第3話 鳥籠 ~美人オペレーターと、“良い警官と悪い警官”~

「……良かった。目が、覚めたみたいね。」



 ベットの前に、美少女が座り、兵士の若者の顔を覗き込んでいる。


 若者には、白く清潔な病室の明かりが、ひどくまぶしく感じられた。

 淹れられたばかりのコーヒーと、焼き立てのパンの香りがする。



「一体、ここは、何処なんだ……。あいつらは……。」


 傷だらけで、青あざが体中にある若者は、かすれて絞り出すような声を出した。


「ここは、安全よ。」


 眼の前の椅子に座った美少女は、聖母のような微笑を浮かべた。


「もう、あなたに、ひどいことはさせないわ。私がいる限り、彼らから、守ってあげられる。」


 

「コーヒーは、お好き? お腹が、いているんじゃない?」


 少女は、ベッド横に置かれた机の上を、示した。


「私と一緒に、食事を、しませんか?」


 木製のトレイの上にある、白い食器に、簡単な朝食が盛り付けられている。


 ベーコン・レタス・チーズのサンドイッチと、熱いコーヒーだ。

 久しぶりに飲むコーヒーは、ずいぶんと美味しく感じられる。

 

 出来立てのサンドイッチの歯ごたえが、若者の心を癒す。



 若者は、思わず、目に涙を溜めていた。


 空調の効いた病室で、温かい食事を食べられるなんて。

 

 まともな人間扱いされたのは、何時いつぶりだろうか?

 

 この氷の惑星に、降り立った時は、想像もしなかった。

 

 そして、あの地下室では、死を覚悟していた。

 


 生きている。

 俺は、今、生きているんだ。



 若者は、人目を、はばからず、声を上げて泣いた。

 少女は黙って、若者の背中を、優しく、さすり続けた。


 しばらくして、若者は、落ち着いてきたようだ。



 人を疑っても、仕方がない。

 人を信じなければ、何も先には、進まないのだ。


 そして人は、己が、敵ではないことを、相手に示すため、“雑談”をするのだ。



 兵士の若者は、吐き出すように、食事のお礼を言う。


「……おいしい。非常に、美味しかった。どうも、ありがとう。ごちそうさま。」


「どういたしまして、お粗末様でした。」

 

 美少女は、照れるように、答えた。


 若者と、美少女は、食事について、しばらく雑談した。


 “君が作ったのか?”、“コーヒー豆は、どこの産地?”などと、笑顔で話すことで、お互いの警戒心が、少しずつ和らぐことを感じる。




 コンコン。


 不意に、ノックの音が聞こえ、若者と少女は、病室のドアに目をやる。



「失礼、邪魔するよ。」


 丸眼鏡で、白髪頭の男が、病室のドアを開け入ってきた。

 長い丈のコートを、折りたたんで、手に持っている。


「やあ、久しぶり。 また、君と “話” が、したいなぁ。」



 やれやれ……。

 人は皆、誰かの"期待”通りに、役を演じなければ、ならない時が、あるのだ。



 丸眼鏡の男を見た、若者の顔が、恐怖に引きつる。


「ヒイッ!」


 また、“拷問室”に連れ戻されることを、怯えるかのように、若者は悲鳴を上げた。



「やめて! もう、ひどいことは、しないで!」

 

 美少女が、若者の身をかばうように、白髪の男の前に立ちふさがる。


「ふぅん? その、怪しい男を、かばうのかい?」


「彼は、悪い人じゃあ、ないわ! 早く、出て行って! 今、すぐ!」


 少女は、両手を広げたまま、男に食い下がった。


「そうかい? ……わかったよ。 まぁ、邪魔者は、退散するとしますか。」


 丸眼鏡の男は、あっさりと引き下がると、病室を出て行った。



 若者はベットに、ぐったりと背中をつけて、フゥーと、大きなため息をついた。

 どうやら、“尋問”の続きは、また、今度らしい。



「さっきは、俺を、助けてくれて、ありがとう。」


 美しい少女は、まるで、幸運の女神のようだ。

 少女の後ろから、後光がさしている気がする。


「どういたしまして。 言ったでしょ? あなたは、私が守るって。」


 少女は、軽く胸を張った後、若者に微笑みかける。



「そういえば、自己紹介が、まだ、でしたね。」


 美少女は、若者に、自身の名前を告げる。


「初めまして、私の名前は、“キサラギ”。 貴方の名前は?」

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