第8話「リア充感を出したい」
「お兄ちゃん、ちょっと写真を撮るので手だけ写ってもらえますか?」
「は?」
俺は休日の朝、妹の変な発言に素っ頓狂な声を上げていた。
「なんて言った? 俺と一緒に写真を撮りたいってことか?」
「そうですね、お兄ちゃんが私と手を繋いでいる写真を撮りたいんです」
堂々と言っている瀬々里だが、始めにコイツは『手だけ』撮りたいと言ったぞ。
「イソスタにでもアップするのか?」
そう訊ねるとドヤ顔をして頷いた。イソスタは好きじゃないので出来れば関わりたくないんだよな。
「私もいい歳じゃないですか、彼氏の一人もいないとぼっち扱いされそうなのでね」
いや……そのさあ……
「俺が写るといいのか? 兄妹だろうが」
「お兄ちゃん、そんなことを一々追求しようとする暇人はいませんよ。私の手が男の人と繋がっていたら『彼氏持ちだな』と勝手に思ってもらえるんですよ。事実かどうかなんてどうでもいいとは思いませんか?」
「なかなかクズの発想だな」
その発想はすごいと思うよ、ただしTに居るユニコーンたちがどう思うかまでは知らないがな。
しかしまあ、そういった層はイソスタなんて確認してないんじゃないだろうか、それも瀬々里のアカウントのフォロワーはまだ少ないしな。しかし彼氏の存在を匂わせるなんてTでは炎上の元だろうに、イソスタから動画が輸入されることがよくあることを知らないのだろうか、とはいえ、言われないとどれが初めの動画なのかなんて分からないのだから気にもしないか。
瀬々里はテーブルにお洒落な朝食を二人分並べ、片方のイスに座った。
「ささ、お兄ちゃんは向かいの席にどうぞ! 手を軽く食器に伸ばしてくださいね!」
どうやら意地でもやめる気はないようなので瀬々里の向かいに座って手を軽く伸ばしてスプーンを撮る姿勢を取った。
「いいですよ、そこでストップです、じゃあ撮りますね」
カシャリとスマホから音がした。別に機械が動いているわけでもないのにどうして銀塩カメラの音に寄せたんだろうな、などとくだらない考えが頭に浮かんでは消えた。k
「瀬々里、アップロードする前にチェックさせろ。最悪お前の顔バレは知ったこっちゃないが俺の顔が写ってたら困る」
「お兄ちゃんは心配性ですね、はい、どーぞ」
そう言って投稿前に写真を選択している画面を見せてきた。俺はその写真に俺の手だけが写っていることを確認してから、その後食器などの反射をするものに俺が映り込んでいないかを確認した。瀬々里も自信ありげに渡してきただけあって俺の姿は手以外まったく映っていなかった。
「いいぞ、ただし特定には気をつけろよ」
「わーってますよ、お兄ちゃんは細かいことを気にしすぎなんですよ、そんなに気にして生き辛くないですか?」
「気にするのが当たり前だと思うがな……」
別に瀬々里の問題なのだから本人がどうなるかは知ったこっちゃないが、こっちに飛び火してくるなら話は別だ、そういうのはどうか勘弁して欲しい。
「じゃあアップしますね」
「どうぞどうぞ」
さすがにテーブルの木目から探し出すほど暇人はいないだろう。心配はしすぎるくらいで丁度いいが、ある程度現実と折り合いを付ける必要もある。理想は実現すればとても嬉しいが、そんなものに手が届かないことだって知っている。
瀬々里がタッチパネルを操作している、二人の写真がアップロードされているのだろう。有象無象の画像の一枚に瀬々里と俺の手が写った写真が追加された瞬間だ。どこかの好事家がネットを必死に探索しない限りTで彼氏疑惑が持ち上がることもないだろうし、なんら問題は無いのだろう。しかしイソスタの闇というかなんというか、そこまでたかが写真に必死になるのは理解出来ないな。
「いいねは付きそうか?」
「依怙さんが速攻でいいねをつけてきました」
アイツは何をやっているんだ? 暇人なのだろうか? 確かに一つのいいねに違いはないのだから素直に喜んでおけばいいのだろう。とはいえ、やはり幼なじみにネット上のアカウントを隙間なく監視されているというのはいい気分はしないがな。
「物好きだなあ」
「あの人はアカウントを作る度に見つけてきますからね」
やれやれ、もう少しマシな時間の使い道なんていくらでもあるだろうに、よりにもよって俺や瀬々里を探し出すことにどれほどの意味があるのやら。まったく理解に苦しむよ。
「アイツに見つかるとカラクリがバレるんじゃないか?」
こんなトリック、アイツならもう既に見破っているだろう。瀬々里に恋人はいない事なんてよく知っているはずだ。
「まあ……そうですね。でも依怙さんには『私とお兄ちゃんが』仲良しなことをアピール出来るのでよしとしましょう」
よく分からない理由で納得していた。本人が満足しているなら俺がとやかく言うことでもないか。なんにせよ依怙がこんなくだらない匂わせを真に受ける奴ではないことはよく知っている。
それからようやく気がついたのだが、テーブルには綺麗な料理が並んでいた。彩りよく……というか見た目に全振りしたような料理がずらりと並んでいる。
「これも自分で作ったのか?」
そう瀬々里に問いかけると大仰に頷いてから笑って言う。
「当然です! 料理の見た目が悪いといいねの数が変わりますからね! さあお兄ちゃん、私謹製の朝ご飯をどうぞ!」
言われてとりあえず緑色が鮮やかなサラダを箸で取って口に運んだ。野菜本来の味がする、というかドレッシングなどの味は一切無い、本当にただの生野菜だ。
「なあ……ドレッシングとかかけないのか?」
「ドレッシングっていまいち色が悪いんですよねえ、茶色だったり灰色だったり、カメラで撮るときに難しい色をしていますからね」
妹の作ってくれた料理だからと俺は必死に食べた。ほとんどが素材の味そのままのなんとも言いがたい料理だった。健康的だからとかそういう理由も無い、ただ単に見た目だけはいい料理だ。
「ごちそうさま」
「美味しかったですか?」
俺は瀬々里の問いに逡巡してから答えた。
「素材の味が生きてたよ」
「なるほど、お兄ちゃんはこういう料理が好みなんですね」
アレ? もしかして回答を失敗しただろうか? なんだかこの先もこんなサラダの山を食べさせられそうなフラグが立った気がする。
「俺に食べさせるんだったら見た目全振りの料理はやめてくれ……」
俺に言えることは味付けのない野菜は料理なのかと問い詰めたくなるような言葉だけだった。
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