家族の形、愛のカタチ
ジャンル:恋愛
キャッチコピー:父親から恋人とばして夫になりたい――
紹介文:
今日はアイネの18歳の誕生日だ。目の前には誕生日ケーキを挟んで大好きな父がいる。 彼は父だけれど、叔父にあたる人だ。 一度は告白して振られてしまった。 それでもずっと秘めた想いを抱えたまま今日を迎える。 果たして想いを伝えられる5分後の奇跡は起こるのだろうか。
作者:あれ、これもKACじゃなかったか……
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「お前が産まれたのは、台風の日だったんだよ」
父は、ろうそくが揺れる誕生日ケーキの前でいつも静かに語る。
分譲マンションの3LDKのダイニングルームで、ケーキを挟んで二人向かい合って座っている。部屋の電気は消しているので、唯一の灯りがろうそくだけだ。
スクエアのフレームは灰色だが、縁から耳にかけてのエッジは徐々に色が濃くなり深い青になる。スタイリッシュなデザイナーズブランドの眼鏡のレンズに映る炎を眺めながら、アイネは黙ってその話を聞く。
「姉さんを車に乗せて病院に向かうけれど、前が見えなくて。ワイパーを動かしてもバケツの水をぶちまけたようにウィンドに叩きつけられるんだ。前を行く車のテールランプだけが唯一、道幅がわかる手がかりだったな」
目の前の父は、本当は叔父だ。
アイネの実母の弟だ。だが、出産時に多量出血による心配停止で亡くなってしまったので母の顔は写真で覚えた。実父のことは母が誰にも話さなかったようで、叔父も知らないらしく顔も見たことがない。
それでもアイネは悲しくも寂しくもなかった。
叔父は、父として兄としてアイネに惜しみない愛情を注いでくれたから。
「免許を取り立てて、二人分の命を預かっていると思うだけで手が震えたものだよ」
当時の父は18歳で、大学1年生だった。
姉と二人だけの暮らしが、突然赤子との二人暮らしに変わったのだ。
戸惑いもあっただろうし、大変だったと思う。バイトと勉強の傍ら、家事と育児だ。
近所にいた二人の幼馴染みの弁当屋をやっているトオルの手助けがなければ、父もアイネもあっさりと儚くなっていたに違いない。
「病院について、車椅子に乗せた姉さんを助産師さんに預けて、待合室のソファに座り込んだら本当にしばらく動けなかったんだ。しばらくそこに座っていたら19時34分———、君の声が聞こえた」
今は19時25分だ。
毎年、19時34分にろうそくの火を吹き消す。
それが藤間家の誕生日の祝い方だ。
そのために長くて燃えにくいろうそくを用意している。ろうそくの種類がいろいろあって単純に燃えるという行為にいろいろと付加価値がつけられるところが面白いと思う。
ろうそくの火がいろいろな色になるもの、花の形をしたもの、文字をかたどったもの、スリムなもの、長いもの。
アイネの誕生日は母の命日でもある。
だから朝は母の墓参りに行って、夜に自分の誕生日を祝うのだ。
だから、ろうそくはシンプルな白いろうそくだ。
真っ白な生クリームのケーキに誕生日おめでとうと書かれたクッキーできたプレートをのせて、両脇に真っ赤なイチゴを飾っているけれど、ろうそくの色は白。
「1歳には熱性けいれんを起こして夜中に救急車で運ばれて、2歳には滑り台から落ちて救急車で運ばれた。3歳は救急車はなかったけれど、中学生の自転車の前に飛び出して轢かれそうになって。ほんとうにこんなに大きくなったなんて信じられないな」
4歳の時はお店の階段の真上から転がり落ちて、救急車の騒ぎはなかったけれど父はとても心配してくれた。
5歳の時は幼稚園で皆勤賞を貰って、大泣きした父だ。
6歳、7歳、8歳と大きくなっていく姿を語る父に、アイネはなんとも言えない。
恥ずかしいような気もするし、申し訳ない気持ちにもなる。
ベッドにもぐりこんで、くるまりたいけれど、父の話を聞いてもいたい。
「15歳で告白されたって聞いたときには、本当にびっくりしたな。アイネに恋人ができるとか考えたこともなかったから、天地がさかさまになるってきっとああいうことを言うんだろうなぁ」
15歳で同級生に告白された。同じクラスで同じ委員をやっていた男の子だ。まったく何も感じなくて、思わずトオルに相談してしまった。
秘密にしてほしいとあれほど頼んだにも関わらず、トオルはあっさりと父にばらしてしまった。ある日学校から帰ってくると父が思いつめた顔をしてアイネに縋りついてきた。彼氏ができたら絶対に自分に教えないでほしい、と。
だからアイネはそれは難しいと答えてしまった。
「まさか君から告白されるなんて思わなかったよ。それで、俺の世界はもう一度ひっくり返ったんだ」
当時を思い出して父は困ったように笑った。
あの時も困ったように笑っていた。
アイネは子供で、自分は保護者だから、と。
他人から思いを告げられて、自分の感情に気が付いた。
好きな人はずっと目の前の男だけ。
父だけだ。
けれど彼を困らせることはしたくない。だから、たった一度だけ告げて、断られたからもう二度と口にしなかった。
思いは変わらないけれど、ずっと深く重たくなってしまったけれど。
「でももう今年は18歳だから。女の子は18歳で結婚できるんだって知っていたか」
もちろん知っている。
そして自分の誕生日プレゼントに父が何を用意しているのかも。
もちろん、別のプレゼントもきちんと用意されている。
父は隠し事が下手だから。
驚かせるつもりなら、本人に欲しいものを堂々ときいてくる時点でアウトだと思う。買ってくれるんだなって簡単に気づける。
今年は夏に出たばかりの好きなショップのワンピースだ。
一緒に買い物に行って、あれが欲しいと言えばすぐに買ってくれる父が、困ったように視線を動かして今度にしないかと提案してくるのだから。その後、急に別行動しようなんて言い出すから。
笑いをかみ殺しながら、気づかないふりをするのもなかなか難しいのだが。
今年もなんとか父を欺けたらしい。
「だから今年はこんなのを用意したんだ。えっと本当はすごく恥ずかしいんだが。だって独りよがりもいいところだろう。いい年したオジサンが、浮かれてこんなの用意してるだなんてさ。相手の気持ちもわからないっていうのに…」
照れながらテーブルに置かれたのは、一枚の紙きれだ。
真っ白な用紙に、緑の文字で婚姻届けと書いてある。
「以外に簡単に貰えるんだ。だから、まあそんな重くは考えないでほしいんだが。俺は家族との縁が薄いから、いろいろと寂しかったんだ。だから、お前に同じ思いをさせたくなくて、アイネが大きくなるまでは保護者でいたかった。姉の墓前にも誓ったんだ。しっかりお前を育てていくって。だけどお前が大きくなって誰かと一緒に別の家族を作っていくことは我慢できなかったんだ……」
泣きそうになりながら、父は必死で言葉を紡ぐ。
「だから、俺と家族にならないか。今も家族だけど、結婚して俺をお前の夫にしてほしいんだ」
父だった。兄だった。そして恋人をすっとばして夫になりたいらしい。
順番がおかしい。
だけど、アイネは嬉しかった。
本当に本当に嬉しかった。
ずっと家族でいたいと思っていた。
ずっと傍で寄り添って、外では鬼係長をしているらしい父の意外に涙脆いところを眺めていたかった。
困っていたら助けてあげたし、寄り添って大きな背中を支えてあげたかった。
抱きしめて一緒のベッドで眠って朝を迎えてみたかった。真っ黒な少し硬い髪を優しく撫でて、頭のてっぺんにキスをする。ちょっと前に見たドラマで年上の恋人を甘やかしていた女優さんのように振舞ってみたかった。
もしかしたら同じ会社に就職して、父の下で部下としてバリバリ働いていた未来があったかもしれないのに。
ああ、でも今は。
この気持ちが届けばいいのに、とただそれだけを願う。
貴方の目の前に自分がいることを伝えられればいいのに。
ずっと変わらずに愛している。婚姻届けに記入することに躊躇う気持ちが微塵もないことを教えたい。
今日は自分が産まれた誕生日で、今は18年前に自分が産まれた時間の5分前だ。
奇跡が起こるとしたら、きっと自分が産まれた19時34分だ。
「そう、お前に告げるはずだったんだ…っ!」
アイネは男の慟哭を聞きながら、ぐしゃりと握りつぶされる愛のカタチの音を聞いた。ただ静かに時計を見つめ続けながら。
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