第3話 プライドだけはいっちょ前
「お前がこいつの新しいバディか?」
寝転がって尻を掻きながら、人の形をした炎が問いかけてくる。熱くてあまり近づけないが、よーく見ればちゃんと顔がある。言動から判断すると男だろうか。
「はぁ、そうみたいです」
「名前は」
「
とりあえず、精霊に対しては下手に出た方が良いだろうな。どう考えても勝てる相手じゃない。ていうか、俺はまだ自分のスキルが何なのかもわからないし。
「ふん。俺様は『ゴウ』だ。だっせぇ名前だろ、あのポンコツがつけたんだ。センスの欠片もねぇったら」
「もしや、ゴウゴウ燃えるから『ゴウ』とか」
「おう」
「わぁ……」
だっせぇ。
そう思ったが、そのだっせぇ名前を付けられた当人の目の前で言えるわけがない。例え本人もそう思っているとしても、だ。人として最低限の礼儀である。
ちら、とスロウを見る。どういうわけだか満足気に頷いている。あっ、たぶんこれ、ネーミングセンスを褒めてもらえると思ってる顔だ。一応スルーしておくか。
「なぁおい、タイガよ。悪いこと言わねぇから、お前マジでいまから仲介所戻ってキャンセルしてこい」
「えっ」
出来んの!?
「こいつはな、マジでやめた方が良い。これまで何人の転移者がこいつのせいでえらい目にあったか」
「マジすか」
「最初はな、こいつだってやる気はあったさ。何せ忌々し――じゃなかった由緒正しき『ポートグリフ家』の三男様だ」
「いま、忌々しきって言いかけましたよね」
「気のせいだろ」
割とがっつり言ってましたけどね。
「ただ、周囲の環境が悪かったんだな」
「周囲の環境?」
そう、と炎の精霊ゴウさんは、はぁ、とため息をついた。熱風である。かなり熱めのドライヤーである。顔が焼けるかと思った。
「まぁいいや、その辺は。で、どうする、解消するか?」
「いや――……、まぁ、でも、せっかくの縁ではありますし……」
ていうか、マジでそんなホイホイと解消出来るものなんだろうか。
と、迷っていると。
「何を言う! タイガ! 君はもう僕のバディだろう!」
ガッ、と手を掴まれ、顔を近づけられる。やめろやめろ、その無駄に良い顔を近づけるな。しかもこいつ、何でか手汗がすっごい。結構シャレにならんレベルでべっちゃべちゃなんだけど。何で? いま炎の精霊出したから?
「わ、わかった、わかったって。とりあえず、試用期間ってことで、依頼をいくつかこなしてみようぜ。それで考えるってことで。な?」
そういうことで、と視線を逸らしながら言う。たぶんあともう数十秒目を合わせたら別の扉が開くと思ったのだ。屈してはならない。俺は可愛い女の子が好きなんだ。
そう、異世界転移と聞いて、真っ先に期待したのはそこだった。異種族の可愛い女の子達に囲まれて、とにかくなんかすげぇスキルを発動させたりして、無双&ハーレム展開なのだ。異世界転移というものはそういうものだと、学校で講演をした帰還者達は皆、口をそろえてそう言っていたのだ。だからこそ、和風異世界やスチームパンク風異世界に飛んだやつが「なんか違う」と言っていたわけだ。いや、探せばあるかもしれないけどな? そういう要素のある和風世界やスチームパンク世界も。
ちなみに、年間数十人のペースで異世界に飛ばされる現代、いつ我が身に転移・転生チャンスが来るかわからない、ということで、学校では帰還者による講演会が定期的に行われている。予備知識があるからこそ、このように落ち着いていられるのである。何事も備えが重要なのだ。
それでも確か過去に一度だけその講演会を風邪か何かで休んだことがある。どうせ内容なんて毎回似たようなものだし、問題ないだろうと思っていたが、その翌日、講演会の話題で何となく女子達が騒がしかった。友人達に何があったのかを聞いても「俺達にはちょっと刺激が強かった」だの「知らなくても良いことはある」、「その手の世界に行くと決まったわけではない」などと怯えるばかりで、肝心の内容については教えてもらえなかったのだ。
とにもかくにも、スロウの顔面は引くレベルで整いすぎていて、ちょっと俺には危険なのである。ただまぁ、とりあえず、こんな目の覚めるようなイケメンと行動していれば、間違いなく可愛い女の子は寄って来るはずだ。スロウには申し訳ないが、こっちだって理想の異世界生活というものがある。存分に利用させてもらうとしよう。
「うむ。そうだな。まずは依頼をいくつか受けてみて、だな」
そう言ってスロウは手を離した。しっとりの一言では済まされないレベルにべちゃべちゃになった手を、彼に見られないよう、ズボンでこっそり拭く。俺の手をべちゃべちゃにした張本人は、テーブルの上の依頼書をじぃっと見つめ、「しかし氷山か」と眉を顰める。
「やっぱり何か問題でもあるのか?」
「いや、遠いな、って思って」
「遠いのか? どれくらい?」
「うむ、移動だけで半日はかかる」
「マジか」
「となると、通いは厳しいな。いや、ソヨに乗せてもらえば……でもなぁ」
拳を口元に当てて、何やらぶつぶつと言う。そんな姿でも様になるのだからイケメンというのは得だ。てか、ちらりと聞こえた『ソヨ』って誰だ。もしかしてドラゴン的な生き物か? それだよそれ、それが異世界なんだよ。剣と魔法、そしてドラゴンだよ!
「いや、通うって何言ってんだ。半日かかるんだろ? だったらそこで宿を見つけるなりして――」
「駄目だ」
「駄目? 何かあるのか? 通わないといけない理由とか」
「枕が」
「は?」
「僕は枕が変わると寝られないんだ」
「は? だったら持ってけば」
「それだけじゃないんだ! 僕が安眠出来る方角とか、そういうのがあるんだ! 僕は! 自宅じゃないと寝られないんだ!」
「はぁ?」
「死活問題だぞ!? 睡眠が十分にとれないというのは!」
「え、っと。じゃあこれまで依頼を受けて来なかったのって、そういう……?」
ちら、と依頼一覧の上でごろごろしているゴウさんに視線を向けると、彼はうんざりした顔でこくりと頷いた。
「さっき言ったろ、周囲の環境が悪かった、って。こいつの親が甘やかしすぎたんだな、要するに」
どうやらそういうことらしい。
試用期間とはいえバディを組むのなら、とゴウさんが話してくれたところによると、スロウはとにかく『超』が付くほどの箱入り息子なのだそうだ。上に二人、年の離れた兄がいるのだが、彼らも、そして両親も、スロウのことをそれはそれは可愛がった。
というのも、彼の能力は一族の中でも群を抜いていたのだそうだ。そう、さっきの仲介所で声を張り上げていた「精霊の召喚なんて五歳からやっている」、「炎・水・風・雷の精霊を同時に四体も召喚することが出来る」というやつだ。どうやらこれはガチですごいことらしい。本来であれば、ある程度大きくなってからそれなりの修行なりなんなりをしてやっと一、二体の召喚が出来るようになるのだとか。
が、スロウには天性の才能があった。なんの努力も、修行もなしに、ホイホイと呼び出すことが出来たのだそうだ。
そういう理由で、それはそれは大切に大切に育てられたのだという。その結果が――。
「この、一人ではなーんにも出来ないくせにプライドだけはいっちょ前の甘えたお坊ちゃんってわけよ」
そう言って、またしてもゴウさんの熱すぎるドライヤーが俺の前髪をふわりと浮かせた。あの、そろそろ俺の眉毛辺り、熱風で溶けてませんかね。
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