悪役令嬢×決闘×緑のたぬき

ジャンル:異世界ファンタジー

キャッチコピー:「あなたは誰派?」

紹介文:

乙女ゲームの悪役令嬢は、卒業舞踏会でヒロインの子爵令嬢に決闘を申し込む。 古式伝統に則って、貴族の決闘は赤いものを相手に投げつけることで始まる。 そうして悪役令嬢は決闘を申し込んだ、投げつけたのはもちろん『赤いきつね』である。 二人の令嬢の決闘の行方は――?


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「うっ…ぐすっ……み、緑の、『緑のたぬき』ぃぃぃぃ」


決闘は、後日改めてトレディンル侯爵家で行う旨を告げて、アデスーラは高笑いを残しながら、舞踏会場を後にした。


そうして、本日が、その決闘の日である。

恐る恐るやってきたレセナを侯爵家自慢の東屋に招いて、件の商品を見せれば、彼女は号泣して抱き着いた。


「やっぱり、その反応はげっちんか……」

「な、なぜ、それを?? ま、まさかたっつん?」


懐かしいあだ名を聞いて、とりあえずアデスーラをことんとテーブルに『赤いきつね』を置いた。


「ま、とにかく食べようよ。お湯は用意させたからさ」

「いいながら、真っ先に蓋を開けてるところがたっつんだよね」

「だってたぬきと違って、きつねは熱湯5分待たなきゃいけないんだよ」

「あはは、懐かしい。たったの2分違いじゃない。そもそも5分きっちり待たずに食べちゃうくせに」

「いつ急患来るかわかんないのに、そんな悠長に待ってられないしね」

「ふふ、いつもの言い訳。夜勤明けで食べるときだって待たずに食べるじゃない」

「お腹が減ってるしね」


涙に濡れた瞳を細めながら、レセナがペリペリと蓋を剥がした。

それから天ぷらを取り出して、粉々に砕く。


「ここにきても、その食べ方? 天ぷら好きが泣くよ」

「だって好きなんだもん。粉々にして麺と絡んで食べると最高においしいんだよ」


言いながら、お湯をかけて蓋をきっちりと戻すレセナの手つきはすっかり慣れている。ちなみにアデスーラはすでに湯を入れてしっかり待っているところである。


「はいはい。何十回も聞いて耳タコだから。で、この世界ってハルちゃんのお勧めの乙女ゲームなんだよね」

「ハルちゃんって、たっつんの担当だったE棟の203号室の子?」


こくこく頷いて見せれば、不思議そうにレセナは首を傾げた。


「それで、乙女ゲームの世界なのに、なんできつねとかたぬきがあるの?」

「タイアップで乙女ゲームの世界に『赤いきつね』と『緑のたぬき』が出てくるんだよ。なぜか侯爵家の商品ってことになってて悪役令嬢と絡まなきゃ食べられないんだけど」

「なにそれ、ずるい! どれほどこの味を求めていたと思ってるの?!」

「いや、だからこうして招待してあげたじゃない」

「招待だとぉ? 決闘で『赤いきつね』を投げつけられて、どれほど驚いたか!」

「はいはい、ごめんなさいね。げっちんの確信がもてなくてね。あの反応見て確信したわ。たぬき好きだもんね。しかし、なんで私がここで悪役令嬢やってんのかは謎だけど。ちなみにげっちんはヒロインだよ」

「え、ヒロインなの? どうりで周りがちやほやしてくれると思ったよ。それであの王太子も近づいてきたのか。何度断ってもやってくるから、正直気持ち悪かったんだよね」

「あーあれね。とにかくアデスーラと別れたかっただけよ。レセナへの嫌がらせがアデスーラの仕業だってでっちあげて、評判を落としつつレセナの好感度あげようと必死だったみたいだけど、げっちんの好みではないよね。とにかくマッチョの筋肉好きだもんね」

「え、あの嫌がらせって王太子の仕業だったの。ないわー、無理だわー。それに筋肉は裏切らないもの。絶対に間違いない。でもこっちでは筋肉筋肉言わなかったのに、なんで、私だってわかったの?」

「学院の授業で孤児院に慰問に行ったときにレセナが『命に優劣はないけど、助かる命には限りがある』って言ったから。げっちんの口癖でしょう」


医療現場で看護師として働いていた二人は同僚だった。救急外来もある中核病院だったので、毎日が命との戦いだった。

彼女なりに得た教訓といったところだろう。


「うお、そんなこと言ってた? 無自覚って怖いわあ。お、できたよ、食べよ食べよ」


セレナの特技は体内時計できっちり3分計れるところである。

蓋を開ければ懐かしい醤油風味のだしの香りが鼻をくすぐった。

ずずっと一口食べてぷはっと息を吐く。


「あーしみる。夜勤明けのあの当直室を思い出すなあ。看護師長元気かな」

「師長は元気でしょ。今も変わらずに皆から天ぷら半分もらってるのかしら」

「なんで『赤いきつね』の上に天ぷらの粉かけたがるのかわかんない。というか、何度半分とられたことか。未だに許せない! たぬきにもきつねにも失礼だし」

「よく悔し涙流してたもんね」

「あの天ぷらを楽しむためだけに辛い夜勤を乗り越えたのに、努力が無になる瞬間だよ」

「なるほど。そういえば、栄養士のさっちゃんは今も『赤いきつね』にバニラアイス入れて食べてるのかな」

「あー、あれね。ほんと謎だよね。タンパク質足りないとか言ってラクトアイスはだめで絶対にアイスクリームだって高級バニラアイスをつっこむんだから」

「普段あれだけ野菜食べろ、減塩だ、低カロリーってうるさいくせに、不思議な味覚の持ち主だよね。なのに、うちの入院食がおいしいって評判なんだから、やっぱり謎だよ」

「あはは、確かに。それでいうと、たぬきにおにぎりつっこんでぞうすいみたいに食べてた谷くんはこっちの世界にいないのかな」

「あー、理学療法士の谷くんね。なんていうか、うちの職場のたぬきときつねの食べ方がおかしいのはどうなのか」

「普通に食べるのが一番おいしいのにねぇ」

「げっちんの食べ方は普通ではないけれど」

「最高においしい食べ方ですよ?」


こうして侯爵家の東屋で、二人の令嬢の思い出話がまったりと語られるのだった。

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