第4話「スマホを買ってもらったのを妹は早速自慢したいようです」
「お兄ちゃん! 早く学校に行きますよ!」
「待てって、学校なんて逃げられないんだからそう急くこともないだろう」
朝起きると朝食を一気に口に詰めた瀬々里がキッチンで待っていた。そして『遅いですよ! 早く行きましょう!』と言い切った。その時刻は午前六時、中学校は徒歩圏内だ。
俺はのんびり朝食を食べていたのだが、横で瀬々里に急かされる羽目になった。朝食くらいゆっくり食べさせてほしいものだ。しかも瀬々里は自慢出来るような朝食をわざわざ自分で作っているのだから、いつから起きたのかさえもさっぱり分からない。よくそんなにフィジカルとメンタルがタフなんだなと感心してしまう。
俺はまだ早いのでのんびりとバターを塗ったパンを食べている。どうにも瀬々里にはそれがもどかしく感じるらしい。細かいことに気にする奴だとは思う。しかし新しいおもちゃが手に入ったならそれを自慢したいと思うのも当然だろうか。
「落ち着け、今の時間に登校しても部活で熱心に朝練してる奴くらいしかいないだろ?」
「それはまあ……そうですけど」
大体、毎日の食事の写真なんて撮る必要が分からん、俺がぼっちだからなのだろうか? イソスタはアカウントだけ作って放置している有様だしな。あちらにはあちらの文化があるのだろう、俺には匿名掲示板の方が居心地がいいだけのことだ。
「のんびり食べようぜ、ほら、カロリーブロック一本食べるか? どうせ写真写りを気にしてろくに食べてないんだろ」
なんとなく瀬々里の体調が良くないことは分かる、何しろ兄妹として十年以上一緒だったんだからな、そのくらい分からないで何が兄というのか。
「じゃあ……頂きましょうか」
俺の手から一本受け取り、ポリポリかじり始めた。リスのようだが可愛いものだなと思う。
「お兄ちゃんからもらうお菓子は美味しいですね!」
「お菓子じゃなくて栄養食なんだがな……」
その辺の細かいことは気にしていないのだろう、実際お菓子みたいに食べてる人もいるしな。ただ、そういった人はふくよかな人が多いような気もするが……
「ふへへ……お兄ちゃんはなんだかんだ言って私に甘いですよね、そういうところ、嫌いじゃないですよ!」
「はいはい、煽ってる暇があったらスマホの準備でもしておいたらどうだ」
「準備?」
「通知音を消しておくとか、出来るだけ光らないようにするとかいろいろあるだろ」
言われて気がついたのか、瀬々里はスマホを取り出し色々と操作していた。人に見せるのに持っていくのだろうが、禁止されていないとはいえ授業中に音が鳴れば没収だ。そこは気をつけておかなければならない。
「しかしお兄ちゃん、朝食がカロリーブロックというのは健康によくないですよ?」
「ご生憎と長生きしたくはないんでね、生きていくのに十分な栄養がとれれば十分なんだよ」
そう言ったが瀬々里はなんだか不満そうだった。少なくとも自分で死のうとは思わないが、わざわざ病院にかかってまで長生きしたいとも思わない、人生なんてそんなもんだ。
せいぜいパリピたちが社会に出て明るくたのしい社会生活を楽しめばいい、俺にはそんな光の当たる場所は居心地がよくない。
「はいはい、お兄ちゃん、食べたらさっさと牛乳で流し込む! 早食いをする男はモテると私の個人的な調査で分かってますよ」
「一人しか調査対象がいなさそうな調査だな、せめて十人くらいに聞いてみろよ……」
あきれながらも牛乳を注いで一気に飲み込む。胃の中にしっかりとカロリーとタンパク質が入ったような気がした、ヨシ! 完全栄養食だな!
そう自分を誤魔化して鞄を手に取った。そこでふと、自分のスマホはどうしたか忘れていた。昨日は寝るまでずっと瀬々里がメッセージを送ってくるものだからなかなか手放せなかったっけ。
カバンに無造作に突っ込んだスマホを取り出す、バッテリーは……『20%』これは一日持たせるのが厳しいな……
渋い顔をしたような気もするが、カバンの脇のポケットからモバイルバッテリーに繋いで充電を始めた。急速充電対応なのですぐに充電されるだろう。
「お兄ちゃん充電もしていなかったんですか?」
妹の刺すような視線が向いてくる。『お前、私よりは約手に入れたのに使いこなしてないのか』という冷たい視線だ。誰のせいで充電ケーブルをさせなかったと思ってるんだ。
「大丈夫だよ、きちんとモバイルバッテリーは持ってる」
「ならいいですけど、私がお兄ちゃんにメッセージを送ることもあるのできちんと受け取ってくださいよ」
まるで押し売りだな……とは思ったが言わなかった。買ってもらったものを大切にすることを否定は出来ない。たとえ原因が瀬々里の側にあろうともだ。
「大丈夫だよ、こういうこともあろうかとモバイルバッテリーを買ってるんだからな」
リチウムイオン電池というものは高いな、半月分の小遣いを消費したぞ。買い直したくはないのでこれ一個で中学生である間は凌ぐつもりだ。
「信じてますからね、お兄ちゃん!」
「はいはい、信頼は結構なのでニュースくらいチェックさせてくれ」
顔認証でロックを解除してニュースアプリを起動する。大したニュースは入ってきていないのだが、その一つにネットを通じて闇バイトの募集をした男が逮捕されたというのがあった、目の前の妹は大丈夫だろうか? どうにも少しだけの不安が残る。
しかしその程度の危険に近づかないというだけのリテラシーはあるだろう。あんな怪しげなものに参加することは無いか。ああいう怪しげなところって独特の雰囲気があって……なんというか……『匂う』んだよなあ。
どうして怪しげな求人は日本語で書かれているはずなのにどこか怪しいと感じてしまうのだろう? 何故かネットでしばらく生存していると次第に怪しいものが見抜けるようになるんだよな。多分生存バイアスだろう。
「お兄ちゃん、そろそろいいですか?」
画面の端に目をやると時刻は七時半、まだまだ早いような気がするのだがな。
「分かったよ、その代わり何もすることがないのは我慢しておけよ?」
「もちろんです!」
早速スマホを操作する瀬々里。
「何をしているんだ?」
「みんなに連絡先を教えようと思いまして、友達に早めに来てと送っているんです」
ん? よく分からんな。
「連絡がつくなら連絡先を教える意味があるのか?」
俺がそう訊くと、瀬々里は渋い顔をして俺に言う。
「お兄ちゃん、メッセンジャーなら確かに送れますよ? でも見せびらかしつつ電話番号の交換は必要でしょう?」
要するにただの自慢だった。あまりにくだらない理由にあきれてしまう。
「はいはい、準備は出来たし、瀬々里が自慢したいようだし、もう行くかな」
俺は渋々立ち上がった。
「なんなら私のスマホデビューにお兄ちゃんが同伴してもいいんですよ?」
「やめとく……そんなギスギスオフラインはやりたくない」
スマホにもカーストがあるからな。マウント合戦からは逃げるが吉だ。あんな不毛な争いは匿名掲示板でやればいいんだよ。
なんだかなぁとは思うよ、クラスに家庭の制限でブラウザしか許可されていないようなクラスメイトがいた。しばらくしてメッセンジャーだけは許可されたようだが、そこまでしてスマホに拘るのかね? メールでいいんちゃう?
「じゃあお兄ちゃんも私たちのグループチャットに……」
「どう考えても妹とその友人しかいないチャットに入ったら炎上確定だろうが……千円賭けてもいいぞ」
なんなら俺をキックしていなかったものにされるのがいいところだと思う。
「仕方ないですね……じゃあ私が困ったらメッセージを送信するので返信はお願いしますよ?」
「分かったよ、教室に乗り込まれても困るからな、そのくらいならいいよ」
瀬々里はウキウキしながらカバンを持って、もう片手で俺を玄関に引っ張っていく。
ドアを開けると仄暖かい空気が俺たちの顔を撫でていく。桜はもう散ってしまったが、それでもどこか俺の心は浮かれているようだ。
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