能面女子の同僚がソロ結婚式をするので花婿役に立候補してみた
ジャンル:現代ドラマ ラブコメ?
キャッチコピー:「あれ、奇遇だね」
紹介文:
タイトル通りのお話です。 ジャンルが恋愛にするか現代ドラマにするかは微妙なところだな。
作者:ということで、当時は悩んでいたようです。今はラブコメだよね?
お題:「ソロ〇〇」
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世の中世知辛い。
トウタの勤続七年目の会社はダブルワークを推奨してくる。むしろ就業時間をどんどん削られ定時退社を促される始末。残業代で稼いでいたので、給料はほぼ半分カットされたようなものだ。
おかげで、友人の会社を手伝うことになった。小さなイベント会社の社長をしている同じ年の友人にこき使われるのも微妙なところだが、29歳にしてアルバイト。そのアルバイトは簡単に言えば、モデルだ。
大学時代そこそこモテた経験を活かし、せっせと励む。日給は2万円ほど。
友人曰く、正規のモデルよりも融通が利いて安上がりとのこと。
撮影ならば時間給で割ればわりと美味しい仕事だが、プライベートな依頼となると少し割に合わない。
プライベートな依頼とはつまり恋人役をしてデートをしたりすることだ。
友人の会社のイベント企画は、今はお一人様をターゲットにしているものが多い。
ソロキャンプを提供したり、ソロ活女子を応援している。
そんなソロを希望しているわりにスタッフにはイケメンを求められる。サポートには見目の良い男が必要らしい。
そしてその最たるものがソロウェディングだ。
結婚する予定はないが、自分が一番輝かしい時期に写真に撮って残しておきたいとのこと。なるほどなと思うが相手役を必要とするのはどうなのだろう。
写真くらいは理想の男性と一緒に写りたいとか思うのだろうか。
ただ、この花婿役がちょいちょい入ってくるのだ。顔が整っていて優しそうな人が相手役がいいとご指名を受ける。ちょうどいい美形というわけだ。
仕事は仕事と割りきってこなしていたある日、ふと見知った名前を聞いた。
「山口アリサ?」
会社の同僚と同じ名前だなと思って、友人を見やれば彼はなんとも複雑な顔をしていた。
「あ、やっぱり知り合いだった? 勤務先の会社がお前と一緒だったからさ。もしかしたらと思ったんだけど。花婿役はやめとくか」
「まてまて待てっ。山口アリサ? 俺と同じ会社の?!」
「申込書にはそう書いてあるけど。なんだよ、訳ありか」
「いや、単なる同僚だが」
「同僚に対する反応じゃないが」
「そりゃ、普通の同僚じゃないからな」
山口アリサは山口花子と影で呼ばれている能面女子だ。無表情で冷静沈着。仕事を淡々とこなす猛者である。
同僚ではあるが会話は必要最低限で、冗談どころか仕事に関係ない話すら言ったことはない。というか笑っている顔を見たことがない。常に氷河期の氷のようなツンドラ対応で周囲の人間を氷づかせているのだが。
もちろん浮いた話の一つも聞いたことがない。
そんな彼女がソロウェディングで花婿を希望とか天変地異の前触れか?!
「俺がやる」
「え?」
「花婿役は、俺がやるからな!」
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「え、野瀬さん?」
「あれ、奇遇だね。今日の相手役は山口さんだったのか」
約束の日に撮影する教会にやってくると、アリサは先に待っていた。
もちろんウェディングドレスに身を包んで。当然だが、会社での雰囲気とは全く異なる。自分もタキシードを着て準備は万端だ。
相変わらず能面だが、いつもよりも彼女の表情は硬い、ような気がする。
「どうして、ここに…」
「アルバイトしてるんだ。会社がタブルワークを推奨しているだろ」
「通常業務だけで手一杯なのでは?」
「残業もなくなったし、前ほど忙しくはないよね」
「そうですか」
納得していないような顔をしながらも、アリサは黙った。
「相手役が顔見知りになってしまって気まずいかな。今から違う相手を呼ぶと日を改めるけど」
「あ、いえ。大丈夫です」
トウタの方はわかっていて立候補したのだが、白々しく切り出してみればアリサは仕事の返事をするみたいに即答する。データ入力も書類整理もややこしい電話対応も彼女は即答で大丈夫だと答えるのだ。そんなところは会社と変わらない。
非現実的な恰好をしていても、いつもの様子になぜか安堵を覚えた。
なぜ、自分はほっとしたのか。
「じゃあ今日はよろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
突然のことに混乱しているだろうに、きちんと頭を下げるアリサにトウタは苦笑した。律儀なところも会社と同じだ。
「どうしてソロウェディングしてみようと思ったのって聞いてもいいのかな?」
「……私の田舎、若い人が少ないので実家から結婚して帰って来いってよく言われるんです。だから結婚したって報告しようと思って。写真さえ送っておけば、あとはなんとか誤魔化せるかなって」
「へえ?」
「というか、ちょっと常識がなくて。田舎の若者をこっちに押し付けてくるので、困っていて」
「え、どういうこと」
彼女の話をよくよく聞けば、実家というのが地元の名士で、若者を都会で学ばせるという目的でアリサの家に婚約者として送り付けてくるのだという。
「さすがに十人を超えて、この前なんて十九の高校卒業したばかりの子とかを押し付けてきたのでもう我慢の限界になりまして」
彼女は淡々と仕事を処理するかのように話しているが、僅かに肩が震えていた。
それは怒りというよりも怯えのように思えた。
もしかして襲われたりしたのだろうか。
なんて親だ。娘の相手を送り付けてきて何かあったらどうするのだ。
言いようのない怒りを覚えて、トウタはむっとしたままアリサを見つめた。
「俺と結婚しようか」
「え?」
「このイベント、婚姻届けも用意してあるから。記入してこのまま出しに行こう」
「え、え?」
「俺と結婚とか無理?」
「え、いえ。無理とかでなく…」
「無理じゃないなら、いいだろう。すまない、社長を呼んできてくれるか」
近くにいた撮影スタッフに声をかければ、彼は慌てて友人を呼んできてくれた。
「なんだよ、何かトラブルか」
「婚姻届け一枚もらうぞ。それとリムジン用意してあるよな、近くの役所まで送ってくれ」
「え、リムジンを役所に乗り付けるの。派手だねぇ」
「無駄口叩いてないで、さっさと手配しろよ。山口さんもこれ記入して」
近くに置いてあった小道具の婚姻届けに記入して、いつもよりも表情の動いているアリサに押し付ける。
「ここと、ここと、ここね」
「あ、はい」
命じれば、彼女は手を動かして記入していく。混乱しているうちに丸め込むのが大事かもしれない。
「よし、ハンコは後で押すとして。出しに行くか」
「せっかく衣装も着ているんだから、このまま写真撮っていけよ。特別に社員割引で売ってやるから。ご祝儀変わりだな」
「金はとるのかよ」
「当たり前だろ。スタッフに給料払わなきゃ俺が怒られるじゃないか。ほら、撮影開始するぞ~」
間延びした友人の声を聞きながら、アリサの手をとる。彼女の左手の薬指には同じく小道具の結婚指輪が輝いている。もちろん、トウタの左手の薬指にも同じデザインの指輪がはまっている。
「今は借り物の結婚指輪だけど。今日、本物を買いに行こうな」
そのまま指先に口づけて彼女の顔を覗きこめば、真っ赤な顔をして口をはくはく開閉しているアリサがいた。
なんだ、俺の嫁ってばめちゃくちゃ可愛いじゃないか。
トウタは満足げに微笑むのだった。
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