第22話 RAN -3- 反抗の示しかた

「ウィーッス」


 次の週の昼下がり、本部連絡用パソコンでプリズン収監者情報を確認していた時だった。クミとカコはキャビネットの整理をしていた。


 アジトのドアを開け、黒のダウンジャケットのフードを頭からすっぽり被った男が突然入って来た。サングラスとマスクで顔は全くわからない。

 鍵をかけ忘れたか、しまった、とその不審者にボクは身構えた。


「だ、誰?」


 ボクは精一杯の勇気を振り絞り、椅子から立ち上がった。


「オレだよ」


 そう言って男はフードを脱いでマスクとサングラスを外した。


 アッキだった。


「アッキ!」


 カコが真っ先に声を上げて走り寄った。ボクとクミも玄関に駆け寄る。


「皆、元気だった?」


 元気だった?じゃないよ。

 いつ以来だろ、ボクたちは久々の再会に肩を叩いて喜びあった。

 突然のことに驚いたのか、カコの瞳には涙が浮かんでいる。


「皆に紹介する。入って来て」


 そう言って振り返ったアッキの後ろから、二人が中に入って来た。

 一人は茶色の皮ジャンにパーカーのフードをすっぽり被り、アッキと同じくサングラスとマスクで顔を隠した男。もう一人はマスクをし、ワインレッドのニット帽を被った金髪の女性。

 アッキが紹介するまでもなく、二人が誰かはすぐにわかった。


「こんにちは」

 そう言ってフードを脱ぎ、マスクとサングラスを外したリコがニコッと笑った。

 すごい、本物のリコだ。想像よりも大きい。


「はじめまして」

 マスクを外してニット帽を脱いだ女性が、ペコリと頭を下げた。


「リコとニイナ。それでこっちがタカシで、クミと、カコ。オレの大切な仲間」

 アッキに紹介され、慌ててボクたちも順番に名乗った。


 アッキを真ん中にして三人並んだ姿は、あのミュージックビデオそのままだ。

 大切な仲間と言ってくれたことは嬉しかったが、アッキの登場に驚く間もなく、このアジトにリコが来るなんて現実だとは思えなかった。


 しばらく呆然としていると、

「中に入れてよ」

 アッキが笑いながら言った言葉に我に返り、「うん、入って」と奥のソファーを手で示した。

「相変わらず殺風景だなあ」と嬉しそうに歩くアッキの後ろを、リコとニイナさんが物珍しげに部屋の中を見ながら続いた。

「アタシ、騎士団アジトってどんなとこか一度見たかったの」

 ニイナさんが弾んだ声でつぶやいた。


「テルやヒロたちは?外出?」

 アッキに聞かれ、ソファーに腰掛けながらテルたち四人が退団したことを説明した。

「えーそうか、そうなんだ。残念だな。じゃあ三人で頑張ってるんだ、やるじゃん」

 アッキは嬉しそうにボクたち三人の顔を見た。


「それで今日はどうしたの?いきなり突然」

「オレさ、リコとバンド始めたんだ」

「知ってるよ!ユーチューブ観たよ!」

「ワタシも!」

「ワタシが見つけたのよ!」

「ホント?」

 アッキがボクたちを順番に見て嬉しそうに目を輝かせた。


「めちゃくちゃカッコいい!」

 赤い目をしたカコが心底嬉しそうに言った。


「ありがとう。だったら話が早い。一度リコとニイナに見て欲しかったんだよ。ここを」

「アッキの原点の場所を見せてくれって頼んだんだ、ボクが」

 リコがそう言ってアッキを見た。

 原点……か。


「こんなとこですけど」

「なんか飲み物買って来ます。何が……」

「ああ、いいって。そんな長居しないから」

 カコを制するようにアッキが手を伸ばす。


「でもアッキ、本当になんでそうなっちゃったの?そのぉ、リコさんと。一年前には想像もできないよ」

「ははは、それはオレが言いたいよ」

 アッキが満面の笑顔を見せた。

「あー、ちょっとしゃべらせてもらってもいいかい」

 リコが割って入るようにボクを見たので、はいと返事をした。


「アッキとの馴れ初めかい?最初は都庁ゲリラライブのことを知ってさ、すごいことやるアマチュアがいるもんだって興味持ったんだ。で、SNSにアップされてた演奏の動画を観てね、ますますアッキに興味が湧いて、それでボクの方から連絡取ったんだよ。今はあれだね、知らない相手でも何とか知り合いをたどっていけばつながるもんだね」


「オレ、最初は成りすましだろうって疑った。だってロスグラのリコがオレと話したがってるって、親戚からメールもらったんだけど、すぐには信じられなかったよ」

 アッキが目を大きく見開いた。


「とにかく電話で散々音楽の話をしたな。なぜ音楽をやるんだ、どんな音楽やりたいんだとか。その後沖縄で合流してからは多分皆も知ってる通りさ。プリズンを脱走して二人で東京を目指したよ。あのカジキ漁船はきつかったな、ハハハ」

「そうそう、すんごい荒波でオレ吐いちゃった」

 アッキが懐かしそうに笑う。


「それでワタシたちと合流したんですよね、議事堂前で。あの時から考えてたんですね、アッキと一緒にやること」

 クミがリコとアッキを交互に見る。

「うん。いや本当のこと言うと、あの時はまだ具体的に何やるかは決めてなかったんだ。とにかくプリズンから逃げ出すことだけで」

「リコから脱走の計画を打ち明けられて、オレは絶対について行くって言ったんだ」

「そう、だけどそのアッキの申し出は正直困ったし迷ったよ。ヘタすりゃアッキの一生を潰しちゃうかもしれないからね。

 だけどさ、こいつ頑固でさあ。一度言い出したら全然聞かないんだよ」

 そう言ってリコがアッキの肩に手を回すと、ヘヘとアッキが自慢げに笑った。


「とにかくボクはアッキに強烈な刺激をもらって、こいつと何かやりたいって思ったんだ。それは本当。

 で、議事堂前であの光景を目の当たりにして、また怒りの感情がフツフツ湧いて、オレたちがやるならやっぱり音楽を通じてだろって思ったんだ。な」

 アッキが嬉しそうに大きくうなずく。


「やるなら真剣にやろうって。ちゃんとバンドって形にして、オリジナル曲創って、世間に届けようぜってなった」

「オレにとっては夢みたいな話じゃん。自分で自分が信じられなかったよ」

 アッキがまぶしそうにリコを見た。

「それでバンドやるには最低あと一人必要だとなって、思い出したのがこのニイナのこと」

 リコがニイナさんを手の平で指し示した。

「ふふふ、まさかリコから連絡くるなんてね」

 ニイナさんがうなづく。


「ニイナは元々、ロスグランデスの追っかけやってたんだよ。フフン、ボクよりドラムのカルロスのファンだけどね。

 あんまりしょっちゅう顔見るもんだから、そのうち話をするようになって、ドラムやってるって言うから一度叩かせてみたんだよ。そしたら、これが結構さまになっててさあ。

 それを思い出してボクから声かけてみたんだ、一緒にやらないかって」

「アタシも驚いた。リコと一緒にバンドできるの!って」

 笑ったニイナさんの顔が一瞬誰かに似ているように思ったが、すぐには思い浮かばなかった。


「ロスグランデスのメンバーはどうしたんですか?」

 疑問に思ったのでリコに聞いてみた。

「メンバー全員今はメヒコに帰ってる。ボクが捕まっちゃったからね。やつらには申し訳ないと思ってるよ」

 そう言ってリコが頭をかいた。


「ところでリコさん、ビデオのしゃべりと違って日本語お上手ですね。スペイン語も全然出ないし」

 クミがはっきりと聞きにくいことを聞いた。ボクもさっきから感じていた。

「ハハハ、あー、ばれた?あれはビジネス用の演出だよ。メヒコで生まれて育ったのは本当だけど、日本語は一通りしゃべれるよ。ヨジジュクゴ?は苦手だけどね。

ちょっとたどたどしい方がカッコいいだろ?」

「へー、そんなもんなんですか」

「そんなもんよ、シー」

 リコがそう言ってウインクしたので皆がドッと笑った。

 ここのところずっと広く感じていたアジトの部屋が、この時は久々賑やかに感じられ、寂しそうにしていたテーブルの上のハチも、嬉しげに尻尾を振っているように見えた。


「リコにさ、曲創ってみろって言われて創ったんだ。それまでも真似事みたいなことはしてたんだけど、真剣にやったことなくって。

 でもコピーばっかりやってるのも正直物足りなかったんだ。それでリコに曲作りのコツを教わって、最初に出来上がったのが『サングレ・ヴィエルネス』だよ。

 リコに敬意を表してスペイン語も勉強中。あの曲は勝利できなかった勝利の金曜日を思いながら作った。自分でも気に入ってる」


「アッキは作詞作曲の才能もすごくあるよ。力を持った言葉が書けるし、独自のメロディラインが書ける。まだ荒削りだけど、洗練されていけばどんどん良くなる。

 こればっかりは経験を積むしかない。これから一体どんな曲を創り出すか、ホント楽しみ。僕はもうそれを引き出してやるプロデュースの役割の方にワクワクしてる」


「三カ月で十曲ぐらい書いたんだ。完成度高めて順番に発表していく。ほら、兄貴たちはプリズンに入ったままだから。オレは兄貴たちの分も音楽で頑張るんだ」


「アタシはリコやアッキの姿勢に大いに賛同したの。音楽の力で抵抗を示し続けるってこと。アタシも国に対して思うところがあるから」

 ニイナさんもきっぱりと決意を述べた。


「そう、ニイナが今言ったこと。それ、大事。間違ってることに対して、口をつぐんじゃいけない。見て見ぬふりをしちゃいけない。長いものに巻かれちゃいけないんだ。

 ボクはアッキのゲリラライブを知ってそのことを思い出した。反抗、抵抗の姿勢を示し続けないといけないんだよ。ボクはそれをやりたい。やり続けたいんだ」

 リコの言葉は力強く、これだけ間近で聞かされると心にズンズン刺さってくる。


「東京レジスタンスは壊滅的になってるんだろ。あれだけ幹部たちを持っていかれちゃ仕方ない。でも諦めないで欲しいんだ。騎士団に今できることをやり続けて欲しい。だってオレが入ったヒカリの騎士団だから」

 そうだ。アッキが十二歳の誕生日に真っ先に入団し、ボクたちがそれに続いた。

「アッキ、OBだもんね」

 カコがぽつり、口をはさんだ。

「違う違う、カコ、違うよ。オレはまだOBになんかなっていない。だってオレの退団届はまだ団長預かりのはずだもん。受理したって聞いてないし。だからオレは今でもヒカリの騎士団の一員のつもりだよ」


 アッキはそう思ってくれていたのか。嬉しくてクミと顔を見合わせた。

 カコが泣き出しそうになって、クミが黙って肩を抱き寄せた。


「アッキ、今もロス・カバイェロス・デ・ブリーリョの一員、それいいね」

 ヒカリの騎士団のスペイン語訳?

 リコの発音がよく聞き取れなかったけど、カッコいいな。


「アッキ、皆で一枚写真撮ってもいい?」

「あー、いいけど絶対拡散しないでくれる?オレとリコはほら、お尋ね者だから。居場所を特定されたらマズイ」

「うん、絶対守る。ボクたち三人だけ……いや、アッキ、テルやヒロたちには送ってもいいかな?喜ぶと思うんだ」

「えー、そうだな……騎士団メンバーならいいか。うーん、わかった。いいよ。必ず拡散禁止って伝えてね。ねえリコ、いいだろ?」

「うーん……シー、問題ない。ダイジョブ」

 しばらく考えてリコがOKしてくれた。


 ボクのスマホで六人を自撮りした。

 リコは用心のためかサングラスをかけたが、六人が笑顔のすごくいい写真だ。


「アッキ、ちょっといい?」

 カコがアッキの腕を掴み、部屋の隅に連れていった。二人でしばらく会話を交わし、リュックから何かを取り出してアッキに手渡している。


「貴方たちがタカシくんとクミちゃんね。なるほどー、聞いてた通り、お似合いね」

 ニイナさんがボクとクミを交互に見て微笑んだ。

 クミは驚いて真っ赤になって視線をそらした。ボクはえ?と言ったきり何も言えなかった。でも聞いたって、一体誰に何を?


アッキがなんか言ったか?

いや、アッキはそんなこと言わないか……

じゃ、誰?誰だろ?


「ラブソングも一曲書かせてみないとな」

 カコと話し込むアッキに目をやったリコがニヤリと笑った。

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