短編2021

ネット小説の人気作家ですが、書籍化とかできません!

ジャンル:現代ドラマ

キャッチコピー:「物理的に無理なんです……」

紹介文:

ネット小説を知って沢山読み漁った結果、自分も書いてみたくなった。 そうして日常を面白おかしく綴ってみた。 いつしか話題作になり書籍化の話をもらった。 夢みたいだ。凄く嬉しい。 可能ならば是非ともお願いしたいところだが、物理的にムリなのだ。 何故なら―――。


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ネット小説というのに出会ったのは享年十七歳になってからだ。


それまでは小中高と野球に明け暮れていて、正直ネット環境もスマホの中の連絡アプリが精々だった。

しかも部活の規則でスマホの持ち込みは禁止だ。部活が終わるまで電源を入れてはいけないという鬼ルール。一日鞄の奥底に眠っている鉄の塊だ。

何のための携帯電話だと言いたい。


もちろん、朝から晩までボールを追いかけヘトヘトになるまで走り回っていたので、家に帰ったところでほとんど使わない。

テスト期間だけは、やたらと連絡をとるがそれ以外には使うこともない。


そんな環境だったので、ネット小説というものを知らなかった。


死んでから初めてその存在を知り、夢中になったのは言うまでもない。


よく死んだらそこまでというけれど、自分の場合は少し違った。自分だけかは知らないが電脳世界は幽霊にとても優しい世界だったのだ。


まずメールが打てる。

これが凄い。

考えるだけで文字に置き換わる。思考は文字になって、表示しようと思えば画面に現れる。そしてどこの端末からでもやりたい放題に送信できる。

あまりやり過ぎると気持ち悪がられるので大体はほとんど活用されていない死んだアドレスと端末を使う。さすがに架空のアドレスは作れなかった。だがもとの管理者が触らないそんなアドレスはわりとあって好き勝手に使えるから便利だ。

端末も一日電源が入りっぱなしのネットに接続されているパソコンなどあちこちにある。パソコンだけでなくスマホだっていいのだから、本当に無限だ。


そして閲覧できる。電脳世界は広い空間に無数の窓が折り重なっているのだが、その窓の一つ一つがサイトになる。

最初のうちはあちこち覗いていたのだが、あまりに数が多いので最近は決められたサイトだけに絞っている。

プロ野球のサイトを幾つかとネット小説だ。


これまで本を読む習慣はなかったが、短い話を幾つか漁ってすっかりはまってしまった。

ジャンルも最初はスポーツを読んでいたが、恋愛や異世界まで手を出してしまい収拾がつかなくなった。

読んでも読んでも終わらない。次々と新しい話が増えていき、どんどん深くなる。


そうして読み漁っていたある日、自分も書いてみようと思い至った。

とりあえず徒然なる幽霊の日常を書いてネットにあげてみた。これが話題作になった。


それから有頂天になって書き綴った。

コメントをもらって返信して。

生きている時と同じように他人と交流している。それが楽しくてますます書きまくった。


そんなある日、とある出版社から書籍化の話がやってきた。

目を疑った。詐欺かもしれないと一日悩んで、問題はそこじゃないと気がついた。

メールならやりとりできる。電話は試したことはないが世の中のホラー映画は雑音混じりで幽霊や化け物と会話しているからまぁ出来ないことはないだろう。

だが紙原稿を確認してほしいと郵送されたら、アウトだ。ネットで電子メールに添付して貰ったとしても、検品用の本を送るとか、銀行口座に入金するとかなったらどうすればいいんだ。

折角くれるというお金が受け取れないなんて悲しすぎる。


電脳世界が幽霊に優しいと言っても、ネットバンキングは物凄くセキュリティが厳しくて幽霊が架空口座を作ることはできなかった。個人情報をやたらと確認されるのだ。顔認証を求められたところで弾かれてしまった。


つまり物理的に幽霊には出来ないことが多いと気がついたのだ。


幽霊になって、初めての無念を味わった瞬間だった。


死んだ時だって後悔しなかったのに、なんてことだ。こんなことがあるのかと絶望した。

まさに天国から地獄だ。


そうして一通のメールを前に、ふるふるとうち震えながら断りの返事を打つのだった。

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