第9話「お休みデートと引きこもりたい兄」

「お兄ちゃん! デートをしましょう!」


 また何か思いついたのだろう、瀬々里が俺ににこやかな顔で語りかけてきた。兄妹云々以前に、俺は休日に外に出る必要がそれほど無いと思っている。足りないものがあれば買ってくるが、急ぎでなければネット通販で十分だ。


「めんどくさい、どうせまたイソスタにアップロードするための素材集めがしたいんだろう?」


 コイツのことだ、どうせその程度の理由に決まっている。俺がいる必要なんて無いだろう、俺は自分のアカウントに写真を上げたりはあまりしないのでそんなことをするメリットが無い。大体俺のアカウントで彼女の匂わせなんてやったら即座に瀬々里のアカウントと繋げられて芋づる式に情報が漏れるだろう。


 どのみち依怙のやつはすっかり把握しているのだろうが、それは情報を垂れ流して言い理由にはならない。


「分かってるなら手伝ってくださいよ、お兄ちゃんの協力があれば私の世界ランクが上がるんですよ?」


「なんでお前の世界ランクを上げる手伝いをしなきゃならないんだ……」


 ――賢明なる読者諸君ならば説明不要だろうが――


『世界ランク』とは世界の人間の中で自分が何番目くらいかを争うジョークである。なお、匿名掲示板以外で真面目に世界ランクを争うと友達が減るだろう。


 ――閑話休題――


「お兄ちゃんは妹が可愛いと思わないんですか?」


「思ってるよ」


「ふぇ!?!?」


「ライオンだって自分の子供を千尋の谷に落とすって言うだろ?」


 かわいい子には旅をさせよと言ったのは誰だっただろうか、俺に頼らず自分でなんとかして欲しいものである。俺は瀬々里に立派な人間に育って欲しいと思っている、だからこそこの困難には自分の力で立ち向かって欲しい。


「お兄ちゃんはケチですね、でーも、いいんですかね? 私、お兄ちゃんのお部屋でこんなものを見つけたのですが」


 そう言ってうやうやしく一つの箱を俺の目の前に出した。それは見まごうことなくこの前地上波でやっていたアニメの円盤が入った箱だ。うん……その、なんというか、円盤では聖なる光が消え去ると聞いてつい買ってしまったものだ。断じて十八禁なものではないと弁解はさせて欲しい。


「いいんですかー? お兄ちゃんのお部屋にこんなものがあるとはねぇ、私は慈悲深くも今まで誰にも見せずに黙っていたんですよ? その事に対する報酬がないとついつい私のスマホで撮影したものが流出しちゃうかもしれませんねえ」


 ゲスいヤツだな。そんなことを言っても仕方ないか。選択肢もクソも無いようだ。十八禁ではないが、やはりご家庭のお茶の間で流すと家族会議になる事は確定するようなものだ、それは流石に避けたい。


「分かったよ……協力してやる」


 俺はそう言って渋々瀬々里の散歩に付き合わされることになった。なんだか理不尽な気もするが、あくまでも映える写真を撮るのが目的だろうし、そこまでの無茶はしないだろう。俺は妹にその程度の良識があると信じている。


「じゃあ早いところ着替えてきてくださいね、よそ行きの服ですよ?」


「はいはい」


 俺は適当に返事をすませると自分の部屋に入ってクローゼットを開けた。妹と出かけるのにそこまで服に拘る意味が無いだろうとは思うのだが、本人としては兄妹ではなく彼氏という『設定』を維持したいのだろうし、多少は盛った方がいいのだろう。妹というのは理解出来ないな。


 この辺で俺たちが兄妹だと言うことを知らない人もそんなに居ない。そりゃ人の入れ替わりが激しいファストフード店やコンビニなら知らないだろうが、瀬々里の期待するような近所の少しお洒落な店は顔見知りで、昔から親が少し贅沢をするときに連れて行ってもらっていたので兄妹だとは丸わかりだ。今さらデートだなんて言い張っても無理が出るだけだし、俺の世間体のためにもやめて欲しい。


「何処か行きたいところはあるのか?」


「そうですね……いつものラーメン屋とかどうです?」


 意外な申し出だった。ラーメンが悪いというわけでは決してないのだが、イソスタでいいねが大量に付くようなジャンルではないだろう。そりゃあ映えるラーメンを作っているところもあるのだろうが、俺たちの行動範囲にそんなものは無い。


「ラーメンをイソスタに上げるのか? ここらで一番近いラーメン屋ってアレ系だぞ?」


 いわずと知れた『ズロー系』である。食えば腹がパンパンになって上にもやしとニンニクが大量にのった、食えば当分口からニンニク臭がすること請負な意識高くない系ラーメン屋だ。確かに野菜ニンニクマシマシで食べれば美味しいことは確かなのだが、アレをイソスタに上げてそんなにいいねが付くだろうか?


「ああいえ、ラーメン屋さんはそこですけどアップロードするのはTにですね。イソスタに上げたら最悪フォロワーが減りそうですし」


 バッサリとイソスタ向きでないことを断言した。だとは思っていたが案外あっさりしたものだ。Tにアップロードすればそこそこ受けるんじゃないだろうか、キラキラとしていないのでおそらくイソスタでは不評だろう。


「別に構わないがちゃんと食べられるのか? あそこだとどうしても結構な量に……」


「大丈夫です! お兄ちゃんとせっかく食事が出来るんですから食べ残しなんて見苦しいことをするはずが無いじゃないですか」


 そういうものなのかね、俺にはよく分からないが、瀬々里には瀬々里の倫理観というものがあるのだろう。食べ物を粗末にするというのは褒められたことではないからな。朝飯はそこそこなので健康に悪いが美味しいであろうラーメンを食べることはやぶさかではない。


 しかし瀬々里の小さな体のどこにあのラーメンが入るのだろうか? 残さないと言っているので完食するのだろうが、胃がパンパンになるのではないだろうか。


「ならいいが、じゃあさっさと食べにいくか」


 俺はそうして家を瀬々里と一緒に出た。瀬々里は浮き足だって俺の腕に抱きついてきた、少し暑苦しいな。


「暑苦しい、離れろ」


「まあまあ、たまにはいいじゃないですか。ちょっと一枚」


 俺が離れろといったら確かに離れたのだが、その前に一枚写真を撮られてしまった。もちろん顔は写らないように配慮しているようだが、俺の腕に抱きついている瀬々里の腕をしっかりと撮影されてしまった。


「お前な……そういうところから身バレするんだぞ? 少しは気をつけろよ」


 俺が注意をするとなんでもないことのように反論してきた。


「どうせ依怙さんにバレている上にフォローまでされているんですからバラされたら終わりですよ。あの人もそこまではしないと思いますがね、それ以外に身元を特定しようなんて人は居ませんよ」


 そういえば依怙は俺も瀬々里も相互フォローの関係だったな。アイツも逐一観察はしているようだが、それ止まりで個人情報をネットの海にばらまいたりはしない程度の倫理観は持っている……と信じている。


「依怙のことは怒らせないようにな?」


「分かってますよ。あの人そういうことはしない程度の倫理観はありますよ、ネット上では割と大人しい方ですからね」


 アイツのことはよく分からないな。ただ、ネットとリアルを切り分けて考えてはいるのだろう、ネットの先に人がいるというのは当たり前のことだが、時折それを無視して人格攻撃をしてきたり、平気で公共放送であれば載せられないような言葉が飛んできたりもする。


 その辺を依怙はわきまえているのでリアルでの話題はDMやメッセンジャーを使用して他の人に見えないように気をつかってもらっている。だからこそ依怙をブロックまでしようとは思わない。


「お兄ちゃん! イソスタに上げるのは終わったので早く行きますよ!」


 そう言って俺の腕に絡めていた手を離し、握ってくださいとばかりに俺に手を差し出してくる。俺はその手を掴もうと伸ばすと瀬々里の方から近づいてギュッと手を繋いできた。暑いわけでもないのでこのくらいの距離感がいいだろう、さっきみたいに密着されるのは流石にな……


「急がなくてもラーメンは逃げないだろ、あそこはものすごく回転が速いぞ」


 出されたラーメンを食べるのだが、皆平気で中盛りや大盛りを頼んでいるのにそれをあっという間に完食している。食べ終わったら会話などせず速やかに出て行くのが暗黙のルールなので待ち時間というほどのものはあまり無い。


 そして二人で手を繋いで歩いていると瀬々里が含み笑いをした。


「どうした?」


「いえ、いいねがそこそこ付いたもので、やっぱりイソスタはこういうのが受けるんだなって思ったんですよ」


「頼むから顔や住所は晒すなよ?」


「分かってますよー」


 瀬々里はそうまるで分かっていないような口調で俺に答えてラーメン屋に向けて俺の手を引いていった。

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