第14話「瀬々里と依怙のレスバトル」

「お兄ちゃん! 協力してください! 今こそお兄ちゃんの力が必要なのです!」


 絶対にくだらないものだろうが朝食を終えた後、しばし部屋でネットを巡回していたところに飛び込んできた瀬々里が言った。


「なんだよ突然、どうせ碌でもないことだとは思うが聞くだけ聞いてやる」


 それだけ言うと聞くに堪えない内容を瀬々里は話し出した。


「依怙さんとちょっとTで揉めましてね、お兄ちゃんも私と依怙さんのレスバに第三者を装って参戦して欲しいんですよ、もちろん私の賛同者としてですよ」


「ちなみに議論の内容は? クッソどうでもいいことなのは聞くまでもないが気にはなるな」


「あの人は私が見ている今季のアニメをバカにしたんですよ! 到底そんな冒涜が許されるはずがないでしょう?」


 なお、ここではどのアニメかは触れない、時事ネタをぶっ込むと後々の人が意味を理解できないから困る。


「しゃーないだろう、価値観なんて人それぞれだよ」


 好きなものを馬鹿にされて怒るのはよく分かるがな、それをネットで論争しても炎上が大規模になるばかりでキリがない。こういうのは意見の違いを納得することが大切だ。


「でも人が好きなものを否定しなくてもいいと思いませんか? 覇権だってネットじゃ評判なんですよ、それを逆張りしているようなひねくれた人が幼なじみなんて認めたくはないです」


「そこまで言うようなことかよ……」


 大体幼なじみなんて家が近所にあったからそうなっただけで、生まれのガチャみたいなものだろう。それを否定したいのかもしれないが人が生まれる場所を選べるはずがないだろう。


「でもですよ! それでも! ゲームで露出が足りないとジョークを飛ばしただけですよ? 依怙さんはなんてリプしたと思いますか? 『あれ以上脱いだら全裸でしょ』ですよ! そんなことは承知の上で可愛いキャラを愛でたいんじゃないですか! 私は世界の性欲を代表してお気持ち表明しただけですよ?」


「まず性欲を代表するのがおかしいとは思わなかったのか?」


 あまりにもしょーもない話だ。大体あのゲームだろうなと思い当たるものはあるのだが、アレは瀬々里が始める前に一度、絵が過激すぎるとストアにリジェクトされたんだよなあ。そりゃ依怙だってそんな感想が出るのも当然だ、というかプレイヤーも大概その歴史を知っているからな。スマホのストアではセンシティブなゲームを配布できないと規約に書いてあるだろうが。


 だから一言で済ませるなら『規約を守ってんだよ』の一言で済んでしまう話なんだがな。しかし目の前の妹は大層おかんむりだ、どうしようもないことが世の中にはあるし、諦めろとしか言えないな。


 俺の尊大で偉大な妹はどうやらレスバにはあまり強くないようだ。そこそこ辛辣なことも言えるのにネット上でのやり合いは苦手なのだろうか? まあネット上と言っても対戦相手は思いきり知り合いなのでほぼリアルでの言い争いとの違いはないんだが……


「お兄ちゃんだって好きなゲームで水着衣装が実装されたらガチャを回すでしょう? そこに私と何の違いがあると言うんですか」


 それを言われるとなあ……言い訳をするならば夏の時期に実装される水着キャラって割と強いことが多いんだよなあ、そりゃ見栄えがよくてしかも強いとくればガチャくらい回すさ、当然だろう?


「そりゃまあそうだけどさ、何も依怙とレスバをしなくてもいいじゃないか。アイツはどう考えてもレスバで圧倒的に強い雰囲気があるだろ?」


 俺は話を逸らすことにした。水着ガチャを天井まで回したのは俺の黒歴史だからだ、アレを掘り起こされるようなことになるのは避けたい、貯金の大半を使って目的のキャラを引いた後は両親そろってキレていた、自分の金なんだから良いだろうという俺の言い分はまったく通用しなかったな。


 なお、依怙は非常にこういう言い争いには強い、本人曰く、『相手が物理的な方法を採らなければほぼ勝てる』だそうだ。俺はその言葉に雄弁であることへの畏怖と、暴力の圧倒的な効率の良さに感銘を受けたものだ。


「あと、アイツはネット上では顔が見えない分メンタルがクソ強いからせめて対面して言い合わないと勝ち目はないだろうな」


「うぅ……どうしてゲームキャラの好みでここまで言われないとならないんでしょう」


「依怙は誰彼かまわず炎上した話題に突っ込んでいく一部界隈での有名人だからな。農耕民族に狩猟民族が喧嘩をふっかけたようなものだよ、戦闘経験が全然違うだろ?」


 勝てるわけがないだろう、依怙は瀬々里より遙かに早くからスマホを持っていた、ネットの荒海を乗り越えてきたのだから無菌室で育ったような瀬々里がネットの海で戦ったら勝負は決まっている。宇宙戦争で火星人が細菌で全滅したように、想定していない存在からの攻撃には弱いものだ。我が妹はスマホを持つまでメインの議論相手が俺だったので加減はしていたし、ハンディマッチみたいなものだった、それがいきなりルール無用の場所で戦えば結果はお察しだ。


「お兄ちゃん、じゃあ依怙さんと戦えとは言いません。でも依怙さんに私への攻撃は馬爪兄妹への攻撃だと認識しますって言ってもいいですか?」


 ん?


 何か悪そうな笑みを浮かべている瀬々里だが意図が見えないな。


「俺はレスバに参加はしないぞ」


「それでもいいです、そう書き込むだけの許可をください」


 瀬々里が何を考えているのかは知らないが、それで勝負が付くとは思えんな。


「好きにしろ」


 俺がそう言うと瀬々里は即座にスマホを取り出し、タップしてから更新音が鳴った。そしてニヤニヤしている瀬々里が不気味に思えてきたところで、途端にドヤ顔になった。


「お兄ちゃん! 依怙さんがこれ以上のレスバはしないと言ってきました! 私の大勝利ですね!」


 いや、せいぜい引き分けじゃないか?


「結果はともかく、なんで突然依怙のヤツが折れたんだ? アイツがレスバで引き下がる様子が想像もつかないんだが」


「ふふふ……お兄ちゃんはそれが分からないんでしょうね、だからこそ、ね?」


 何が『ね?』なのかは分からないが、俺の名前を持ち出すと依怙のヤツが黙ったらしい。俺に一体何時そんな力が付いたのか考えていると依怙が微笑みながらハイタッチをして部屋に戻っていった。俺は釈然としない気持ちを残したままリビングで配信を見ることにしたのだった。

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