第13話「日曜日、パーキンソンの法則」

 暇な時間がたっぷりあると思って目を覚ました日曜日だったが、どうやら時間があるならあるだけ使うことになるという法則は事実らしい。


「何をしているんだお前は……」


 目の前で、本当に目の前に目が覚めたらあった瀬々里に向けてそう言う。起こしに来たならもう少しまともな方法があるだろう。大体俺はスマホのアラームをしっかりセットしていたぞ、日曜だから寝坊するとでも思ったのか。


「お兄ちゃんの寝顔を眺めていました」


 悪びれる様子も無く俺の問いに答える瀬々里。寝起きで妹の顔が目の前にあるとビビるじゃないか。もう少し兄への配慮とかできないのか? そもそも人の部屋にこっそり侵入している時点でどうかと思うのだが。


「朝からご苦労様、今日は日曜だから起こしに来る必要なんて無いと思うんだがなんで来たんだ?」


「兄を想う妹心ってヤツですよ、言うでしょ? 『妹の心、兄知らず』って」


「ことわざを捏造するんじゃない、なんだその特定の場面でしか使いようのない言葉は」


 くだらないやりとりをしてから瀬々里に用件を聞く。どうせコイツのことなのだから何か用があったんだろうさ、ロクな用ではないと分かってはいるが一応聞いておこう。


「はい、今日はお休みなのでお兄ちゃんとしっぽり過ごそうと思いまして、こうしてお兄ちゃんの部屋に来たわけですよ、ちなみに寝顔は撮影済みですよ!」


「頼むからそれを人に見せないでくれよ……」


 消せといったところで無駄だろう。ならばせめて拡散はしないでくれとしか言えない。もちろん寝相が悪いわけではないのだが、意識のないうちに撮られた写真など恐怖しかない。


「お兄ちゃんにも私の写真をあげましょうか? そこそこきわどいショットがありますよ、その……お兄ちゃんさえ望むのならもっと過激なのだって」


「頼むからやめろ。俺をやべーヤツにするんじゃない、俺はコンプライアンスを大切にするんだよ」


「そーですか」


 瀬々里は残念そうに部屋を出て行こうとする。まったく、日曜だというのに惰眠をむさぼれないなんて忙しいことだ。


「じゃあお兄ちゃん、朝食はヴィーガンリスペクトの鮮やかなサラダなので期待してくださいね」


「あまり期待できる要素じゃないな……」


 映えを全力で押している料理に味なんて求めるのは間違っているのだろうが、よくまあ朝から野菜の身なんて生活が出来るな。


「大丈夫です、写真に写らないようにレバニラも用意してありますから、まあそれが見えると『ヴィーガン』タグが付けられませんからね。


「えぇ……」


 タグ付けのためだけに料理を作ったのか……俺のために作ってくれたわけでもないんだろう、やはり一人飯が怖いのだろうか? 別に構わないと思うのだが気にするヤツは気にするのだろう。


 まあ瀬々里の場合写真写りが最優先なので相手がいるということでお一人様にマウントを取りたいのかもしれない、ロクなもんじゃねーなと思いながら部屋を出ることにした。


 食卓に着くと、もう既に彩り豊かな料理が並んでいた。といってもサラダ類ばかりなのだが、見た目に関してだけは綺麗なものだと思った。


「はいお兄ちゃん! 手が見切れるようにサラダに手を伸ばしてください!」


 瀬々里に指示されるままに手を伸ばす。そこで机を椅子の上に立って上方からパシャとカメラ音をさせていた。確かにその角度なら顔は写らないけどさあ……どんだけ執着してるんだよ。


 そして俺は机の端に置いてある豚肉の生姜焼きに言及する気はなかった。確かに隅の方に置いてあるので映り込む心配は無いだろう。


「さて、それではタグ付けができたのでアップロードしますね」


 それだけ言って瀬々里は生姜焼きを自分の元へと取り寄せ、二人分にわけてテーブルに置いた。


「もうヴィーガンはやめるのか?」


「あんな堅苦しい生活なんてできるはずないでしょう? どうせイソスタにしかアップロードしないですし、何よりもです……」


「なんだよ?」


「皆さん人の投稿を一々覚えているわけないでしょう? 次の日になれば食卓に肉が並んでても気にしませんよ」


 俺は反論ができなかった。アンチを大量に抱えでもしなければ、ネット上の一つの投稿など多数の圧倒的なデータに流される。それを一々追っているとしたら暇人としか言いようがない。環境過激派さえも敵に回そうが気にしないのが瀬々里だろう。別にその手のクラスタに集団ブロックされても気にしないんだろうな。


 そんなことを考えながらサラダを箸で掴んで口に入れた。


「そういえばなんで箸なんだ? 俺が言うのもなんだがフォークとスプーンの方が映りがいいんじゃないか?」


 素の野菜でドレッシングすらかかっていないのに気がついて机の隅に置いてあるボトルを取りながら訊いた。


「まあ……スプーンやフォークは映り込みますからね……プラスプーンなら心配ないのでしょうけど、それなら箸の方がいいかなと」


 なるほど、瀬々里なりの配慮だったか。確かに画像を撮るときに光沢のあるものがあるとそれに周囲が反射する、それを熱心に見つける連中に隙を与えないために木製の箸にしたのか。たしかに映り込みで顔バレした配信者は割といるしな。


「ところでお兄ちゃん、一つ訊きたいのですが」


「なんだ? 大したことは答えられないぞ」


 俺はあまり頭がいい方ではないと自負している。残念ながら中学生活でも普通の成績しか収めていない。凡人なのでコラッツ予想の証明などを求められてもできるわけがない。


「ラウ画像の撮れるスマホってありませんかね? 値段によっては機種変も辞さないつもりですが」


 ラウ? らう……RAW! ああローのことか。


「アレの読みは『ロー画像』だぞ。撮れるスマホもあるがクソ高い上に容量を大量に消費するからあっという間にストレージが一杯になるな。やめといた方がいいと思うぞ」


「でもローで撮れると画像の編集がとても楽になるって記事を読んだんですが」


「多分そいつは一眼で撮ってPCで編集してるんだろ。スマホで画像レタッチなんて無謀だよ、せいぜいわかりやすいコラみたいなオブジェクトの削除くらいしかできないよ」


 そう上手くはいかないものだ。そもそもスマホではセンサーサイズに限界がある、どうやっても一眼と比べると埋まらない溝がスマホとカメラ専用機には確かに存在している。


 しかし写真を編集する程度の事ならある程度は出来るんだがな、今の瀬々里にPCを渡したら何に使うか分かったもんじゃないな。高いものなので親任せにはなるものの、自分のPCを瀬々里が手に入れたときには注意してもらおう。


「惜しいですね、スマホで編集までできればいいねが集まりそうなものですが」


「雑な編集をして盛ったせいで空間が歪んだ写真になる事もあるからおすすめはしないぞ」


 時々ネタ画像として出回るんだよなあ、美人の画像だと思ったら背景のビルが建築基準法に違反したように歪んでいる写真がさ。


 そこまで極端ではないにせよ、盛ったところで素材以上に重要ではない。鮮やかなサラダは普通に撮っても綺麗だが、材料が全部しなびていたりすると修正が追いつかない。結局は撮る物自身が一番重要なんだよ。


「そんなお粗末な真似を私がすると思っているんですか?」


「やりそう」


 コイツはやりかねないヤツだと思っている。でなければわざわざ写真に写すためだけに俺を呼びに来ないだろう。そんな面倒なことをしてまでいいねが欲しいのだからそういうことだ。


 俺はドレッシングをドバドバとかけて生野菜を食べていった。


「美味いな」


 俺の言葉に嫌そうに瀬々里は言う。


「ただの野菜が美味しいわけないでしょう? ただ単に見栄えがいいだけですよ。というかお兄ちゃん、ドレッシングを大量にかけていますけど、ドレッシングの味しかしないでしょうに」


 だったらそこまでして写真映えを狙わなくてもいいだろうに。それだけ言った後で瀬々里はドレッシングを俺以上に大量にかけて野菜を消費していった。


 それが食べ終わったところで一息吐いて俺に視線をやった。


「さて、不味い食事は片付いたことですし、メインディッシュといきましょうか」


 そう言って生姜焼きを食べ、ご飯を口に入れていた。至福といった顔をしているのでやはり肉の方が好きなのだろう、タグを付けるためだけにそこまで熱心になれるというのは結構な根性だ。


 俺もついでに作ってあったあまりの生姜焼きを食べると確かに美味しかった。これに何かをかける必要が無いのは生野菜との大きな違いだ。


「生姜焼きの方は美味しいですね! さすが私!」


「自画自賛は……と言いたいところだが本当に美味しいな」


「でしょう! やはりお兄ちゃんも食べるとなると雑なものは作れませんからね!」


 さっきのサラダはどうなんだと思った、思ったが目の前の肉と白いご飯が美味しいので黙っておくことにしたのだった。

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