KAC2021

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ジャンル:現代ドラマ

キャッチコピー:おうち時間何をするか

紹介文:

突然できたおうち時間。 仕事人間の父も看護師の母も大学生の兄もみんな家にいる。 中学生のカイのフラストレーションは一気に高まった。 「とりあえず、リビングから今すぐ皆でていけ!」 居間から追い出したい次男とねばる家族のおうち時間なお話。

お題:「おうち時間」


::::::::::::::::::::::::::::::;:::::::


時刻は平日の朝9時。

ちなみに天気は快晴ですこぶる快適な春爛漫。


だが、新道家のリビング兼ダイニングルームで、中学生のカイは暗澹たる気持ちを抱えて呆然と家族を見つめた。


「なんで、父さん家にいるの?」

「今日は在宅勤務の日だって言ったよな」


ダイニングテーブルについている父は会社員だ。ワーカホリックで休日だって会社に行くような完璧な仕事人間だ。それなのに、スエットの上下でくつろいでコーヒーをすすっている。

カウンターの向こうキッチンに立つ看護師の母が、呆れたようにカイに視線を投げる。変則勤務で家にいることは少ないが、なぜかいつもの部屋着で外出する雰囲気は微塵もない。


「母さんは?」

「勤務が交代になって、休みになったの。明日は早出だから、いないわよ」

「じゃあ兄貴は?」

「休みに決まってるだろ。お前が休みなんだから、俺だって休みでいいだろ」


義務教育の中学生と大学生が同じく休みとかなんだか腑に落ちない。いつも遊びまわって家にいないくせに。なんなら久しぶりに姿を見た気がする。いったい、今日に限ってどうなっているのか。


「じゃあなんでみんな、居間に集まるんだよ?!」

「自分の部屋よりここの方が仕事がはかどる」

「親父と同じ。バカみたいに課題は出たからな。お前だって宿題あるだろう?」


父と兄はテーブルに向かい合わせで座りながらそれぞれのノートパソコンを開いている。

こうなっては母一人を部屋から追い出したところでどうにもならない。


「何もここでやらなくてもいいだろう」

「さっきからなんだ。カイはそんなに居間にいてほしくないのか?」


父が訝しげに眉を寄せれば、兄が面白そうににやりと笑う。


「お前、居間のテレビで一人で楽しみたいんだろう。なんだよ、エロいことか?」

「違う! 兄貴と一緒にするな」

「カイ、何を隠してるの? やましいことがないなら白状なさい」

「いやいや、白状とか言ってる時点で疑ってるだろ! 大体、普段はそれぞれの部屋で好きなことしてるくせに、なんで今日に限って居間でやるんだよ……」

「部屋だとつい他のこともしたくなるんだよなぁ」

「ずっと部屋にいるより、少しでも人と一緒にいたいんだよ。せっかくのおうち時間だろ」

「そうよね。ご飯食べるくらいしかこうやって集まらないものね。普段ならそれぞれの部屋にひきこもってるものねぇ」

「そう言われれば、そうだな。改めて思えばあんまり一緒にいないな。おうち時間っていいものだな」


なんだかアットホームなほのぼのした空気を醸し出す家族に、カイは渇を入れる。


「そんなほのぼのムードは今じゃねぇぇぇぇっ!!!」


腹の底から怒号をあげれば母がビックリしたわと目を瞬かせる。


「急に大声出すなよ。そういえば、カイは今朝からピリピリしてたな。なんかあったのか。悩みごとなら聞くぞ?」

「ぐ…っ」

「朝ご飯少なかったんじゃないの、母さん」

「あら、いつもの卵焼き。卵三つで焼いたのばれた?」


卵焼きにいつも卵を何個使うかなんて自分は知らない。というか、今の論点はそこではない。卵焼きにご飯に味噌汁。サラダと牛乳、うさぎりんごが2切れ。朝ごはんはしっかり食べて、なんならお腹は一杯だ。


「とりあえず、リビングから今すぐ皆でていけ!」

「だから、理由は?」

「……言いたくない」


うつむきつつ、声を絞り出せば母がさっと顔色を変えた。


「嘘でしょ、まさか……」

「え、なんだなんだ。母さん、一体どうしたんだ?」


察しの悪い父は母と自分を見比べて首を傾げている。その向かいで兄がああと手を叩いた。


「お母さんがあれ嫌いなの知ってるでしょ。化学兵器は禁止よ」

「化学兵器って…だから母さんたちがいないときにやりたかったんだよ」

「何も今日やらなくてもいいだろう?」

「見ちゃったんだから仕方ないだろ。やらなきゃ、絶対に後悔するからな!」


涙目で訴えれば、わかったと兄はあっさりと首肯した。


「暖かくなってきたから、活動を開始したか。何時間だって?」

「3時間くらい」

「でもあれって家の中にいちゃダメなんだろ、どうするんだよ」

「庭にいればいいかなって思ってた」

「家族皆で?」

「だから、今日皆が家にいるって知らなかったんだよ」

「なんだかわからんが家にいられないなら、庭にテント出すか。寝袋もあるぞ」


なぜか乗り気になった父が、どこにしまったかなあと母に聞いている。


「いやいや、この春の陽気に寝袋? 暑くない?」

「テントだと四人は狭いだろ。カイの小学校の運動会で使ったきりだから」


兄が面白そうに父に問いかける。

小学生を卒業して早三年。すでに成長期を迎え、体は20センチ以上大きくなっているから確かに小さくなっているだろう。


「じゃあ、お母さんはお弁当でも作るわ。お昼に外で食べましょうか。お父さん、テントは二階の貴方の部屋のクローゼットの中にあるから」

「わかった。簡易テーブルも?」

「それは納屋じゃないかしら。ついでにレジャーシートも出しちゃって。両方探してみてくれる?」

「父さん、仕事じゃないの」

「一時間くらいずらしても大丈夫だよ。会社から連絡の入るケータイはこうして持ってるしな」


母に了解と答えケータイを見せながら父は出ていく。兄はパソコンの電池を確認した。


「3時間くらいならバッテリーもつかな」

「意外に皆乗り気?」

「お母さんは反対よ、基本的に嫌いだから。ハーブも置いてるのになんで出てくるのかしら。カイ、きちんとビニール被せて、掃除もしてよね」

「掃除しなくていいタイプだよ」

「気分の問題よ。お願いだから拭いて」

「はいはい」


二階から下りてきた父が庭にテントを広げた。

簡易テントなので、ポンと投げれば広がるタイプのものだ。

庭の芝生の上にデンと現れた青緑色のテントを見つめて、なんだか懐かしくなる。


「母さん、簡易テーブルがどこにもないけど」

「あるわよ、よく探して。もうサンドイッチくらいしか作れないじゃない」


ぶつぶつ文句をいいつつ庭に向かう母を見送って、カイはよしと気合を入れる。テレビや家電製品にビニールをかける準備をするためだ。


「やるぞ、G退治!」


こうして、新道家のおうち時間は過ぎていく。

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