかいいねが付きそうじゃないですか? 上手くやれば学力といいねが付いて一石二鳥!」
お前は本当にそれでいいのか? どうにもあの手のノートと教科書を見栄えよく飾っている連中がまともな教え方をするはずもない。
「断言しておくがお前が勉強会の写真を撮り始めたら、明らかに勉強できないような参考書を置いた写真を撮り始めるだろうな」
冷静に考えてその手の写真のノートと教科書の置き方で『お前はその配置で読み書きが出来るのか?』という置き方をしているものがある。学力は上がると思えないような効率の悪さだ。
「お兄ちゃん、勉強会をしないにしても勉強する必要があるんですか?」
人と一緒でないとなにもできないという人はいる。瀬々里はそこまでメンタルが弱いわけではないが、コイツは誰かにみていた方がやる気が出るヤツなんだろうな。それは知ってる。
「仕方ないな……じゃあ今晩二人で予習だけしておくか?」
「やりますやります! 予習だけと言わず保健体育の実技もしますか?」
「それは遠慮しておく、受験に関係無い教科を熱心にやる気はないんだよ」
つーか保健体育の実技って……何をやりたかったのかは知らないが、知らないままにしておいた方がいいことだろうな。
大体道徳だの美術だのといった基本普通の進学をするのに必要の無い教科に時間を割く気はない。その辺を熱心にやるより、受験に出てくる科目をやる方が有意義だ。それでも時間が余れば遊ぶことの方が優先だ。人生には遊びがあった方が良いし、二四時間勉強のことばかりを考えて思い煩うより健康にいいに決まっている。
「そうですか、今の私はお兄ちゃんにとって魅力的ではないようですね」
「言ってろ、俺も教科書とってくるからお前も明日の分を持ってこい、分からないところは分かる範囲で教えてやる」
一応これでも上級生だからな、一緒に勉強するならそのくらいのことはしてやれる。
そうして俺は部屋に戻って明日の数学と英語の教科書を持ってリビングに戻った。教科書を手に取っているときに隣の部屋からバタバタと音が聞こえたので教科書でも探していたのだろう、まだ瀬々里のヤツは来ていなかった。
俺は冷蔵庫にストックしておいたエナドリを二本取りだし、自分と瀬々里の座るところに置いた。エナドリに含まれるカフェインなどたかが知れているが、俺のように無水カフェインの錠剤に頼るよりはずっと健康的だ。あと錠剤には糖分が含まれていないので目は覚めてもいまいち頭が冴えない。その点でエナドリというのは割と夜更かしや早起きをしたときに便利だ。
俺は500ml入りの缶を開けてちびちび飲みながら瀬々里を待つ。瀬々里の方には250ml缶を置いている。カロリーを気にするかなと思ったので普通サイズにしてある、シュガーレスにしようかとも思ったのだが、あちらは糖分が脳を活性化させてくれないのでレギュラータイプにした。
ちびちび飲みながら数学の問題集を解いていると瀬々里が部屋からずっしり重そうな程の本を持ってきた。
「なあ、それ全部解く気か? 絶対明日一日でやるような範囲じゃないよな?」
十冊以上は持っているように見えるので、学校で勉強しようとしたら十限まであったとしてもそこまでやらないだろう。
「お兄ちゃんがどのくらい持ってくるか分からなかったので多めに持ってきました! 私の方が早く解いちゃうと二人の時間が終わりますからね!」
学校の予習なんてそんなに楽しいものでもないだろう、わざわざ不必要な勉強までしようとする瀬々里の真意は分からないが、一人では頑張れないということは分かる。
「じゃあぼちぼちやっていくか。分かんないところがあったら言え、五教科には対応してやる」
「お兄ちゃんって絵や字が上手くないですけど、本当に自分で使うもの以外には無頓着ですね。テスト前でもお兄ちゃんのノートは借りてもあてにならなそうです」
「当たり前だろ、ノートなんて自分で読めればいいんだよ。みんなが読みたいなら参考書を読め、わざわざ誰にでも分かりやすく書いてある本があるんだから俺がそれを書き直すような真似をする必要は無いだろ」
教科書はなかなか優秀だ、何しろ受験以外は学校で受けるテスト範囲は教科書の中に限られる。それ以上の範囲をやるかどうかは好き好きだが、わざわざテスト範囲をまとめてくれている本なのだから頼らない手はないだろう。
パシャリ
音が鳴ったので瀬々里の方をみると、いつの間にかスマホを取り出して教科書を無造作に開いてからエナドリの缶がきちんと写るように配置して写真を撮っていた。
「随分と余裕があるんだな」
俺が嫌味も含めてそう言うと、瀬々里は微笑みながらこちらを見た。
「いいじゃないですか、すごくいい絵が撮れましたよ。これでフォロワーの皆さんに夜になってもエナドリを飲んで頑張ってると印象づけられるでしょう?」
「いかにもやった感を出しただけじゃないか……」
あきれつつそう答えると瀬々里は『そんなこと気にする人はいませんよ、写真以上の情報はないんですからね』と答えた。確かに写真に写っていないところは分からないが、本当に勉強をする気のあるヤツがそんな勉強がしにくそうな配置を考えて写真を撮って、あまつさえネットに上げたりしないだろう。勉強風景なんて楽しいものではないのだからわざわざ写真に撮らないだろう。
俺は数学を解き終わって英語に取りかかった。それほど難しい問題は無い、ネトゲや海外製品のレビューなどを読むのに必要だったので英語は無理をしていくらか読めるようになった。金があればそれで解決する方が楽なことだが、中学生としては金で解決するよりサーチエンジンに単語を放り込みながら調べた方が安くて現実的なコストで済む。
大学までいけばそんな付け焼き刃の英語など通用しないだろうが、必要になる頃に覚えればいいだけだ。
「お兄ちゃん、この問題を教えてくれませんか?」
瀬々里が化学の問題集を見せて質問してきたので簡単に答えておいた。そんなに難しい問題ではないが、小学校でやる理科とは全くの別物なので戸惑っているのだろう。
自分の分が終わったので俺は冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取りだしてテーブルに置いた。これ以上夜更かしすることはないのだが、瀬々里が悩んでいるようなので妹の頑張って居る間くらいは付き合ってやろう。
それから数個の質問が来たので去年教えてもらったことを頭から引っ張り出しながら答えていった。俺の言葉は教科書に書いてあることと、担当教師が言ったことをまるっと受け売りしているだけだが、一応理解はできたようなので瀬々里の勉強も終わった。
「ふぅ……今日はこのくらいで許しといてやりますかね」
「参考書は敵じゃないぞ」
そんな軽口を叩くくらいには元気そうなので、俺は洗面所で洗口液を口に含んで吐き出し、口の中に残った糖分を流して一人部屋に戻った。歯ブラシもかけたほうがいいのだろうがエナドリ一本だし虫歯になる程のことでもないだろう。
そして布団に飛び込んでぼやける意識の中、隣の部屋から何か悩ましげなようで嬉しさを含んでいるような声が聞こえたような気がした。
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