第11話「やってることは残念なんだが寝顔は……」
結局、あくびをしながら歩く瀬々里の手を引いてなんとか無理矢理帰宅するまでこぎつけた。瀬々里もかなり眠そうにしていたので少し無理をしてしまった。ニンニク臭いとかそういう悠長なことを言うより瀬々里に倒れられる方がよほど大変だからな。
家に着くなり俺は瀬々里の前に気休め程度ではあるのだが烏龍茶を一杯置いた。別に瀬々里が太っているというわけではないが、気持ち程度には体の方を気にして欲しい。妹が生活習慣病になったりはして欲しくないしな。
「うーん! やっぱりズロー系を食べた後は烏龍茶に限りますね!」
俺も自分の分の烏龍茶を飲みながら答える。
「そうだな、口臭はともかく口の中の脂肪が減っていくような気がするよ」
洗口液ほど効果があるわけではないが、それでもしっかり口の中に残った脂身が流されていくような気がする。そこそこスッキリするのでホッとするが、最低限歯は磨いておくべきだろう。
「瀬々里、飲み終わったら歯を磨いてこい、洗口液でうがいも忘れるなよ?」
「ふぁい……眠いですけどこのまま寝るわけにもいきませんしね」
気怠げにソファから立ち上がって洗面所の方へ向かっていった。アイツもニンニクの濃厚な香りを漂わせながら寝るつもりにはならないのだろう、最低限の口臭ケアはする気があるようなので何よりだ。
そうして俺はぼんやりとスマホを取り出してソシャゲのログボを集めた。両親の忙しさからして、大人になるということはソシャゲのような時間をいくらでも使えるゲームをできなくなるのではないだろうか? それは少し寂しいことだと思う。
ログボを一通りもらったので、俺は烏龍茶をペットボトルから直飲みする。アレで案外瀬々里はマナーにうるさいこともあるので一人の時はついついズボラになってしまう。マナーだのなんだのは妹に規範を示すために守っているが、一人しかいないのに一々気にするつもりはない。
一つのソシャゲで十連無料のキャンペーンをやっていたが、見事にピックアップは引けなかった。確率的には十分あり得ることだが、どうにもガチャの排出率一覧が胡散臭く思える。
「うへぇ……自分のことは分からないものですね」
部屋に瀬々里の声が響いた。
「なんだよ、別におかしくないだろ?」
「匂いですよ、ニンニクって匂うんですね。自分が匂いの元だと分かんないですね」
ああ、俺の口臭の話か。その通りなんだが、そんなことを気にするような奴があんなラーメンは食べないだろうよ。とはいえ一応俺の口臭がひどいのは知っているし、歯を磨いてくるか。
「洗面所空いたな? 歯を磨いてくるよ」
俺は完全には消えないだろうが、ニンニク臭を減らすために洗面所へ向かった。部屋を出たときに多少ニンニクの匂いがしたのでやはり匂っていたんだなとは理解した。
俺は歯磨き粉を付けて口をブラッシングしていくのだが、ウチには消臭効果のあるものなんて置いていないので雑なものになってしまう。しかしあの手のニンニクマシマシの料理を食べることはメーカーだって想定していなかったのだろう。そんなニッチな需要に応えてくれるものは無いんだよな。
ブラッシングして口をゆすぎ、水を吐き出すとニンニクの香りが漂ってきた。瀬々里の言葉の意味がよく分かる、自分で自分の匂いには気付けないものだ。
洗口液を口に入れ、念入りに隅々まで行き渡るように匂いの元を洗い流す。そして吐き出したのだが、いつもはサリチル酸メチルの湿布薬のような香りがするのだが、今回は吐き出した途端にそれからニンニクの匂いがした。俺が言うのもなんだが瀬々里のヤツもよくこんな量のニンニクを食べたものだな。
最後に水で口を流してさっぱりしたのだが、どこまで匂いが消えたのかは分からない。歯を磨く前よりマシだろうとは思うのだが、匂いを完全に洗い流せたかというと怪しいものだ。
一通りの気休め作業は終わったのでリビングに戻った。そこにはソファで寝ている瀬々里がいた。別に妹相手にどうこうという感じでもないのだが、部屋に残っているニンニク臭で到底何の感慨もわかなかった。ただ単に口臭の残っている人間が二人いるだけだ。
瀬々里も寝ているので説教はしないが、ドカ食いをすると眠くなるから気をつけろと声を大にして言いたかった、当の本人が寝ているわけだがな。
そんなことを考えていると俺まで眠くなってきた。今日寝苦しかったのでついついスマホでFPSをプレイしたのがマズかったのだろう、そこくらいしか心当たりがない。バトロワはそれなりに面白くはあるのだが、いかんせん一試合が長い。夜中に目が覚めたときにやるようなゲームではなかった。せめて放置ゲーの報酬を回収しておくくらいにとどめておくべきだったな。
ソファは瀬々里が占領しているので、俺はカーペットの上に寝転がった。多少固いが寝るには十分だ、なんなら椅子を三四個並べてその上で寝ることも余裕なので、このくらいはむしろ寝心地がいいくらいだ。
横になってスマホを耳元において音楽をかけながら眠りに就く。心地よい眠気が俺の意識を覆い隠していく。非常に心地よい感覚だ。意識が落ちる瞬間、なんだか物音のような物がした気がするが、それを確認するほど意識がハッキリとはしていなかった。
意識が途切れてどのくらい経っただろうか? 俺はしばし寝ていたのだろう、ぼんやりした頭が覚醒していく。嗅覚の方が視覚より早く復帰してニンニクの強烈な香りを感じた。その匂いが意識と視覚をハッキリさせた。そうして目の前に瀬々里が寝ていることに気付いた。
なんというか、もう少しまともな感想があるのかもしれないが、ハッキリ言って非常に臭かった。ニンニクをあれだけ食べたのだから無理もないだろう。
てい。
ペシと瀬々里のおでこを軽く叩くとようやく目が覚めたようで、俺を見て驚いていた。
「さて、どうしてお前は俺の隣で寝ているんだ? ソファで寝てたろ」
まだ寝ぼけたままで瀬々里は口を開いた。
「それは……お兄ちゃんの隣で寝ると寝心地がよさそうだなあと思って」
うん、まあ一万歩くらい譲ってふかふかのソファよりフローリングに敷かれたカーペットを選んだとしよう。
「あんなにくっついたら寝づらいだろう、そもそも今日何をしてきたか分かってるだろ?」
「え?」
本気で分かっていないようなので一応指摘した。
「あれだけニンニクを食べてから口を近づけるんじゃない、俺の口も大概ニンニク臭いだろうがお前だってそうなんだよ。むしろよく俺のニンニク臭を嗅ぎながら眠れたな?」
「まあ……他ならぬお兄ちゃんの匂いですし」
「いや、俺の匂いじゃなくてニンニクの匂いだと思うんだが」
体臭フェチでも別に構わないのだが、これは体臭ではなくニンニク臭だと思うんだよ。それとニンニクの匂いが好きだと言うなら俺の近くで寝るよりチューブニンニクを買った方がよほど簡単だろ。
「とにかくお兄ちゃんの側に居ると安心するんですよ!」
そう言って瀬々里は水を飲みに行った。俺はキツネにつままれたような気分でテーブルの上にあるスポドリのボトルを開けた。そこそこ暑苦しい環境だったせいでエアコンが効いているのに汗をかいた、その身体にスポドリはいい感じに染み渡ってくれた。
「俺のそば……ねぇ」
そう独りごちてみたが、瀬々里の言葉の真意はよく分からなかったし、深く考えても答えは出ないだろうから考えるのは切り上げた。
休みだというのに貴重な時間を血糖値スパイクで無為に消費してしまった、困ったものだな。
しかしまだ土曜日だ、まだ日が高いので時間はあるだろう。スマホで時間を確認すると13:00となっていて、Tの通知欄にDMが来ていると表示されていたので開いてみると依怙からのものだった。
「何を食べようと勝手だけれど、そこそこは体に気をつかいなさいよ」
俺は依怙からのありがたいお言葉に『瀬々里に言え』と返答してスマホの画面を消した。
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