短話・単話

マルコフ。

短編2020

大関さんと小関くん

ジャンル:ラブコメ

キャッチコピー:小さな彼女が尊い――身長差乳児分の恋

紹介文:

身長180センチ以上ある小関ヤスタカは隣の席の身長120センチの大関カナメに恋をした。 身長差は乳児一人ぶん以上。 それにカナメは身長の高い男は怖くてキライだと聞いた。だから、そっと胸にしまった密やかな恋のはずだった。

作者:あれ、これKACじゃなかったかな?


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小関ヤスタカは体の大きな少年だった。

予定日よりも早く生まれたから未熟児で、小さすぎて保育器に入っていたのよと母はいつも涙ながら語り、どうしてこんなに大きくなったのかしらと困惑しつつ笑い話で締めくくられる。そんな少年だ。

中学生でも身長は180センチ以上あるので学年というより学校一大きな14歳の少年だった。


そんな彼は隣の席の大関カナメという学年一小さな少女に恋をした。

身長120センチ。自分との身長差は60センチ以上と乳児一人ぶんほどの開きがある。ちなみにその乳児の身長は生後一月のヤスタカである。


入学式の日にぶかぶかの制服に身を包んだ少女に一目惚れしたのだ。

小学一年生が間違って中学の入学式に迷い込んできたのかと心配したほど、小さな女の子だった。同じクラスになって、出席番号順に並んでまさかの隣の席になったときには心臓が破裂したかと思うほどの破壊音を聞いた。

実際に自分が生きているのか友人に確認してしまうほどに衝撃を受けた。

真新しい紺色のセーラ服の袖はぶかぶかで、手はしっかりと出ていない。なんなら肩もずれていて、首元が大きくでている。膝下にくるスカート丈もどんなに詰めてもくるぶしに達するほどだ。入学式という格好にしてはやや間抜けな姿に、少しも恥ずかしそうにすることもなく彼女は堂々と背筋を伸ばして座っていた。

その姿に心臓を打ち抜かれた。

あまりの尊さに、人間以上の可能性を見た。神か、いや女神か?!


特注で制服を発注したけれど、それでも大きいのだと友人づてで聞いてもらったときは興奮して鼻血を吹いたほどだ。


卵型の顔の輪郭も、小さな鼻も、びっくりするくらい長いまつげが覆う真ん丸の茶色い瞳も、桜色の唇も。腰の真ん中まである色素の薄いまっすぐの髪も。

少女を彩る全ての要素が尊く、愛おしく、いじらく思えた。

好きだと思ったし、大好きだと思えたし、可愛らしさに悶えた。彼女は人種すら超越している。ああ、尊い。


笑うときの明るい声も、友達の名を呼ぶ柔らかな声も、国語の授業中の余所行きの朗読する声も、驚いたときにぎにゃあっと叫ぶ擬態語にも。


知れば知るほど好きになった。

けれど彼女を眺めているだけで満足だったし、二年生になっても同じクラスになった幸運に、それ以上の幸せを得ることは欲張りだと友人たちに何度も語った。

告白はしない。

好きだと言わない。


なぜなら、彼女の好きな人は身長の低い少年だと知っていたからだ。

とくに身長の高い相手は怖くて嫌だと話しているのを聞いてしまった。

身長差など努力しても、どうにもならない。カナメが頑張って身長を伸ばしてもらえればなんとかなるかもしれないが、両親とも小さいらしい。遺伝に打ち勝つのは難しい、絶望的で。

叶う見込みのない恋だ。

自分が学校一大きな身長を持つかぎり決して叶わない恋だ。


自分の気持ちを押し付けて、彼女を困らせることはしたくない。

ならばこのまま黙って、愛でて拝んでいるだけでいい。

そう思っていたのだが。



「オゼキ夫から一言言ってやってくれよ」


ぎゃははと笑いながら、クラスメイトたちが騒いでいる。昼休みの教室など似たようなざわめきに包まれているが、からかいまじりの声にトイレから戻ったヤスタカは教室に入るなり、騒然としているクラスを一瞥して静かに問いかけた。


「苗字が一緒だから夫婦って呼ぶのヤメロって言ったよな。そもそも俺たち漢字も違うし。鈴木たちのほうがよっぽど夫婦になるだろ」


開口一番に声をかけてきた鈴木少年の名前を呼べば、彼は顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。鈴木なんてクラスに三人いて、なんなら学年に六人もいる。それが全員夫婦だなんて馬鹿げているとせせら笑ったつもりだった。


「鈴木なんて苗字、日本中にたくさんあるだろ! それより、お前の嫁が浮気してるぞっ。これ見ろよ」

「やめてよっ」


泣き出しそうな声で静止の言葉を告げたのはカナメだった。


鈴木少年の前に立って、必死で彼が掲げている手紙のようなものに手を伸ばしている。

ピンク色の薄い紙に数行の文字が書かれていた。

内容は見えないが、カナメの必死な様子に読んではいけないような気がして鈴木に目を向けた。


「近藤の机に入ってたんだ、ラブレターだぞ」

「ラブレター?」


今どきラブレターとは古風なことだと感心したが、相手が近藤と聞いてチリっと胸が焼かれたような痛みが走った。

近藤は鈴木の友達で同じ野球部だ。身長はそれほど高くないが、キャッチャーなのでどちらかといえばがっしりしている。同じクラスでもあるので、周囲を見ればやや離れた場所から困ったような顔をして鈴木を眺めていた。


「オゼキ嫁が近藤が好きだって書いてあるんだぜ。どうするんだよ、嫁が浮気してるぞ」

「だから、違うんだってば」


経緯は分からないが、近藤の机に入っていたカナメの書いた手紙を鈴木が勝手に読んで公開していることは分かった。


大股で鈴木に近寄ると、ヤスタカはぎりっと彼の細い手首を掴む。身長が高いぶん、手の平も大きいのだ。


「今すぐ大関さんに手紙を返してやれ」

「いたたっ、手を放せよっ」

「お前が手紙を返せばすぐに放してやるさ。野球部が手首を痛めたくはないだろう?」


鈴木のポジションはサードだ。夏の予選の始まるこの時期に怪我をしたくないに違いない。


「ちっ、勝手に拾えよ!」


鈴木が手紙を床に投げ捨てた。それをカナメが慌てて拾う。


「なんだよ、嫁の浮気を親切に教えてやっただけだろっ」

「だから、俺が勝手に大関さんを好きなだけで別に付き合ってるわけじゃない…か、ら?」


一瞬、教室が静まり返った。

鈴木がポカンとした間抜け顔を晒している。猿みたいな顔がますます阿呆に映るぞとこっそり思ったが、それよりも自分の不用意な一言に我に返った。


「え、あれ、俺、今の声に出てた?」

「ばっちり聞こえたよ、なぁ大関さん」


友人の桂川が苦笑しつつ、カナメを見やった。誘われるように視線を移せば、真っ赤な顔をした彼女が胸に抱えた手紙を握りしめて震えていた。

ポロっと告白してしまった羞恥より、彼女に迷惑をかけてしまったことに一気に血の気がひいた。


「あー、えーと、ごめんなさい…」

「な、…何に対しての謝罪?」

「いや、俺が告白しても困るだろうと思って…ぶっふ!」


今も震えるほどに困っている彼女の顔を覗き込むように屈めば、顔面に手紙を押し付けられた。

柔かな紙質の薄い紙でも鼻と口を塞がれれば立派な凶器になると理解した。


「な、なに?」

「これ、小関くんに渡すはずだったの!」

「へ?」

「鞄に入れてたはずなのに、落としちゃって…まさか近藤くんの机に入ってるとは思わなかったけど、宛名も書いてなかったから大丈夫かと思って…」

「教室の床の上に落ちてたから拾ったんだよ。宛名は書いてなかったけど差出人はあったし、中身がアレだったから皆の前で返すと大関さんが恥ずかしいかと思って机の引き出しにしまっておいたんだけど、鈴木に見つかってしまって…止められなくてごめん」


近藤が頬を染めてぼそぼそと答えた。体の割には肝の小さい男だ。

だがヤスタカの頭は目の前で震えているカナメに集中していて他のことを考える余地がない。


「え、俺? なんで、俺? 身長高い男は怖くてキライだって…」


ヤスタカの身長が縮んだわけでも、カナメの身長が大きくなったわけでもない。変わらない乳児一人ぶん以上の差は開いたままなのだが。


「小関くんは目線を合わせてくれるでしょ?」

「え?」

「なんだよ、なんだよ…っ、お前ら勝手にやってろよなっ!」


鈴木が顔を真っ赤にして捨て台詞を吐くと、教室を飛びだした。ダダダっと廊下中に走り去る音が響き渡る。


「あー、ごめん。アイツ大関さんが好きだったんだよ…だから、本当に手紙のこととか邪魔したこととか色々ごめんね」


近藤が頭をかきながら、ペコペコと頭を下げた。そのまま教室を出ていく。

それを見送れば、教室内に一気に喧騒が戻った。

ヤスタカとカナメは興奮したようなクラスメイトに囲まれて、口々に激励やら祝福を貰う。

だが、ヤスタカは腑に落ちなかった。なんならモヤモヤとした気持ちに包まれる。

遺伝子に打ち勝つような努力をした覚えはないのだが。


「目線が合うと身長が高くても怖くない?」

「うん」

「そっか」

「そうだよ」


意外に簡単に問題は解決するものだ。

叶わないと思っていた恋だったのに。

ショックを受けた。これまでの懊悩はなんだったのか。だが、知らずにへらと口許が緩む。


「俺、大関さんのぽやっとしてそうで芯の強いとこが好きなんだけど」


ぼんっと音をたてて頬を染めたカナメが上目遣いでヤスタカを見上げた。うーとかあーとか言葉にならないうめき声のような音を発してワタワタしている。

物凄く可愛い生き物だ。


それだけで、満ち足りた幸福な気持ちになるのだから、世界は随分と平和だなと思ってしまう。


やんやと囃し立てるクラスメイトに囲まれて、彼女からの直接告白して貰えるのには、あと5分―――。

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