第7話「お金の使い道」

 帰り道、瀬々里はコンビニに寄って何か買っていた。見せてもらうとスイーツがいくつかだったので増量キャンペーンをしていたはずだし、きっとそれ目当てに狩ったのだろうということで、その場は何も言わず自宅に帰った。


 帰宅すると早速、瀬々里がコンビニの袋から大量のお菓子を取り出してテーブルに置く。


「あんまり食べるとデブるぞ?」


 俺は優しさから忠告してやった。


「は? 写真を撮ったら二人で食べるんですよ」


 どうやら俺は巻き込まれてしまったらしい。別に甘いものが食べたかったわけではないが、タダ飯ほど美味しいものは無いのだし、せっかくだからご相伴にあずからせてもらうとしよう。


 ひとしきり封を開けて、スマホのカメラで撮影したところで満足はしたようだ。


 俺が席に着くと、ずいと瀬々里は俺の方に生クリームたっぷりのロールケーキを押してきた。


「カロリーの高いものはお願いしますね。大丈夫! ちょっとくらいお兄ちゃんが太ましくなっても私は気にしませんから!」


「お前が気にしなくても俺は世間の目が気になるんだよ」


 そうは言っても買ってきたものを捨てるわけにもいかないので、俺は砂糖の塊のような生クリームをスプーンですくって口に運んだ。


 途端に、浸透圧で口の中の水分を吸い取られるのじゃないかと言うほどの甘みが口いっぱいに広がる。美味しいことは美味しいのだが、健康に悪いことは間違いないだろう。


「甘いな……」


「そうでしょう、そりゃスイーツなんだから甘くなかったら詐欺みたいなもんじゃないですか」


 まあまあ正論だった。確かに甘くなければそんな名前を名乗ったりしないものな。


 俺はさっさと胃に押し込んで、次に差し出されたシュークリームをかじりながら訊いた。


「なあ、こんな写真でいいねが付くのか? イソスタはもっと高級料理で溢れてるイメージなんだが」


「お兄ちゃんは分かってませんね、こっちはTにアップロードするものですよ、あちらではこういうものの方がいいねが付きやすいですからね。映えるものというのは媒体によって違うんですよ」


 力説する瀬々里だが、非常にくだらないことに拘っているなと思う。いいね欲しさに自分で食べないようなものを買うのは本末転倒だろう。


「ちなみにイソスタ映えするお店もいくつか見つけているので、そのうちお兄ちゃんも付き合ってくださいね?」


「拒否権は?」


「あると思ってるんですか? お兄ちゃんというのは妹にいつだって甘いものです、日本書紀にもそう書いてある」


「お前、古文の成績そんなによかったっけ?」


 コイツが日本書紀を読み解けるはずがないというのは分かりきっている。まあミームに一々対応するのも面倒なので、軽く流すことにした。


「お兄ちゃんは妹に正論パンチをするべきじゃないんですよ! もっとダダ甘に甘やかしてくださいよ」


「じゃあどうすればいいんだよ?」


「黙って私について来てくれるだけでいいんですよ。料金は私が持つのでご心配なく」


「どこに連れて行かれるか分かったもんじゃないのについて行くヤツがいるのか……」


「お兄ちゃんのことですよ」


 どうやら俺が瀬々里に甘いのは確定事項らしい。そらまあ困ってるときに助けあうくらいはするけどさ、それは家族愛と呼ぶものであって、都合よくこき使う言い訳にはならない気がするんだがな。


「お兄ちゃん食べ終わったらゴミは捨てないでおいてくださいね」


 俺は奇妙な申し出をポカンとして受けた。


「エコだのなんだのとやかましいですからね。買ったものはきちんと食べ終わった写真を撮っておかないと『捨ててるだろ』とかいうクソリプが飛んできますからね」


 用意周到な妹だった。俺が席から離れると、テーブルの上に食べ終わったゴミをおいて、それを写真にしていた。なんというか……自腹でやっているので咎めるようなことではないのだろうが、褒めるようなことでもないことだけは分かった。


「さて、太陽も落ちたことですし、ここから先は私のフォロワーにサービスしないといけませんね!」


「気合いを入れるようなことでもないだろ、適当に日常をつぶやくだけだろ?」


「ふっふっふ、お兄ちゃんは甘いですね、私がコンビニに寄ったのが何故かを理解していませんね!」


 ドヤ顔でそう言う瀬々里、お菓子はオマケだとでも言いたげだが、それ以外に何か入っているようには見えなかったんだが……買ってきた袋はぺたんと潰されて何かが入る余地はないと思うのだが。


「テッテレー! 『魔法のカード』!」


 どこぞの猫型ロボットの如く袋から引っ張り出したものは、本当に魔法のカードだった。これがあればネット上での戦いを制することが出来る、それほどまでに恐ろしいブツだ。


「で、そのバリアブルカードに一体いくら払ったんだ?」


「三万円ですね、今やってるゲームの天上まで回そうと思いまして」


 ガチャ十連の相場が三千円、中学生の身で天上まで引くことを覚悟した顔をしていた。この際どこから出てきたかねなのかは聞かないことにしよう。リスクは覚悟の上で何かの金を調達したのだろうし、俺としては瀬々里が当面貧乏暮らしをスルは目になっても同情する気は起きないな。


「ちなみにどのゲームをやるんだ?」


 一々妹のソシャゲ事情までは把握していないが、札束で殴り合うようなゲームでないことを願おう。


「アイドル・プロデュース、所謂アイプロってヤツですね」


「ガッチガチの課金ゲーじゃねえか! お前は上位プレイヤーの課金額を知ってるのか!?」


 一応無料でもある程度は戦えるゲームだけど、ランカー達は四桁万円の課金をしているともっぱらの噂が立っているゲームだ。そんなものをやるつもりかよ……


 ホント雑なゲームのチョイスだな。


「でもガチャ画面がとっても綺麗なんですよ! 今ならなんと水着キャラのピックアップ中ですよ!」


 季節感ガン無視の水着イベントはさておいて、ガチャ演出が綺麗だからと言う理由で回すヤツは初めて見た。正気の沙汰とは思えないな。


「では配信の準備をしてっと……やはりTの方がイソスタよりウケがいいですよね、出来ればイソスタの方が好みなんですが、あっちで流してもいまいち見てくれる人が少ないんですよね……」


「そらそうだろ、イソスタに民がガチャ動画……しかも可愛い女の子しか排出されないガチャとか需要が少ないに決まってる」


 ため息をつく瀬々里。どうやらTでのフォロワー数よりイソスタのフォロワー数に重きを置いているようだ。


 だったらガチャをやめて写真加工アプリにでも金を使って、写真を盛った方がフォロワー数は増えそうな気がするんだがな。


 まあ俺の妹はとても可愛いのでわざわざ盛る必要性はないと思うがな! それを言うと図に乗るので黙っておくけどさ。


「それじゃ、私は今からアカウントに残高をチャージしますので、お兄ちゃんは私の用意した部屋に入って待っていてください」


「部屋ってVCボイスチヤツト部屋か?」


「そうです!」


 はて、俺が参加しておく意味はあるのだろうか?


「それって俺が待機する必要あるか? 別にお前のやってるゲームはやってないし、言及なんて出来ないぞ?」


「いいんですよ、お兄ちゃんでも居てくれれば『誰か入ってるな』って目印になるでしょう。枯れ木も山の賑わいってやつですよ」


「俺は枯れ木なのか……」


 そんなことをいいながら、スマホを取り出しTのアプリを起動する。いつものタイムラインが流れているが、上部に瀬々里の開いたVC部屋が表示されていた。それをタップして入室を選ぶ、瀬々里はまだ課金コードのスクラッチを削っているのだが、そんな時にもう一人の物好きが部屋に入ってきた。名前欄は『E.C』となっている。おそらく依怙のサブ垢のうちの一つだろう、アイツはいくつアカウントを盛っているのか分からないので調べることはとうに諦めた。


「瀬々里、こっちの準備はいいぞ」


「よろしい」


 大仰にいいながらカメラでバーコードを撮影している。少しして課金のチャージが完了した様子で、ホクホク顔になってVCを始めた。


「みんなー! 元気かな? じゃあこれから百連ガチャを回すね! SSRが出るようにみんな応援してねー!」


 VC部屋と言っても、ホストに発言権を与えられないと喋ることは出来ない。どうやら瀬々里は自分以外に発言をさせるつもりも無いようだ。


 そうしてついにアイプロのガチャを回し始める。始めの十連はログボで貯めた無償石を使用しているので緊張感は無い。そしてキャラが走りながら履歴書を持って駆け込んでくると言う演出が入った。


「むぅ……SRが一枚ですか、無償石ならこんなものでしょうか、昇格演出は要りませんかね」


 時折最高レアリティに昇格する演出が入るようになっているが、今回はそんなことも無く、モブアイドルが九人と新人一人という最低保証のSRが一人という結果だった。


「初回十連は外れですね、じゃあ二十連めいきまーす!」


 数人のリスナーが部屋に入ってきている。ユーザー名が見えるのだが、アイプロガチ勢らしきアカウントも見受けられる。ガチャ爆死を期待しているのか、あるいは何連くらい回せば手に入るのか気になっているのだろう。


 瀬々里はそんな期待に応えるように石を割ってガチャを回す。


 今回も虹色の履歴書は無い、昇格演出が入るかどうかだが、この時点で瀬々里はため息をついていた、もう既にこのガチャが期待出来ないと判断したのだろう。


「さーて、昇格は出ますかねえ……」


 気怠げな声でそう言うが、リスナーは呑気にツイートもしていないようだ。そりゃ人のガチャ結果なんてあまり興味が無いのだろう。きっと皆さん他人の不幸は蜜の味という感覚でガチャ爆死を期待してきているのだろうな。


 多分ガチャは天井まで回した方がリスナーは喜ぶだろう。しかしそれでいいのかとも同時に疑問に思う。もう既に決済してストアでしか使えないクレジットになっているとは言え、やはり無償石で引いた方がお得なのだとは思う。他人の幸せを手放しで喜んでくれる人は少ないがな。


「くっ……やはり課金をしないと排出されないんですかね」


 俺は黙っておく、瀬々里のスマホのマイクが声を拾ったら面倒だからな。


「さて、無償石最後の十連ですね、リスナーの皆さん! 私の幸運を祈ってください、いざ!」


 そう言った瀬々里はスマホに表示されている十連ボタンにそっと指をおいた。


 瞬間に七色の光が出て最高レアが保証される。どうやら無償でもワンチャンくらいはあるようだ。まあそれでもピックアップを平気ですり抜けることがあるのがガチャというものではあるのだが。


「ヤッホー! 皆のアイドルの参上だよー!」


 そう言いながら今回のイベントのピックアップキャラが排出された。どうやら無償石で見事に引いたようだ。運のいいやつだと思うが、あまり撮れ高は期待出来ないなと思った。せめて一万の課金をした後ならもう少し悲壮感も出るだろうが、瀬々里はまだ一万のクレジットを持っているだけで、それを有償石に交換してはいない。つまりはまだ他のことに残高を使用可能だと言うことだ。


「えーっと……出ちゃいましたね! いやー私の引きが怖い! まさか無償石で出るとは思いませんでしたよ」


 俺は自分のスマホでチャット参加者のアカウントを確認してみた。案の定というべきか、無償石でピックアップを引いた瀬々里へのやっかみが結構な量になっている。こればっかりは仕方ないだろう、無償でこの激渋ガチャを乗り越えるのはかなりの運だ。


 それからやっかみを書いていた連中も、建前上、運の良さを羨ましがるリプライをとばしてきた。ニコニコしながらそれを眺める瀬々里、一々本音を調べようとはしていないのでそれでいいだろう。わざわざエゴサをして悪評を見つけ、苦しむようなことをする必要は無い。建前だろうがお世辞だろうが褒めてくれているのだからそれを言葉通りに受け取れば気分がいいだけだからな。


「じゃあ今回のイベントは無事人権キャラを引けましたので、お話はここまでにしておきますね! 今回引いた娘は凸して最大まで育成したのをサポート枠に入れておくからフレンドのみんなは遠慮なく使ってね!」


 それを聞いた連中からは幾ばくかの感謝の言葉が届いていた。今回のイベントで一番効率のいい攻略が出来る重要キャラだからな、自分で引かないにしても、フレンドからサポートとして借りられるなら今回のイベント特効のキャラを自分で持つ必要は薄い。そんな理由からだろう、感謝のリプライが瀬々里のアカウントに飛んでいっていた。


 そしてボイチャが解散されて瀬々里は俺の方に顔を向ける。


「いまいちいいねが付きませんでしたね……どうすればよかったんでしょうか」


「諦めろ、むしろ石にする前に引けたんだからラッキーだろう?」


「それはそうですけど……」


 どうやら我が妹はいいね欲しさに一万円をかけることはまったく躊躇うようなことでもないらしい。その資金力は羨ましいと思うが、結局石にして承認欲求を満たすためだけに使うならあまり意味がないのだろうと思う。


「入金した一万で有意義なものでも買ったらどうだ? 電子書籍でも映画でも買うには十分な額だろ。それに必要無ければサブスクの支払いに充てればいいじゃないか、一万あれば今年一年分のサブスク代くらいにはなるだろ」


「まだどんなサブスクがあるか知らないので登録してないんですよ」


 ああ、そういえば瀬々里はスマホを手に入れたばかりだったな。あまりにも手慣れた使い方にすっかり忘れていた。


「たしか音楽の課金が年額九八〇〇円だったろ、一年音楽を聴き放題ならお得じゃないか?」


 俺の言葉に頷いた瀬々里は「なんにしましょうかねえ……」と言いながらじっくりアプリを見ていた。俺はそっと席を離れ、お風呂に避難した。多少の長風呂をすれば瀬々里が自分で解決してくれるだろう。


 俺は瀬々里への信頼感を頼もしく感じながら湯船で体を温めた。

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