第5話「(スマホを持ってからは)初登校です」
足取りも軽やかに、頭のツインテールを風にたなびかせながら妹が道を歩いている。それ自体はまったく構わないのだが、一々何かを見つける度にカメラを起動して撮影しているので登校は遅々として進まなかった。
「お兄ちゃん、あそこにいる鳥を撮りたいんですが、ズームってどうやるんでしたっけ?」
この調子だ。いくら写真性能のいい機種を選んだとはいえそこまで撮影しなくても、とは思う。まあここで撮影しておけば満足するならそれでも構わないかと思ってしまう。
「そんなものすぐ分かるだろ……ああ、その機種は色々面倒なヤツだったな」
俺はスマホの画面に表示された大量の設定をして、ISOとF値、後はオートで撮影出来るようにした。それを瀬々里に渡すとそっと鳥の方に向けてシャッターボタンを押した。カシャリというシャッター音と共に鳥の方は飛び去っていった。
「どうだ? きちんと撮れたか?」
「すごいです……すっごく綺麗に撮れました」
まあカメラが売りなんだからそうなるだろうさ、しかしカメラ以外の性能は控えめという、『カメラ買えばいいじゃん』というお値段だ。いや、カメラのレンズを増やせばぱっと見でレンズが多いから綺麗に撮れるなんて錯覚はするかもしれないけどさ。そういう商売の仕方ってあんまり好きにはなれないなあ……
「お兄ちゃん、設定の仕方を教えてもらえませんか?」
「それを語り出すと本を一冊書けるくらいになるから、とりあえず『オート』にしておけば問題無いよ、ただ標準のカメラアプリじゃなく、その機種専用のアプリを使えよ?」
「はい! 分かりました!」
元気よく返事をしてはそこら中を撮影する、そして俺の方を振り向いて言った。
「お兄ちゃん! すごいです! アップロードしたばかりなのに早速いいねが付きました!」
その言葉から不穏なものを感じ取った俺はその写真を見せてくれと言った。喜々として画面を開いてイソスタの写真を表示させる。そこには制服の袖と寝この写真が載っていた。俺は何も言わずそっと削除の操作をした。
「お……お兄ちゃん? 写真が消えているんですけど? それもいいねと一緒に!?」
「落ち着け、いいか瀬々里、個人情報を流すような真似をするんじゃない。今の写真は制服の袖が写ってたろ? そこから制服を特定するようなヤツが世の中には居るんだよ」
伊達に変態が多い国ではない、そのくらい軽く特定してしまうのだ。ヒントは絶対に与えるべきではない。日本では警察が写真に写った山の稜線からどこで撮られたものか判別が出来るらしい、恐ろしい話じゃないか。そんな日常を切り取るなんてリスキーなことをするなと言い聞かせたはずなんだがなあ……
「お兄ちゃんは神経質すぎますよ、もっと気楽に撮影すればいいんですって。と言うかお隣さんがあそこで写真撮ってますよ?」
瀬々里が指さす方を見ると、俺のクラスメイトの
アイツは正気なのか……と思っていると、こちらに気がついたのか近づいてきた。
「休みぶりね、
「休み明けだというのに久しぶりな気がするな……依怙は休みの間何をやっていたんだ?」
「この町のお洒落スポッと巡りね、なかなか良い写真が撮れたわ」
コイツは瀬々里と接触させるべきではなかったかもしれないな……
「
「当たり前のように人のアカウントを監視するのはどうかと思うんだがな」
コイツはどこまでも人を覗き見ることが大好きなヤツだ。俺は何度かアカウントを転生させたが、真っ先に見つけ出すのは決まって依怙のヤツだった。徹底した検索とその結果を活用する能力をもう少し平和なことに使えないものだろうか。
「依怙さんもお兄ちゃんのアカウント知ってるんですか?」
「もちろん! 私たちのクラス全員のアカウントは把握してるわよ!」
普通に怖いんですがねえ……どこからアカウント情報を集めているのだろうか? 大昔のギャルゲに出てくる主人公の好感度に異常に詳しい親友かな?
「私もスマホを買ったので、アカウント教えてもらえますか、フォロワー増やしたいんですよ」
「いいわよ、私もあなたがスマホを買ったとは知らなかったわね」
幼なじみでも知らないことくらいあるだろう。何をやっているのやら。
「私の日頃の行いが良いせいか、気前よく父さんと母さんが買ってくれましたよ!」
「へー……一年生でスマホとはなかなか良いわね」
依怙も一年生で持っていただろうが、その言葉が喉まで出かかって飲み込んだ。依怙に喧嘩を売るとネット上のあらゆる行動をバラされ、どこから取得したのか分からないようなデータを公開する、それが一度あって以来、依怙に喧嘩を売るようなヤツはいなくなった。
「青鳥の連作先はどのくらい登録済みなの?」
依怙が瀬々里に尋ねる。
「ほとんど全部を! お兄ちゃんは私だけのものですからね!」
「わぁ……あなたヤンデレの素質ありそうね」
「ヤンデレですか……悪くはないですね」
「人の妹を邪悪な道に誘うんじゃない」
俺はたまらず口を挟んだ。瀬々里をダークサイドに引き込むんじゃないよ、可愛い妹を闇堕ちさせるのは悪事でしかないぞ。
「そうね、瀬々里ちゃんは青鳥にはもったいないわね」
辛辣なヤツだな……しかし、瀬々里が美少女で俺とは世界ランクが違うと言うことは確かだ。俺にはとてもではないが陽キャムーブは出来ないからな。せいぜい便所飯を減らす程度が限界の普通の中学二年生だからな。いや、便所飯って普通にやるよな? こんな事を誰かに聞いたことはないのだが、昼休みに離席してから帰ってきた時にカーストトップが自分の席に何の違和感もなく座って仲良しグループで話しているときとかあるじゃん? そういうときにはどこで昼飯を食べるか考えるよな?
「意外と依怙さんのイソスタのフォロワー多いですね、見せてもらいましたが、奇抜な写真は上げていないようですが、何かコツがあるんでしょうか?」
その言葉に依怙はよくぞ聞いてくれたという感じでドヤ顔になり話す。
「ふっふっふ……私はこの近辺の中学の制服を複数枚もっているの、特定されないようにこまめに制服を変えつつ、出来るだけ露出の割合を調整した写真を使ってるからね! これなら通っている学校は特定されないし、中学生というブランドも遺憾なく発揮出来るのよ」
ドヤ顔をしてゲスい方法でフォロワーの集め方を語る依怙の話を瀬々里は興味深そうに聞いていた。頼むから真似だけはしてくれるなよ?
しかしどこまでSNSに命を賭けているんだ、俺が新しいものに登録したら当然のように依怙のアカウントが見つかるし、出てくるものには片っ端からサインアップしているのではないだろうか? そんな執念を燃やしてまで承認欲求を満たしたいのかよ。
しかも依怙の場合、俺が登録したことを伝えなくても俺のアカウントを見つけてくるからな、通信が漏れているんじゃないかと思うくらいの探知能力だ。
「お兄ちゃん、私も制服を買えば身元バレせずに良い感じの写真が撮れませんかね?」
「言っておくが制服ってそこそこいい値段するからな? 上下揃えると当面何も買えなくなるぞ」
「依怙さん……お金はどうしているのでしょう?」
「徳川埋蔵金でも掘り当てたんだろ」
俺は素っ気なく帰した。別に依怙が金を持っていようが、俺が毎月末金欠で苦労していることに変わりは無いのだ。自由にすれば良いんじゃないかな、俺と関わる話でもないしな。
しかし、よくまあそこまでフォロワーに拘れるものだ。俺もTではフォローバックくらいしているが、そこまで熱心にフォロワーが欲しいものかね、それともTとイソスタでは何かが違うのだろうか? イソスタなんてよく分かっていないので俺にはさっぱり理解出来ない。
「そんなことを言っている間に学校が見えてきたな……」
「どうしたんですかお兄ちゃん? なんだか顔色が暗いですよ?」
「誰かさんが教室の中でスマホマウントを取るんじゃないかと心配なんだよ……」
瀬々里にはつつがなく学校生活を送って欲しいと思っている。頼むからトラブルを招き入れるような真似はしないでくれよ。俺は平穏な生活を望んでいるんだからな、瀬々里が家での生活をかき回すのはともかく、学校出までトラブルを起こされたら堪ったもんじゃない。
「大丈夫ですよ、ほとんどみんな持ってますからね。今さらやっかむ暇人なんていませんよ」
そういうものか……普通の事なら一々気にもならないか。大人しくしてもらえるならそれにこしたことはないのであまり大っぴらに騒がなければいいだろう。
「じゃあな、また放課後」
「ええ、お兄ちゃんもちゃんと勉強をしてくださいよ?」
「善処するよ」
俺は軽口を叩いて瀬々里と別れ、教室に向かった。
依怙はもう教室に行っており、陽キャたちでキャッキャと騒いでいた。ああはなれないな……と思う。俺はどこまでいっても一人の陰キャだからな、教室のトップグループに入ることは出来ない。そもそも依怙が俺たちに関わっているのは近所に住んでいると言うだけの理由だ。ならばお互い関わらなければいいだろう。
俺は席に着いて、時折、依怙たちのグループが写真を撮っているときに、レンズがこちらを向いたらそっとノートをそのレンズの方に向けて顔を撮られないように気をつかうのだった。
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