第6話「兄妹の帰途」
「ふぁあ……退屈でしたね」
グラウンドを歩く俺と瀬々里、瀬々里は退屈そうにあくびをしていた。
「生ぬるい天気だからな、眠いのも分かるが家まで頑張れ」
俺はそう言って一歩先に進む。遅れて瀬々里もついてきた。夕焼けの中で二人の影が並んで歩いているが、こういうなんでもないことを幸せというのではないだろうか? 俺にはイソスタに載せるようなキラキラした日常なんて似合わない。こういうごく普通の平和的な生活をするのがやっとだ。
「馬爪兄妹、帰るの?」
俺たちの後ろから声がかかった。その声を上げたのは当然のように依怙だった。
「ああ、部活もやってないしな。暇なら家で過ごした方が気楽だろう?」
「私はお兄ちゃんの側に居たいのでさっさと帰りますよ」
俺たちの答えに依怙はゲンナリした顔で声を投げかけた。
「二人とももう少しアオハルを楽しもうとか思わないわけ?」
そんなことを言われてもなあ、俺にとっては学校生活なんてロクなもんだと思ってないんだよ。平穏な生活が一番良いに決まっている、何を焦っているのか知らないが、瀬々里の心配するようなことは無いはずだ。
「これもまたアオハルの形の一つじゃないか?」
別に妹と一緒に青春してはいけないなんて言う決まりはないはずだ。言葉の定義が曖昧なのだから、こちらの自由に定義したって問題無いじゃないか。細かいことを気にしているとキリがないぞ。
「普通は兄妹でイチャつくことは褒められた事じゃないわよ……私は駅前のマクドに行ってるから仲間入りしたいなら来てもいいわよ」
なんだかんだで面倒見のいいヤツだなあ。
「瀬々里、行く気はあるか?」
「嫌ですよ、お兄ちゃんは来ないんでしょう?」
「そりゃまあな……」
「じゃあ依怙さんには悪いですが私も行くつもりはありません」
俺も瀬々里も行かないと聞いて、ため息をつく依怙。別にカースト上位に俺たちがいようがいまいが関係無い話だと思うし、なんなら向こうが来ないで欲しいとまで思っている気もする。楽しめる連中だけが楽しめばいいんだ。
「瀬々里ちゃんも来ないの? 結構楽しいのに……」
「私はパリピがウェーイしている画像をイソスタに上げようとは思いませんね」
「偏見! 偏見だから! みんながそんな遊び方はしてないわよ!」
「さ、行きましょうか、今日の夕焼けはなかなか映えそうですよ」
俺は結局写真は撮るんじゃねえかと思いつつ、瀬々里に続いて校門を出た。日は十分に傾いており、夕焼けがチリチリと心を照らしていた。これは誘いを断った罪悪感なのだろうか?
パシャリ
撮影音がしたので瀬々里の手を見ると、スマホのカメラがこちらを向いていた。
「勝手に撮るなよ……」
「いいじゃないですか、減るものでもないでしょう?」
「俺は写真を撮られると魂が吸い取られるんだよ」
「江戸時代の人じゃないんですから、そういう無理のある言い訳はやめましょうよ。みんな写真くらい撮ってますって」
「別に撮られるだけならいいんだよ、お前はすぐSNSに上げるじゃん」
デジタルタトゥーを残したくないという本音の何が悪いのか。
「それの何が悪いと言うんですかね、承認欲求は誰にだってある一般的なものでしょう? それにお兄ちゃんとの写真にいいねが付けば私も嬉しいですもん!」
明るい笑顔でそう言う瀬々里。俺はなんだかひどく異物感を覚えた、写真なんて世界中にばらまいて需要があるのは有名人くらいだろう。そんな一般人の動向を見ていいねなんてすることあるか? いや、友人だからと言う理由くらいで義理で入れるかもしれないが、無名な一般人に大量のいいねが付く様子は想像出来ない。
あと、承認欲求は確かに誰でも持っているだろうが、瀬々里は普通よりひときわ大きいものだと思うぞ。
「俺は平穏な学校生活を送りたいんだよ、波瀾万丈な生活は端から見てるに限るよ。アクション映画は好きだけど、主人公にはなりたくないだろ?」
「お兄ちゃんのそれは臆病でさえあると思うんですが……ネットがそんなに怖いですか?」
「あんな隙あらばフリーコラ素材にされるような場所が怖くないわけ無いだろ!」
「うわー……すっごい偏見」
なんだよ、ネットは怖いものだって教わらなかったのか? 自己顕示欲から身を滅ぼしたヤツが何人居ると思っているんだ? 片手じゃ足りないフリー素材化された人がいるんだぞ。
「大丈夫ですよ! お兄ちゃんがネットから排斥されたとしても私だけは見捨てませんから!」
「そんな生活は望んでないよ、というか妹に養ってもらう生活って兄として情けなさ過ぎるだろうが」
中卒で妹のヒモになるって人生の難易度が高すぎるだろ、もし瀬々里に何かあったら何も出来なくなるぞ。
社会の闇に潜むような人間になれとでも言いたいのか、俺は一人であってもきちんと自分で生きていける大人になりたいぞ。その隣に瀬々里がいるかどうかは分からないが、俺が妹を養うことはあっても妹に養われたいとは思わんよ。
「知らないんですか? このご時世男女平等なので専業主夫でもまったく恥じることは無いんですよ」
確かにそう言う風潮なのだが、言っているのがいっているヤツだけに『男女平等にぶん殴る』とかそういう意図の方が強いような気がしてならない。都合のいいところだけ男女平等を持ち出さないのは評価するがなあ……
「悪いが家事手伝いをやるつもりは無いんでな、どう考えても履歴書に書けないだろ」
現実を突きつけるとプイッと瀬々里は目をそらした。都合の悪い現実に向き合うつもりは無いようだ。その結構な解釈をする頭と、都合の悪いことは聞こえない耳が羨ましいな。
「お兄ちゃんはもっと妹に甘えるべきだと思いますよ、流行ってるじゃないですか、おねロリとか」
「なんでそんなニッチな単語を知っているのかは訊かないが、その言葉が通用するにはお前は年を取りすぎじゃないか?」
「お兄ちゃん! セクハラですよ! 妹の歳を揶揄しないでください! 女の子は何歳になってもロリを自称していいんですよ!」
「えぇ……」
断言されると『そうなのか……そうなのかも……』という気持ちになってきてしまうから不思議なものだ。
「やれやれ、お兄ちゃんは強情ですね、仕方ないです……写真も撮れたことですし帰るとしましょうか」
「なんで妥協した風に言ってるんだよ、そっちが無茶な会話を振ってきたんだろうが! と言うかいつの間に写真なんて撮ったんだよ!?」
「お兄ちゃんが私の言葉に動揺した隙を狙いました」
どうやら瀬々里は無計画に煽っていたわけではなく、まんまと乗せられてしまったようだ。
「アップロードはするなよ?」
「分かってますよ、Tに素敵な写真が撮れましたと書き込むだけです」
「見せろって言われるんじゃないか?」
そこで瀬々里は大きく頷いて言う。
「現物は見せず、匂わせるから気になる人がウォッチしてくれるんじゃないですか!」
どうやら俺の妹は随分と小狡いようだ。そうして夕焼けも太陽が沈みつつある中を帰宅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます