第12話「妹とお昼の無為な過ごし方」

 俺はもうお昼はのんびり家に引きこもろうかと決めて、部屋に帰ろうとしていた。その時に後ろから声がかかった。


「お兄ちゃん、近所に最近Tで話題になった場所があるのですが」


「行かないぞ、どうしても行きたいなら一人で行ってこい。俺は特に用が無いんでな」


「ケチですねえ。お兄ちゃんは妹の要求に応えるのが義務だと古事記にも書いてありますよ」


「勉強に忍者を使うな」


 くだらない会話をしている。なんとなく言いたいところは心当たりがある、近所にある図書館が物珍しい本を置いているとTで話題になっていた。正直、レアな本などには微塵も興味は無いし、珍しいからなんて理由で読む本を選びたくはない。大体、そもそも貸し出し中であろうものを求めていくこと自体が無駄だ。


「お昼からそんな引きこもりの姿勢だと健康に支障を来しますよ、お出かけしませんか?」


「えー……」


 できることならやりたくないものだ。バズっている企画にのるというのがそもそも嫌いだ。話題になっているからなんて理由でのっかったところで二番煎じにしかならないだろう。それをやる意味があるのか?


「そんなもん物好きに任せておけよ。ネットで擦られたネタなんて俺たちがやる意味無いだろうが」


 しかしまだそれでも瀬々里はめげなかった。


「じゃあ地元のカフェでお洒落なデートとかはどうですか?」


「お前、昼飯に何を食ったか忘れたのか? どう考えてもまともに食べられるわけないだろ、俺は写真だけ撮って料理は捨てるような真似は認めないぞ」


「流石にそこまではしませんよ……紅茶を一杯お兄ちゃんと一緒に飲むだけですよ、必要以上の装飾はケバケバしいですからね」


 なるほど、しかしな。


「じゃあ一人で行けばいいだろう? 俺がついて行く意味なんてひとかけらも無いじゃないか」


「はぁ……お兄ちゃんが行く気はないようですし、今日は家でゆっくりしましょうか。その代わりいずれ付き合ってもらいますからね!」


 そう俺に勝手な約束を取り付けてくるのだが、俺は水を飲みながら聞き流しておいた。瀬々里が一方的な約束をしてくるのは今に始まった事じゃない。好きにすればいいさ、どうせ明日には忘れている程度の世間話でしかない。


 しかしまだ明日も休みなわけだが、初日からとばしてくるなと思う。コイツ、俺がいなくなったらまともな生活が成り立たないような気もする。それでも、瀬々里が飽きるか俺が死ぬまでは付き合ってやろう。


 人生をかける気などさらさらないが、瀬々里が言うことはいつも無茶なのである程度のところで止めないとな。今回は止められた気がまったくしないが、瀬々里には健康でまともな暮らしをして欲しいと思う。食べ過ぎて寝るような生活が健康にいいはずもないしな。


「お兄ちゃん、今晩のご飯は二人きりですね」


「そうだな、何か作ろうか?」


「いえ、ソーセージをレンジにかけただけで料理と言い張る人には任せられませんね」


 ソーセージのレンチンで何が悪いというのか、御高尚な料理よりいかにもジャンクな料理の方が美味しいだろうが。料理に映えとか求めてどうするんだ? ソーセージだけでも十分なおかずになるし、多くを求めなければ手軽で美味しい料理だと言えると思う。


 まあ食通なんて人間に言わせたらキレそうな話であるが、俺としてはパック肉をレンジに放り込んで蒸しただけでも十分美味しいと思う。その写真にいいねが付くとはとても思えないが美味しければそれ以外求めないなら十分だろう。


「じゃあ今晩はせせりが作るのか?」


「いえ、少し眠いので買ってきてすませようかと」


「そうだな、近所だとのり弁が安いしそれにするか?」


「お兄ちゃんはもう少し健康に配慮した方がいいですよ……」


 そんなわけで、夕食まで時間をたっぷり持て余すことになった。暇なので本でも読むかと電子書籍を開いた。サブスクに入っているので無料枠で何か面白そうな本がないだろうか、そう考えながらスワイプしていると、画面に後ろからスマホを覗き込んでいる瀬々里に気がついた。


「お兄ちゃんへのおすすめは『妹から始める! ラブコメ生活』ですよ。今なら一巻読み放題に入ってますし」


「本くらい自由に読ませろよ……」


「お兄ちゃんに任せるとエロ本ばかりになるじゃないですか」


「それは男子中学生への偏見だ!」


 そもそも電子書籍は購入するのに誤魔化しようがない年齢確認があるしな、そんな都合良くはいかんよ。


 そもそも瀬々里の薦めている本もタイトルからしてなかなか健全とは言い難いもののような気がするんだがな。


「じゃあ俺は部屋に帰るからな、今日はもうどこへも行く気はないぞ」


 それだけ言って部屋に帰った。やはり自分一人の空間というのは必要だな、瀬々里と一緒にいるのが悪いというわけではないが、それでも一人でPCに向かってポテチを食べながら配信サイトを見るくらいの自由は欲しい。


 そうして俺はPCの電源を入れた。必要も無いのに七色に光り、電源が入ったことを過剰に主張する。ゲーミングである必要は無いのだが、お年玉を貯め込んで買おうとしたときにゲーミングPC以外にハイスペックなものは無かったので光ることには妥協した。


 そしていつもの画像投稿サイトを開く。みんな上手いなあとは思う、ああはなれないな。そんな諦めの感情がわくのは仕方ないことだろう。


 そこでふと気がついたことがある。隣の部屋は瀬々里の部屋、先ほどドアを開けた音がした。しかし、それきり無音である。


 なんだか俺はそれをおかしいと思い、瀬々里の部屋との壁をドンと殴った。途端に『きゃっ!』という声があがってバタンと音がした。油断も隙も無いな、多分コップかなにかでこちらの音を聞こうとしていたのだろう、まったく何で俺なんかに拘るのやら。


 盗聴を頑張って居たとは言え、瀬々里には少し大人げなかったかなと思う。壁殴りなんてニートがやるものだと思っていたが、こういう時には少しは役に立つんだな。


 今度こそ邪魔するものもいなくなったようだし、俺はデスクに戻り動画サイトを開いた。ルーティンのようになっているが、最近はスマホで済ませることも多い。内容が変わるわけでもないからな。


 VTuberが激辛ラーメンを食べているのを見ながらブラウザゲームをプレイする。休日にふさわしい時間の贅沢な使い方だな、有意義ではないがそこまで生産性があることばかりやるわけでもないのが人間というものだ。


 しかし……しかしである、中学生男子として思うことが無いでもない。隣で妹が監視していると考えると『そういう』コンテンツへのアクセスはしづらいな。してはならないと言う建前は置いておいて、普通の中学生なら興味くらいあるだろう、俺にだってある。


 とはいえ隣に配慮しなくちゃなぁ……


 難儀な設計の家になった物だと思うよ。それとも親の配慮で牽制を狙って俺の部屋の隣に瀬々里がいるようにしたのだろうか? もしもそうだとしたら結構な策士だな、もう少し自由と言うものがあるべきだとは思うがな。


 モバイルの方はフィルタリングがあるものの、PCを起動させれば『そういう』コンテンツへアクセスできる。しかしそんなことをしたら妹に示しがつかないと言うだけの理由でやらない。自分でも面倒な縛りプレイをしているとは思う、世の中にはロクな年齢認証のないサイトで溢れているが、それをあえて使わない。


 瀬々里が隣にいると思うとどうにもそういう気分にならないのだ。アイツが気付けば弱みを握られることになるだろうしな。


 結局、動画配信サイトを眺めながら今季のアニメを流し見する。なかなか豊作だな、毎期このクオリティのアニメが一本あれば十分楽しめる。昔は無料の、もとい違法な配信サイトが幅をきかせていたらしいが、よくここまで健全になったものだな。その時代をよく知らないが、当時は違法なコンテンツがガンガン流れるという煉獄のような状態だったらしい。


 今流れている映像は健全なものだ、円盤では湯気が消えるなどと言う話をまことしやかに聞くが、円盤は高すぎて手が出ない。というのもあるし、湯気が邪魔だからという理由で円盤を買うと散々瀬々里にいじられそうだ。仕方ない、十分大人になってからそういったものは楽しもう。


 少し考えてPCでTをブラウザのタブに開いてから考える。大抵なんでもいいのだが、適当な小話でも投げてみた。投稿するといいねが一個だけついた、どうせ依怙の仕業だろうな、アイツはそういうやつだ。


 瀬々里の方はいいねをつけないようでその日のいいねは一つだけだった。バズりたいと言っているがそんなものは狙ってできるわけでもないだろうに、意図してバズらせるのは相当難しいと思うんだがな。


 俺は少し大きな声で『寝るか』と独りごちて横になった。やはり壁越しに聞いていたのだろう、瀬々里の部屋からはあっという間に物音一つ立たなくなった。


 静かになった部屋の中で、俺はそっと目を閉じた。いいねが一つ付いたことに満足しながら眠りに就いた。

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