初級異世界(新婚?)生活のすゝめ~目指せ、嫌われ精霊召喚士様(♂)との円満離婚?!〜

宇部 松清

俺の異世界生活、始まる

1-1 エリート(?)精霊召喚士様

第1話 バディ制度のある異世界

「どうしてこの僕のバディがまたこんな凡人なんだ! 君、この僕を誰だと思っている!」


 異世界転移や転生が創作の中だけのものだったのは、もう何年も昔のことだ。異世界は存在する。そして、何らかの条件下で死、あるいはそれに近い状態になると、そこへ行けるらしい、ということまではわかっている。


 というのは、俺達の世界に数名存在する『異世界帰り』の人間――帰還者と呼ばれている――からもたらされた情報である。しかし、確かなことはわからない。何せ、異世界から帰って来たのはごく数人。彼らの話によると、異世界に残っている人間はその倍以上いるらしい。まだ使命を果たしていないのか、それともただ単純に、こちらの世界に戻りたくないのか。あるいは、こっちの世界で既にきっちり死んでいて、戻ろうにも肉体がないからかもしれない。事実、異世界から戻って来ているのは全員『転移者』なのである。何が何やらよくわからない奇跡を無理やり起こして半ば強制的に異世界そっちへと送り込む癖に、こっちに戻る際にはその辺の融通は利かせてくれないらしい。


 とにもかくにも異世界は存在し、諸々の条件さえ整えば誰だってそこへ、半ば強制的に飛ばされてしまうのだ。


 ――俺のように。


 覚えているのは、バイト帰りにやたらと強い光を浴びたこと。その直後に全身に強い衝撃があった。たぶん車に跳ねられたのだろう。無線イヤホンをして歩きながらスマホゲームに興じていたから、全く気が付かなかった。それで、次の瞬間にはここにいた。役所のような施設である。


 転生の場合は赤子からのスタートと聞いているから、俺は『転移者』に該当するのだろう。ということは、上手くやればきっと帰れる。そこまでして帰りたい世界だったかと言われれば案外そうでもないのだが、それでもやはり愛着はある。


 さて、これからどうしたものかと思っていると、どうやら向こうの方ではすっかり慣れているらしく、「順番にお呼びしますので、異世界からの転移者はこちらの番号札を取ってお待ちください」と事務的に案内された。

 その後、こちらの生活に関するいくつかの注意事項や、衣食住の保証についてなどの説明を受けた後で、最後に『バディ制度』なるものを勧められた。要は、異世界人(こっちの世界では俺達こそが『異世界人』なのだ)というのは稀有なスキルを所持していたりして保護されるべき貴重な存在なのだが、その能力が発現するまではとにかく弱い。右も左もわからない世界でも即順応し、いきなり才能を爆発させて無双出来るのは、勇者だの賢者だのといった一部のとんでもないやつらのみなのである。


 だからこの世界に慣れるまで、何かしらの能力を発現させ、使いこなせるようになるまでは、こちらの世界の人間とバディを組んで行動した方が良い、とのことだった。


 大変ありがたいサポート体制である。

 どうせならエルフとかそういうキレイどころのお姉さまにお願いしたいところだ。俺だって『異世界』というものに対する憧れや期待はある。大いにある。


 そんな邪なことを考えつつ、該当の窓口へと向かう。ここで登録を済ませたら、あとはコンサルタント的な役割の人が俺にぴったりの人をあてがってくれるらしい。といっても、ある程度は待たされるのを覚悟してほしいと言われた。相手が見つかるまではこの施設でのんびり待っててください、と。なんだか拍子抜けするほど呑気な異世界生活の幕開けだ。


 そのはずだったのだ。


「いいか、良く聞け。君が理解するまで何度だって言ってやろう。いいか。なぁ、いいか。僕だぞ。この僕だぞ。由緒正しき精霊召喚士一族のポートグリフ家三男、スロウ・ポートグリフ様だ。わかるか? わかるよな? この国でポートグリフ家を知らない人間なんていない。わかるよな? わかるよなぁ?」


 さっきから、褐色肌のクッソイケメンが、フルボリュームで俺のコンサル的な人に向かって口角泡を飛ばしているのである。手に持っているのは、俺についての情報が書かれた経歴書だ。俺はその様子をマジックミラー(俺達の世界にあるものと同じかはわからないけど)的なもの越しに見ている。仮契約が完了するまでご対面はさせてもらえないらしい。けれども、一応はこちらは『弱者』の立場だから、いきなりご対面、というのは心臓に悪すぎるだろうという配慮により、このような状態になっているのだ。


「ええ、存じ上げておりますとも。スロウ・ポートグリフ様。由緒正しき精霊召喚士の一族、ポートグリフ家の三男様でございますね。ええ、そのお噂は国中に知れ渡っておりますとも」


 しかし、負けてない。俺のコンサルも負けてないのである。眼鏡のブリッジを中指で、くい、と押し上げて身を乗り出した。

 存じ上げている、という部分で、その『スロウ・ポートグリフ』なる、なんかよくわからないが、とにかく由緒正しいらしい精霊召喚士様は満足気だ。


「だろう。そうだろうとも。僕はな、自分で言うのもなんだが、精霊の召喚にかけては超がつくエリートだ。精霊アイツらの召喚なんて五歳からやっている。いまでは、炎・水・風・雷の精霊を同時に四体も召喚することが出来るのだからな」


 嘘。なんかよくわからないけどすごいじゃん。そんなすごい人とバディ組むの、俺?! あっ、でも向こうが嫌がってるのか。だったら仕方ないよな。俺だってここまで嫌がられてる人と一緒に行動なんてしたくないし。出来れば女の子が良いし。


「僕ほどのハイスペックな精霊召喚士ならば、バディは勇者クラスの異世界人でなければ見合わんだろう。ずっとそう言っているのに、何だこれは。またしても凡人ではないか」


 ふん、と鼻を鳴らして、『スロウ・ポートグリフ氏』が俺の経歴書を突き付ける。


 が。


 俺のコンサルが動いた。

 目の前に突き付けられた経歴書をぺらりと暖簾のようにめくり、「いいえ」ときっぱり言い放つ。


「スロウ様。残念ながら、アナタは、ご自分が思っているほどハイスペックではございません」

「何だと?」


 何ですと?!


「まず、十八にもなって、いまだに実戦経験が0というのは酷すぎます。バディでの依頼はもちろん、ソロでも受けたことがございませんよね? 採取依頼や駆除依頼などの簡単なものですら」

「それの何が悪い。なぜこの僕がそんなつまらぬ依頼を受けねばならないのだ。この僕だぞ? 受けるならば超上級ハイクラスの討伐依頼に決まっている」

「その年で一度も実戦経験がない人に、超上級の討伐を依頼したいと思う人はいません。無駄死にも良いところです」

「何だと」

「それに、お住まいはご実家ですね」

「当然だ」

「その年でいまだにご自分の身の回りのことが何も出来ない、というのは、はっきり言ってマイナスです」

「何?!」

「依頼内容によっては何日も野営せざるを得ない場合もあります。そういう時、どうするおつもりで?」

「そういう時のためのバディだろう」

「そういう時のためのバディではありません。むしろ、異世界人のサポートはこちら側の義務です」

「ぐぬぬ」


 すげぇ、リアルで「ぐぬぬ」って言うやつ初めて見た!

 めっちゃ年齢を強調されてるけど、何、こいつ、十八なの? 俺より二つ下?! 見えないんだけど!


「それに、スロウ様。そもそもアナタ、精霊を召喚出来る、ですよね? 彼らを実際に働かせたことは?」

「うっ……」

「活躍の場がないから精霊達も力を持て余し、やる気を無くしてだらだらしていると、バディ解消を申し出てきた複数の異世界人からクレームが入っております。そもそも移動すらままならない、と」

「そ、それは……」

「精霊を召喚することしか出来ないから依頼を受けないのか、依頼を受けないから精霊達がやる気を無くして言うことを聞かなくなったのか、……」


 ふむ、とコンサルが首を傾げる。


 いま、「へぇ、異世界にも『ニワトリ』っているんだ」とか、「『ニワトリが先か、卵が先か』なんて言い回しをするんだ」って思った人もいるだろう。


 厳密には、いない。


 ニワトリ、なんて鳥はいないし、恐らく『ニワトリが先か、卵が先か』なんて言葉もない。これは、すべての異世界転移(転生)者が所持しているスキル、『自動翻訳』である。つまりは、文字通り『異なる世界』でも不自由なく生活が出来るようにと付与されるもので、異世界語を『俺達の世界で該当する言葉』に置き換えてくれるのだ。


 成る程、帰還者達が言ってたのはこういうことなんだな、なんてしみじみと思っていると、コンサルが何やら小声でスロウ氏に耳打ちをしていることに気がついた。


 そして、


「ふ、ふん。そういうことならば仕方がないな! 軟弱な異世界人をこの僕が一人前に育ててやろうじゃないか!」


 どうやら何かしらの密約が交わされたらしく、さっきまで真っ赤な顔でぷりぷりしていたスロウ氏が、俺の経歴書を勢いよくぐしゃりと握りつぶした。いや、何で握りつぶした?


 えっ、嫌だよ。こんな明らかに問題がある人……。


 そう思い、すがるような目でコンサルを見たが――、


「はい、仮契約完了ですね。次の方〜」


 彼はテキパキと書類に馬鹿でかい判子を押し、次の転生者を呼んでいた。

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