第2話 違います、大久保です
「はぁ!? オーク!? オークだとぉ!? 汚らわしいっ!」
何が何やらわからないうちにあれこれ持たされて施設を放り出された俺である。文字通り、ぺいっ、と放り出された形だ。嘘だろ、そんな始まり方があって良いのか、俺の異世界!?
それで、とりあえずはお互いの親睦を深めることから――なんて話になり、カフェ? パブ? とにかくそういうところに入って自己紹介をしたところでの第一声がこれだった。
「だーから、違うって。
「違わんだろう! オーク・ボ、だろう? オークの亜種だ! この僕に異世界人だなんて嘘をついたな!」
「変なところで区切るな! 異世界人だよ、異世界人!」
「むぅ。本当か?」
「こんなこと嘘ついてどうするんだ。ていうか、何でそんな頑なにオークを毛嫌いするんだよ」
「オークなんて野蛮な種族だからな。あいつら、脳まで筋肉になってるんだ。言葉だって通じるわけがない!」
「わけがない、ってことは実際に会ったことはないのか?」
ていうか大丈夫なのかよこの世界、汚らわしいだの野蛮だのってそういう差別とか問題にならないのか? いま令和だぞ? まぁこの世界ではどうなのかわからんけども!
「ない! 見たこともない! この僕がそんな蛮族のいるところへなんて行くわけがないだろう!」
「ないのかよ! 思い込みでしゃべるなよ! ――あっ、そうか。そういやさっき採取やら何やらの依頼も受けたことがないって言ってたな」
「そうだ!」
そこそんなに自信満々で言って良いことなんだろうか。さっきのやり取りから察するに、なんていうか、俺らの世界で言うところの「一度も働いたことがない」くらいのマイナス要素のように思えるんだけど。実家住みらしいし。この世界にも『子ども部屋おじさん』って概念はあるんだろうか。
「だが、さっきのあいつが言ったんだ。オーク・ボがこの世界でも一人でやっていけるようになったら、その時は『転移者育成士乙種』の免状を発行する、と」
「『転移者育成士』?」
「そう、名前の通り、異世界からの転移者を指導して、一人前に育て上げた者に与えられる称号だ。これがあれば次こそは勇者クラスの転移者と組めるだろう。ハハハ!」
わはは、と機嫌よく笑っているが、俺としては『乙種』というのが気になる。『乙種』ということは『甲種』もあるはずなのだ。勇者クラスならそっちが必要なのでは。こいつ、もしかしなくても馬鹿なんじゃないのか。
まぁ、機嫌が良さそうだからほっとこう。
「というわけで、オーク・ボが一人前になるためにこなさなくてはならない最低限の依頼内容がこれだ!」
バサァ、と果たし状を広げるが如くの勢いでテーブルの上に紙を広げる。ねぇ、やる気があるのは良いんだけどさ、その『オーク・ボ』ってやめない? クとボの間に明らかに『・』が入ってる感じの発音やめない? そこを指摘したいが、依頼内容もやはり気にはなる。
「ええと、採取依頼が二件、捕獲依頼が一件。それから、駆除依頼一件、か」
どこからどう見ても読めるはずのなさそうな異世界文字だが、どういうわけだかスラスラと読めてしまう。これも例の『自動翻訳』スキルの賜物である。
こうやって見てみると、本当にこの程度で一人前になれるのか、という気がしなくもないが、どうやら一般的に、スキルというのは、最初の採取依頼辺りで発現するものらしく、残りの依頼はそれをしっかり使いこなすためのものらしい。こちらでの生活に慣れ、スキルを使いこなすことが出来れば一人前と認められるのだとか。だからまぁ、極端な話をすれば、スキルを使いこなせるようになって、独り立ちが出来るようになれば、この依頼だってブッチしても良いのだ。
のだが。
「ぐぅぅぅ……っ」
スロウは、拳をぎゅう、と握りしめて、喉の奥から絞り出すような声を上げた。
「やはり、僕も行かないと駄目か?」
「むしろ俺一人で行ってどうするんだよ」
何のためのアンタなんだよ。
「だよな。そうだよなぁ……」
拳を握りしめたまま、ぷるぷると震え出す。
「あの、ちょっと聞いても良い?」
「何だ、オーク・ボ」
「いや、聞く前にも一つ。その『オーク・ボ』ってやめない? そっちで呼ぶならいっそ『オークボ』は一息で発音してくれ。それかもしくは下の名前で呼ぶか」
「下の名前があるのか?」
「あるよ。全部名乗る前にオークがどうとか騒ぎ出すから言いそびれただけで」
「それは失礼した。それで? オーク・ボの下の名はなんというのだ」
「
「ふむ、タイガーか」
「最後伸ばさないで。意味違ってくるから。タイガ。伸ばさない。タイガだ」
「オーク・ボの時といい、異世界人というのは細かいところを気にするのだな。だが、これからしばらく行動を共にするのだ。尊重しようではないか。ではタイガ、特別にこの僕のことを『スロウ』と呼ぶことを許可しよう」
「はぁ、ども」
なんていうか、本当にこいつ大丈夫なんだろうか。
とりあえず、自己紹介は完了だ。俺は『タイガ』と呼ばれることになり、彼のことは『スロウ』と呼ぶことになったのである。長い。たかだか呼び名を決めるだけでイチイチ長い。
「それで、その、スロウはどうしてそんなに行くのをためらってるんだ? ここが――」
とん、と依頼一覧を指差す。一番上にある採取依頼だ。氷山に咲く花と、それに群がる昆虫を集めてこい、という内容である。氷山に花が咲くことも、そこに群がるような虫がいることにも正直驚きだ。さすが異世界。それでこそ異世界である。ズブズブのファンタジーでなくては異世界に来た意味なんて無いのだ。和風の異世界に飛んだやつは、「歴史の教科書をなぞっているかと思った。魔法もないし、思ってたんと違った」と思っていたらしいし、スチームパンク風異世界に飛んだやつは「最初は映画っぽいって思ってテンション上がったけど、やたらと現実的で途中から冷めた。魔法を使わせろ」とがっかりしていた。皆が皆そうではないと思うが、異世界に憧れるやつが求めているのは、やはり『剣(刀ではなく)と魔法』であり、異種族と心を交わしたりするモテモテウハウハハーレムファンタジーなのである。
「氷山だからか? 寒いのが苦手とか」
「そんなことはない!」
そう言って、手のひらから、ぼわ、と炎を出す。うわっ、こいついきなり何してんだ。店の中だぞ? それに目の前にあるのは紙だ。燃えやすいものの近くで火を出すなよ!
が。
バーナーのような勢いのある炎に見えたのはその一瞬だけだった。手から飛び出た炎は手のひらサイズの人の形になってその場にふわりと浮いたのである。
「僕にはこいつがいる」
「これ……精霊ってやつ?」
「そうだ」
と、得意気に胸を張る。しかし、その呼び出された方の精霊はというと。
依頼一覧の上でごろりと寝そべり、「だっる」と尻を掻いている。ちょ、燃えるから! と焦ったが、どうやら燃えたり焦げたりはしないようだ。ただ、明らかにこの周辺だけ温度が高い。暑い。
「おい、挨拶くらいしたらどうだ」
スロウが、つん、とその精霊の背中の辺りを突くと、それを面倒くさそうに手で払って「触んなや」と返す。やり取りが思春期の親子のようである。
「俺に命令してんじゃねぇぞ」
「はぁ? 僕は主だぞ!」
「うっせぇな、ポンコツが」
エ――――!?
いや、確かに聞いていた通りではあるのだ。精霊達を召喚するだけとか、彼らのやる気がないとか。
いやこれ、やる気がどうとかじゃなくてさ。思いっきり嫌われてない……? ポンコツって言われてるけど大丈夫なの? 待って、俺の相方、ポンコツなの?
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