KAC2023

とある彼女のひとコマ

ジャンル:ラブコメ

キャッチコピー:お題次第では続くのか……?

紹介文:

大学生のフユは、冬のある日、恋人のハルの家のこたつでくつろいでいた。 そこで将来の夢という作文について聞かれ―― まったり恋人同士のとある日常の一コマ。

お題:「本屋」


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その日は朝からとても冷え込んでいた。

朝のテレビのニュースでは今年一番の冷え込みでと言っていたけれど、それは三日前にも聞いた。


だとしても、今日は家から一歩も出ないと宣言した彼女に付き合って、こうして向かい合わせでこたつに入っている。

大学生のフユとしては、授業のない土曜日の過ごし方としては、悪くはないと思っている。デジタルの電波時計を見れば、八時を少し過ぎたところだ。


今はテレビも消した静かな部屋で、ただまったりとコーヒーをすする。


朝に淹れたコーヒーはすっかりぬるんでいるけれど、それはそれで趣深い。ただ淹れ直すほどこだわりがあるわけでもないだけだけれど。


フユの目の前では、こたつに入ったままぼんやりと緑茶をすすっているハルがいる。

彼女は朝はしっかり和食の人で、食後は決まって緑茶だ。だから朝にコーヒーを飲みたければ自分で淹れるしかない。なぜなら彼女はちゃんと朝専用の湯飲みも用意するほどの緑茶派なのである。朝専用の湯飲みってなんだと最初にツッコんだのは、今となってはいい思い出である。

すっかり見慣れた光景になってしまったので、ああ朝だなと思うだけになってしまった。日常とは慣れていくものだと実感する。


そんなことをひとつとっても、彼女はとにかくこだわりが多い。

ぼんやりしているのもつらつらと何かを考えている時の彼女のくせだ。


フユはそんな彼女の思考が落ち着くのを待つ時間も楽しい。

そもそもの出会いは――。


「ねえ、将来の夢って小学生の頃とかに作文とかで書かされたりするじゃない?」


ハルがぼんやりしたまま、口を開いた。

色素の薄い柔らかそうな髪が、ふわりと揺れるのを眺めながら、うんと相槌をいれて頷く。

思考を止めて、彼女の言葉を待つ。


「あれね、私、本屋さんになりたいって書いたの」

「本屋さん?」

「本が好きだからたくさんの本に囲まれているだけで幸せだし、新しい本も一番最初に読み放題!って思ったのよ。実際はそんな甘いものじゃないって友達から聞いてがっかりしたんだけれど。納品された本は重たいし、一冊ずつビニールかけるのも面倒くさいらしいし、のぼり旗もたてなきゃいけないし。何より万引き犯との闘いがしょっちゅうあるらしくて」

「へえ、結構大変なんだね」

「夢は夢のままでいたら楽しかったのになあと思って。たくさんの本に囲まれて、ある日異次元の扉が現れたり、誰かが召喚されてきたり、未来の自分が落ちてきたり、死んだはずの友人の幽霊がやってきたり――」


ハルの取り留めない話を聞きながら、フユは思う。

ハルはいったい小学生のときの将来の夢の作文になにを書いたのだろうか、と。

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