第3話「本を読んでいると知識層に見られるよね」
朝食を食べて、自室に戻っていると、そのドアがコンコンと叩かれた。
「なんだー? 瀬々里だよな?」
そう訊ねると、ドアが開いて瀬々里が中に入ってきた。
そして入ってきた瀬々里は俺の本棚を眺め始めた。
「なんだ、まだ漫画の新刊なら今日は発売日じゃないぞ」
今日はコミックスの発売日ではない、瀬々里の希望する本はないだろう。時々普段買わないレーベルでも名作なら買うが、あまり話題になった漫画なんて聞かないな。
「お兄ちゃんは私をなんだと思っているんですか! 私は小説を貸してもらいに来たんですよ!」
おや、意外なものだな。コイツが小説を読むような奴だとは思っていなかった。とはいえ、スマホでも小説は読めるので電子書籍の続きでも読みたいのかもしれないな。
「なんだ? ラノベの未電子化の本でも読みたいのか? 旧作なら奥の方に固まって要るぞ」
俺がそう言うと瀬々里は心外だという風にムッとした顔になった。
「違いますよ! 私が欲しいのは表紙を広げて読んでいると知的に見える本が借りたいんですよ!」
「知的に見えるだけだな……知的な人間になろうとは思ってないのか……」
あきれながら、過去の名作と呼ばれたものが入っている棚を指さした。俺もあまりそういった本は持っていないがな、著作権が切れていれば電子でタダ同然で売っているしな。
「ふむ……『こころ』に『人間失格』と……なかなか薄い本もありますね」
コイツ実際に読む気はないんだろうか? 薄さで本の良さを判断するなんて馬鹿げているとは思わないのか、というか実際に読まないんだったら適当に選べばいいだろう。
「お兄ちゃん、どれが一番読みやすいですかね?」
「そうだな……『星の王子さま』でも読んでおいたらどうだ? 読みやすいし、難しい言い回しもないし、何より薄い」
本の薄さで選ぶ奴にはぴったりな本だと思う。文章が結構ページあたりに詰まっているが、まともに読むつもりがないなら別に構わないだろう。
「なかなか良さげな表紙ですね、これなら読んでいて知的に思われそうです」
実際に読むのか? とはあえて聞かなかった。そんなくだらないことを聞くのは愚問というものだろう。好きにすればいいが、写真を見た奴に内容を聞かれて答えられるのだろうか?
そして碧い表紙の本を手に取り、俺に向けて手招きをしてきた。
「じゃあお兄ちゃん、私がページを開くのでそこの撮影をお願いします」
「自分で撮れとは言わないけどさ、本当に読む気は皆無なんだな……」
いっそここまで来ると清々しいまである。本は自分を飾るための道具、そう割り切っているようだ。
本に書かれているないように興味がないなら古本屋の百円コーナーで探せば出てくるだろうと思うのだが、まあ値札が剥がしづらいようになってるしな。本を好きな人にアピールするなら別に気にしないだろうが、読書をしないような人に向けて発信するならワゴンの値札が貼ってあるのはマイナスなのだろう。
俺にはまったく理解出来ないが、そういう人だっているのだろう。理解は出来ないがな! 理解出来ないものに深入りする必要は無いし、そうする義理も何もあったもんじゃない。
「じゃあ私の部屋へ行きましょうか」
「はいはい、分かったよ」
俺は椅子から立ち上がって隣の部屋へ向かった。そういえばあまり瀬々里の部屋に入ったことはないな、こんな理由でも入る理由にはなるのか。
そして部屋に入ると、案外殺風景だったので拍子抜けした。いや、中学生だしそんな部屋を飾り立てる金も無いのだろうが、仕方ないか。それに殺風景な方が写真を撮ってもネットの有象無象の特定班に与える情報が少なくなると言うメリットだってある。自室で撮影するならこの方がいいのかもな。
「じゃあ私がこれから机に向かって本を開くので横からの撮影お願いしますね」
そう言って瀬々里は席に着いた。自分で撮らないのかよ……位置的に人に任せた方が良いアングルなのは確かだけどさ。
「分かってるけど聞いておこうか、読むのか?」
そう訊くと瀬々里は軽く笑った。
「まさか! 読むんだったら自分で買ってますよ、お兄ちゃんから借りたと言うことはそう言うことですよ」
要するに手軽に手に入って知的に見えるアイテムだから俺から借りたということだろう。コイツの趣味が読書では無いのでそうだろうなとは思っていたがなあ……
「結構面白いんだが読む気は……」
「無いです、テキストならTで山ほど流れてきますしね、活字を読むのは疲れるんですよ」
徹底した奴だな、気持ちはとても分かるんだがな。いかんせんネット上にはテキストが溢れている、そんなものを全部読んでいたらキリが無いに決まっている。
そんなことを考えながら読書の『姿勢を取る』瀬々里を渡されたスマホで撮影する。健全な写真であり、後ろめたいことはないのだが、なんだか妹の写真を撮るというのは恥ずかしさを感じないでもない。
出来るだけ知的に見えそうなアングルを撮影し終えたら、今度は瀬々里がとんでもないことを言い出した。
「次は一般の人向けにややローアングルでお願いします」
「ふぁ!?!?」
いや、どこの世界に妹のローアングルを撮る兄がいるんだ? 意味が分からない。
「いいですか、センシティブなものが写らないように気をつけてくださいよ」
だったら自分で撮影していただきたいんですが……俺が撮らなきゃダメですかね?
「何で俺なんだよ、きわどい写真が撮りたいなら自分でやってくれ。俺は何も聞かなかったことにするからさ」
リスクは自分で取るべきだろう。俺は瀬々里の一生に責任を持てるだろうか? 下手をすればネットのおもちゃになりかねないような写真を撮った責任は誰が持つのだろうか?
「自撮りですか……あんまり気が進まないんですよね。あとお兄ちゃんに取られていると思うと興奮しますしね……ふへへ」
しまりの無い顔でにやける瀬々里、今の会話にニヤける要素が欠片でもあっただろうか。そもそも妹のきわどい写真を撮る兄って控えめに言ってもクズじゃねえか。
しかし俺がカメラを渡すと、太股や胸など、もちろん致命的な場所は写さないように気をつけながら、角度を調整してきわどい写真を撮り始めた。
「なあ瀬々里、それ、本当に公開するのか? デジタルタトゥーになりそうな気がするんだが」
「お兄ちゃんも心配性ですね、公開先は限定しておきますよ。それともアレですか? 妹の肌が知らないSNSに晒されるのを妬いてるんですか? お兄ちゃんのそういう表情を見られるならそれも悪くないですねえ!」
「人に心配をかけて、自分をネタにするのはやめろ。割と真面目に言ってるんだからな、あとそんな写真を撮ったら知的って言うより痴的だろうが」
その言葉に瀬々里は考え込んでしまった。
「もしかして……そんな写真を上げたらバカっぽいですか?」
「それは好き好きだが……俺は、うん、あんまり賢いやり方じゃないと思うぞ」
本の内容について突っ込まれたらどう答えるつもりなのだろうか、それとも相手も読んでいないだろうと高をくくって捏造でもする気だったのか、何にせよ褒められたことではないな。
「まあどうせ普通にみんな読んでないでしょうし構いませんね!」
妹よ、それはどうかと思うのだが、案外それでもいけそうだから文学の将来が心配になってくる。
「確かに読んでいる人がいるかどうかは怪しいが、読書感想文の題材にはしないことをお勧めするよ」
「お兄ちゃんは心配性ですね、私がそんな安易なミスをするはずがないでしょう?」
「自慢するようなことかね」
そしてスマホで撮影が終わったようだが、何故か俺にスマホを渡してきた。
「お兄ちゃん、ここからイソスタに上げたらマズそうなものを削除しておいてもらえますか?」
俺はそっと九割の画像を削除した。残りは肌色面積がほとんど残っていないものばかりにしておいた。それを瀬々里に返すと、少し楽しげに俺の方を向いた。
「なるほど、お兄ちゃん的には私の肌が見られるのが気に食わないと……ふふふ、お兄ちゃんも可愛いですね」
「余計なお世話だ。このご時世にそんなリスキーなことをするなって話だよ、あと人の性癖確認に自分の写真を使うんじゃない、それは自己犠牲ではないぞ」
何を考えているんだコイツは……始めからこんな事をを考えていたのか? まったく、自分の体を大安売りするのはやめろってことだ。そんなことを思いつくおめでたい頭が心配になる。というか、俺が悪いやつだったらコイツはどうするつもりだったのだろうか、悪用されたら人生が終わるような写真を人に見せるんじゃないっての。
「お兄ちゃんは頭が固いですよ、今時もっときわどい写真を上げている子だって普通にいますよ? 見せてもらいましたもん。まあその子は数日でイソスタのアカウントを消されて泣いていましたが」
「ダメじゃねえか!」
そりゃそうなるわな、メリケンの企業なんて少しでも性描写があると発狂するような連中だぞ? そんなものの存在が許されるわけがないだろう。
「いいか? クラウドにアップロードしたりするなよ? 管理者がセンシティブと判断したらアカウントごと消し飛ぶぞ、脅しでもなんでもないからな?」
「またまたー! お兄ちゃんは深く考えすぎですって!」
そう言って笑い飛ばそうとする瀬々里だが、マジなので俺の表情を見てそっとスマホからさっき撮影したきわどい写真を消していった。
「でも、もうスマホを持っている人たちは結構アレな写真をアップロードしているんですがねえ……不公平です!」
不満を持っているようだが、よくない点まで真似をする必要は無い。
「地道に行こうじゃないか、Tにせよイソスタにせよ、一日でフォロワー一万に届いたりはしないんだよ」
「地道にコツコツって私の嫌いな言葉なんですけど……」
知らんがな……だったら垢BAN上等で自分を切り売りするか? そんな馬鹿げたことで一生残るようなデータを放流するべきじゃないだろう。
「とりあえず読書風景でもアップロードしたらどうだ? エロ売りなんて危なっかしいことを今から始めるようなものでもないだろう」
「ですねー……はぁ……もっとたくさんのフォロワーが欲しいですね。Tだと割とフォロワーが増えるんですがね、イソスタの方は難しいんですよね」
「諦めろ、上級国民でもなきゃ映える食事を毎日並べることは出来ないよ」
瀬々里はため息をついてしばしスマホを見た後でスリープにして机に置いた。
「写真映りのいいスポットでも探しに行きましょうかねえ……」
「地元を特定されたくないならやめとけ」
俺がそう言うと瀬々里は大きなため息を吐いて言った。
「ネットだというのに自由はないんですねぇ……スマホがあれば世界の裏側とだって繋がれるというのに、不自由なものですね」
「……」
その言葉に俺は黙った。言葉の壁も、思想の壁もしっかりと存在しているのだ。瀬々里としてはそんなものを飛び越えてバズりたいようだ。その思想は結構ストイックなものだが、あまり攻めたことはしないで欲しいなと思った。
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