第23話 八人の騎士団 -1- 写真の波紋

「明日放課後、四人で集まらないか?」


 昨夜、ヒロがラインではなく珍しく電話で呼びかけて、二年A組のヒロの教室に四人が集まった。

 ヒロ、テル、メグ、ハナらは騎士団を辞めて以降、それまでアジトでの空き時間を利用したオンライン授業ではなく、通常の学校通学に戻っていた。


「昨日タカシから写真が来ただろ?」

 ヒロが口を開く。

「ああ来たよ」

「うん、来た、来た」

「アッキたちとのね。もう、びっくりしたわよ」


 ヒロは家業の和菓子屋の手伝いに精を出していた。十二月は正月の鏡餅などの準備があって忙しい。

 曾祖父の代から続く店舗は長年の地元利用客も多く繁盛し、今は後を継いだヒロの父親が母親と共に切り盛りしている。

 口数が少なく職人気質の父と、明るく人当たりの良い母だった。

 ヒロには姉と妹がいたが、ヒロ自身が将来店を継ぐかどうかはまだ何も決めていない。

 また父親もそのことについては何も言わなかった。


「で、皆どう思った?」

「どう思ったって?」

 テルがヒロに聞き返す。

「アッキのことだよ」

「そりゃ、カッコいいよ。あのリコと一緒なんだぜ。信じらんない」

 ヒロは口を尖らせたテルの顔色をうかがう。

「まさかバンド組んでやるなんてね」

「そう、ワタシもミュージックビデオ観て、びっくりした」

 メグとハナが答えた。


「オレ、実はギター買って今練習してるんだ。家の手伝いで貯めた金で買ったから、一 番安いやつだけど」

 ヒロの言葉にテルが黙り込んだ。

「へー知らなかった。すごーい」

 ハナが小さく拍手する手つきをした。

「アッキみたいになろうと思ってんのか?」

 テルがやけに真面目な顔でヒロを見た。

「いやー、ギターはコード覚えるの難しいよ。C、D、GにEマイナーはマスターしたけど、今Fで苦戦中」


 ヒロは騎士団を辞めて普通の中学生活に戻ってから、そろそろ高校受験のことや将来について考え始めていた。

 長男であることを考えると、自分がいずれ家業を継ぐのかと、ぼんやりと頭の中にはあったが、今はまだ真剣に考える気持ちにはなれずにいた。


「アッキ、小学校の時から決めてたよな」

「あー、真夏の大ジャンプな」

「違うよ、ジャンプはオレ」

「はあ?」

「真夏の大冒険だよ」

 ヒロがテルと顔を見合わす。

「そっか、そっか。ジャンプじゃなくて大冒険な」

「え?なになに?」

「なにそれ?」

 女子二人が問う。

「そういうのがあったんだよ」

「そう、オレたちだけの秘密」

 ヒロが少し照れたような顔をした。

「はは、まあ秘密ってほどでもないけど、冒険しに行ったんだよ」

「小五の夏な」

「そう小五の夏。ヒョウタン池。そん時オレはトラウマをひとつ克服したんだ」

「そうだったなあ、ヒロ決死の大ジャンプな」

「うん。その後にアッキが将来ミュージシャンになるって宣言したんだよ」

「言った、言った。そんで、本当になりやがった」

 テルが笑みを浮かべて、キッと口を結んだ。


「アッキ、そんなこと言ってたの?」

「五年生で?すごーい」

 メグとハナが初めて聞く話に目を丸くする。

 ヒロがギターを始めた理由は、アッキの影響があったのだろう。

 自分にはまだ見えていない人生の道を、先に一歩踏み出した仲間の姿を写真で見て、ヒロは三人に電話をかけずにいられなかった。


 ハナはそんなヒロのことを気にかけていた。

 十二月は家の手伝いで忙しいヒロを気遣って、ラインのやり取りも自分からはなるべく我慢した。

 夜に時々届くヒロからの短いラインに、「一月になったらいっぱいしゃべろう」と自分に言い聞かせ、短い返事だけを素早く返していた。


 ハナは五年生の二学期に引っ越してきたが、仲の良い二組の雰囲気にすぐに溶け込んだ。

 ハナの父親は飲料メーカーの営業職で転勤が多く、ハナにとっては三つ目の小学校だった。だから友達と呼べるような存在を作れたのはこの五年二組が初めてで、特に騎士団メンバーはハナにとって大切な存在だった。


 中でも家の方向が一緒だったヒロとは、登下校などで会話の機会が増えていった。

「クミたち、どうしてるかなぁ」

「どうしてるんだろうな」

「時々、ラインはしてるんだけど、しばらく顔見てないの」

「うん、オレもタカシとは会ってない」

 中学校の通学とアジトのある新宿との行き帰りとでは、なかなか顔を合わせるタイミングが合わなかった。


「年が明けたら三者面談でしょ」

「うん、憂うつだー」

「進路、決めた?」

「全然」

「そうよねぇ」

「ハナは?将来何になりたいんだ?」

「えー?何だろうね。お嫁さんがいいな」

「お嫁さん?って進路か?」

「うん?さあ。でも誰かを支えるとか、いいなあって。うちのママ見てて思ってるの」

「ふーん、そうなんだ……」

 そう言ったきりのヒロの横顔をハナは黙って見ていた。

「じゃあな、今日も忙しいんだ」

「うん、お手伝い頑張って!バイバイ!」

「おう」

 つい先日も、ハナはヒロとそんな会話をしたばかりだった。

 将来のことはまだ何も決めれずにいたが、ヒロと同じ高校に行きたいなと考えていた。

 ヒロと別れた後、塾通いを始めたばかりのメグとすれ違った。


 一人っ子のメグは父親が厳しく、騎士団に入る時も最後まで反対されたが、祖母の粘り強い仲立ちで何とか許してもらえた。

 両親はメグが小学校二年の時に離婚し、父方の祖母との三人暮らしだった。


 メグが中学に入った頃から、服装や生活に関する制約も多くなり、勝利の金曜日が大惨敗となって東京レジスタンスが一気に弱体化した時、真っ先に娘を退団させようとしたのもメグの父親だった。

 そんな父親に対する反発は、メグの中で歳を重ねる毎に大きくなり、最近はあまり会話していない。

 幼い頃は大好きだった父親が、今は自分から自由を奪うだけの存在に変わりつつあることが、メグは悲しかった。

 祖母は強い味方になってくれるものの、今も離婚した母親の悪口を言うところがイヤだった。


 しかしそんな自分の悩みや愚痴を、騎士団メンバーに話したことは一度もない。

 誰だって多かれ少なかれ似たような悩みを持っていると考えていたし、家庭の話をするのはあまり気が進まなかった。

 一人っ子同士で通じ合うものがあるのか、テルとは小学校から仲が良かったが、あの勝利の金曜日に互いに禁句を告白し合ってからは、騎士団の中で二人の仲は公然の事実になった。


「明日、テルんち、寄ってもいい?」

「いいけど、塾行きだしたんだろ?」

「明日はないの。月水金だけだから」

「ふーん。どんな先生?男?女?」

「男の人、大学生よ。理系の銀縁メガネ。神経質そうで、とっつきにくい感じ」

「ふーん」

「なに?心配してんの?大切なワタシが取られるんじゃないかって?」

「バーカ、心配なんかしてないよ」

「〝心配です〟って顔に書いてるよ」

 メグがテルの顔を覗きこんだ。

「痛っーい!またお尻蹴ったなー!DV男!」

「へっへー」


 逃げるテルを走って追いかける。

 こうやってテルとじゃれあっている時間が、家庭の微妙な空気の中で過ごす時間よりも、メグには何より居心地が良かった。

 いつも強がっているテルが実は繊細で寂しがり屋なことを、メグはちゃんとわかっていた。


 一人っ子のテルは負けず嫌いだが飽きっぽい性格でもあった。

 空手道場や英会話教室などに誰よりも早く通い始めたが、どれも長続きしなかった。今はバス釣りのルアー集めに夢中になっている。

 メグとは小さな衝突がしょっちゅうあるが、そこがまた二人にしかわからない安心感のようなものを生んでいるようだった。


 テルはメグが父親から騎士団を辞めろと言われていることを知り、四人の中で真っ先に「辞める」と切り出した。

 さすがに悩んだ末の行動だったが、テル自身レジスタンスの将来に不安を抱いたのも事実だったし、それ以上にメグの悩む姿を見ていられなかった。

 だから今も活動を続けているタカシら三人のことや、自分の道を堂々と歩み始めたアッキのことを知り、内心複雑な気持ちに揺れていた。


「ヒロ、わざわざオレたち呼び出した理由は何?」

「え?あー、タカシが送ってきた写真見て、単純に皆と話したくなったというか」

 困ったような顔をしたヒロが頭をかく。

「ワタシもおんなじ。三人の顔が浮かんだわ」

「ワタシもよ。三人のこと考えてた」

 ハナの言葉にメグがうなずいた。

「タカシたち、今どんな活動してんの?」

「隠れ部屋の支援とか。でも前ほど件数は無いって」

「それは、違反したら逃げられないってこと?」

「だろうな。中学の校庭にもマシン入ってくるもんな」

「くそー、赤鬼めー、腹立つなあ」

「うちの親戚のお姉ちゃんが先週捕まっちゃったの。プリズン、四か月……」

「うちのマンションの新婚夫婦も捕まったって、ママが言ってたわ」


 四人は久々に顔を合わせたものの、持って行き場のない気持ちを共有しただけで解散になった。


「ヒロ、ギターどこで買った?」

 教室から出て廊下を歩きながら、テルが振り向いた。

「駅前の楽器屋」

「あー、赤レンガの喫茶店の隣?」

「そうそう。親切な店員の兄ちゃんがいて、色々教えてくれたよ」

「ふーん、一回行ってみよかな」

 テルがぶっきらぼうにつぶやく。

「オレたちもミュージシャン目指すか?」

 ヒロが半分冗談、半分本気でテルに投げ返す。

「そんなんじゃないよ。そんなんじゃないけど、何かやらないと落ち着かないんだ」


 傾き始めた冬の西陽が差し込む廊下を、四人無言で足早に歩く。

 テルの言葉に誰も何も返さなかったのは、自分にもその気持ちがよくわかったから。

 言いようのない、どう扱ったらいいかわからないモヤモヤを持て余していたから。


 タカシが送った一枚の写真が、四人に小さな波紋を生んでいた。

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