上っ面に蜂

 部屋の空気が姉さんの登場によって一瞬で凍り付いた。

 姉さんは二人のことをまるでゴミを見るかのように見下していた。


 俺にはわかる。今の姉さんはこれまで俺に優しく接してくれていた完璧美少女の姉さんではないと。


 あの毎日のように友達がいない俺に愛情を注いでくれた姉さんの姿はすでに失われている。


「部屋にいないからもしかしてって思って来てみたけど…二人はなんで奏斗の部屋にいるの?私は前にいったはずだよ。部屋から出るなって、さ」


 舞さんと星音さんは口論をやめてただ姉さんを見つめて絶望の表情を浮かべている。少なくとも親友に向ける視線ではない。


 ただ殺人犯を目の当たりにしたように身体を抱き寄せて震えているのだ。


「ご、ごめんね鈴。部屋に突然ゴキブリが出ちゃって怖くなって奏斗くんのところに逃げてきちゃったの。まったくやましいことなんてしてないよ。ね?舞?」


「ええ、そうです。まさかゴキブリが出るとは思い至らず奏斗くんのところへと逃亡してしまっただけです」


 俺の勘違いかもしれないが二人ともやけに必死そうに自身の身の潔白を証明しているように見える。


 物凄く嘘をついているし、先ほどまでの口論はどこへ行ったのか。


「いいわけになんて言葉が出てる時点で確信犯だよね?まさか二人は私を騙そうとしているの?」


 空気がよろしくないな、と思った俺は状況解決のために動くことを決意した。


「せっかく姉さんたちは親友同士で仲良くお泊り会を開催しているのにこんな空気になったら気まずいじゃないですか。みんなで仲良くやりましょうよ。実際、舞さんと星音さんの言動は本当のことですし」


 さぁ、これでどうだ。

 姉さんが怒っている理由がはっきりと分からない今、俺にできることと言えば舞さんたち陣営に立つことだ。嘘をついてでも構わない。


 とりあえず今は場の空気を回復させることに全神経を集中させなけばならない。


「へー、奏斗は姉さんに嘘をつくんだ」


「嘘?」


 ここは演技をさせてもらう。あくまで嘘を疑われて意味不明だという態度を取る。俺はこれまで姉さんに対して嘘をついたことはない。


 俺が主張し続ければ姉さんは信じてくれるはず…


 と考えた俺が浅はかだった。


「じゃあさ、なんで奏斗から星音の匂いがするの?近くに立っていたなんてものじゃない。しっかりと密着しないと付かないくらいの濃ゆい星音も匂いはどう説明するの?」


 姉さんは俺のもとへと歩いてくると顔を俺の首元に近づけてこう言った。


 匂い?と俺は自分の匂いを確認してみるが、洗剤の匂いしかしないのだが。


「早くその服を脱いで。私以外の女に汚された汚物は処分しないとね」


「汚物ってひどいよ鈴!私はしっかりと香水をかけて奏斗くんによく思ってもらえるようにって…あ…」


 星音さんのその発言を聞いた姉さんは笑みを浮かべると、俺の服を無理やり脱がしてきた。あまりに馬鹿力に俺は抵抗できずいつの間にか上裸にされてしまった。


「はぁ、奏斗の服が一セット消えちゃったじゃん。まぁ、その代わりに奏斗の裸が見れたから別にいいけど。はぁ~、たくましいなぁ」


 姉さんは俺が気づかないうちに俺を抱きしめてきていた。星音さんとはまた種類が違う。

 俺の身体を隅から隅まで舐めまわすようにいやらしい手つきで…


「やめなよ鈴。奏斗くんが嫌がってる!」


「は?こうなったのは誰のせいだと思ってんのさ。全部約束を破った二人が悪いんだからさ。私の行動にいちゃもんつける権利があるわけないじゃん…もしかして馬鹿なの?」


 親友にそんな暴言を吐く親友なんていて溜まるか。


 ここにきてようやくわかった。


 姉さんたちは親友なんて愚か、友達とさえ言えない。

 上っ面だけの仲。本当はお互いがお互いのことを何とも思っていなかったのだ。


「馬鹿って。鈴っ」


「舞…私は信じてたのになぁ。学校でも舞はまったく奏斗と接触しようとしないからね」


 舞さんが口ごもる。


「もうさ、鈴って呼ばないでくれる?気持ち悪い。友達を裏切るような塵なんかに名前で呼ばれたくない。わかってると思うけど、お泊り会は今後一生無し。奏斗にも二度と近づいたら駄目だからね。わかったらさっさと家から出て行って。今日から私は奏斗の一緒に愛を育んでいくからさ」


 姉さんはそこまで言って、一息つくと。


「邪魔者は、さっさと消えて」






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