第21話 RAN -2- 戦いの〝乱〟
カコがユーチューブで見つけた一本のミュージックビデオ。
画像状態は決して良くはなく、狭いスタジオらしき場所で撮影されたものだ。カメラも固定の一台きりで、凝った編集などもされていない。
驚いたというか、ああやっぱりそうきたかというか、その三人バンドを見てボクは心から勇気づけられた。
センターマイクの前に立つのは、真っ白なランダムスターを肩から下げた我らがアッキ。
意外にも一歩下がった位置でベースを弾くのがリコ。そしてドラムは初めて見る女性ドラマーだった。
三人お揃いの黒Tシャツの胸には赤い字で「RAN」とある。
アッキは髪が随分と伸び、表情は晴れやかだ。その目が輝いている。
リコも心底音楽を楽しんでいる顔つきで、時々アッキを見る目が優しい。
女性ドラマーは金髪のストレートヘアだが、顔つきから見て日本人のようだ。
タイトルテロップで「サングレ・ヴィエルネス Bloody Friday」と出た一曲が終わった。
戦場に倒れた兵士の不屈の闘志を唄った、扇情的でパワフルな曲だった。
映像が切り替わり、カメラの前に立ったリコが話し出す。
「オラ・アミーゴ!タント・ティエンポ!
お久しぶりです、皆さん!リコです!
コモ・エスタス?お元気でしたか?」
カメラ目線で語りかけてくる。
「えーこういう形で音楽配信を始めました。
あの九月の勝利の金曜日、皆さんの前からリコ姿消した。ご心配おかけしました。
ロシエントー、ゴメンなさーい。
戻って来ました。リコが戻って来ました。
この若き相棒たちと共にリコが戻って来ました!オラ・バモス!アッキさん、こっちドウゾ!」
リコに呼ばれてアッキが画面右から現れ、二人並んで立った。
「ブエナス・ノーチェス!皆さん、こんにちは!」
アッキが右手を上げた。堂々としたものだ。
「ヘイ、アッキさん、それ、コンバンワですよ。スペイン語大丈夫ですか?まだちょっと怪しいですね」
「いま、絶賛勉強中です!」
アッキが一瞬しまったという表情を見せ苦笑いした。
「ケ・ビエン!素晴らしい!アッキさん勉強ガンバッテ」
リコが満面の笑みでアッキの肩を優しく叩いた。
「えーリコは最初、アッキの存在を知ってびっくりしたよ。そして音楽を始めた頃の気持ちを思い出した。そして是非是非、一緒に音楽やりたいと考えたんだ。
そして今こうして一緒にいます。アッキのことを知れば知るほど、その才能に惚れ、そ……んだ?いや、惚れ、こんだ?日本語あってますか?ハポネス、難しいです。
アッキ、ちょっとしゃべって」
リコに促されてアッキがマイクの前に立つ。
「えー、リコとこのバンドを始めました。
もう一人、ドラムを紹介します。
ヘイ、ニイナ!」
「ニイナです!オーラー!イェーイ!」
画面右から現れた女性ドラマーがスティックを持つ右手を掲げた。年齢は二十代前半だろうか。端正な顔立ちでカッコいい。
「バンドの名前はオレたち三人の頭文字を取ってRANと名付けました。RANは漢字にすると乱れるという字の〝乱〟にもなって、その字の意味を教えたら、リコがえらく気に入っちゃって」
アッキが嬉しそうにリコを見る。
「そうそう、それよ。それ。〝ラン〟って戦争って意味なんでしょ。オーニンノ?ラン?だっけ?ハポンには古い有名な戦争があったんでしょ?
アモール・イ・パス、アイとヘイワ。国と国との戦争は絶対ダメだけど、オレたちは今まさしく国と戦争してるからピッタリ。
アッキのAを真ん中にしてリコとニイナが挟んでるのもいい。アッキが名付けたいい名前。RAN!ムイ・ビエン」
リコが親指を立てた。
「これからこういう形でオレたちの音楽を配信していきます。
皆さーん、ジュ・ン・ビはいいですね?
エスタ・リスト?!では!!」
リコがカメラを覗きこんだ後、三人で人差し指と小指を立てたハンドサインを突きだし、「アスタルエゴ!チャーオ!」で映像は終わった。
配信三日で既に再生回数は百万回を超え、週間ヒットチャートの上位に踊り出ていた。
またリコの意味ありげな台詞「準備はいいですね?」、この言葉の意味も様々な憶測を呼んでいた。
カコに教えられて、もう何回観ただろう。既に何度も繰り返し観ていたが、その日もアジトでまた三人で眺めていた。
「アッキ、すごい」
「うん、すごいね」
「あのリコと一緒にやるなんて信じられない」
「ホントだね」
「嬉しいけど、アッキちょっと遠くに行っちゃった感じ」
「……」
クミの言葉にカコが黙り込んだ。
「あ、カコ、ごめん」
「うううん、大丈夫。ワタシ応援する」
「そうだね。皆で応援しよう」
「当然だよ」
「……」
カコが遠くを見るような目つきで黙り込んだ。ボクもクミが言った通りアッキがどんどん遠くに行くような気持ちだ。
仲間がそうなっていくのは嬉しい反面、どこか寂しさもある。正直、複雑な気持ちだ。
「昔さあ、小学校の頃さ、女子たちよく教室の隅に集まってなんかキャッキャやってただろ?一位誰?とか」
へんな沈黙が続きそうだったので話題を変えようと、頭の隅にあったことが口をついて出てしまった。クミの「イチイ、アッキ」の言葉がずっと引っかかって消えずにある。
「イチイダレ?なにそれ?そんなのやってた?」
「あー、あれかなあ。クミ、あれじゃない?」
カコがクミの顔を見た。
「あれ、って?」
「順位発表よ」
「順位発表?……って、あーあーあれかあ、あれねえ」
「そう、それ」
「やってたやってた。ふふ、懐かしい」
二人が嬉しそうだ。
「なに、タカシ、それ盗み聞きしてたわけ?」
「いやいやいや、聞こうとしたわけじゃないけど、ボクたち男子が近くに行くと一斉に話すのやめるんだもん。そりゃ気になったよ」
「で?なに?あれ何話してたのかって、聞きたいの?」
「と、いうか……いや、別に」
「ふふふ」
クミとカコがまた顔を見合わせて笑った。
「二人なんか、やな感じ」
「ふふ、あれはさあ、気になる男の子を発表しあってたの」
「そうそう、そうだったね。一位から三位までね」
二人がまた顔を見合わせ小さく肩をすくめた。
「ワタシ、誰だったかなあ。ふふ、覚えてる?カコ」
「五年か六年の頃でしょ?何て言ってたかなあ」
「アッキはずっと女子人気高かったよねー」
「そうよね。それとあの頃はよく順位が変わったかな」
「そうそう、クルクル入れ替わった。毎日変わったかも」
「ふふふ」
二人がまた顔を見合わせて笑った。
クルクル入れ替る?女子ってそんなものなんだ。
「タカシ、心配しなくていいよ。ちゃんとクミの三位までに入ってたから」
「カコ、何言ってんの!」
「あ、言っちゃった。へへ、ゴメン」
「もう」
え?ホント?
返事に困って黙ってやり過ごした。
「入ってた?」
「うん、確か途中からね」
二人は顔を寄せて小声でささやいた。
今日はもう本部からの連絡はなさそうだったので、家に帰ることにした。
アジトのドアの鍵を閉めたところで、
「ワタシ、ママから頼まれものあるから買い物して帰るね」
カコがそう言い残して走っていった。
新宿駅までの道をクミと並んで歩く。
まだ五時前だが日が暮れるのは早く、街灯やネオンサインが点灯し、十二月のイルミネーションも灯り始めている。
「ワタシ、五年の時に熱出して休んだことあったでしょ?」
「何?いきなり」
クミは黙っている。
「熱出して休んだ?」
「うん、タカシが家までプリント持って来てくれたよ」
「へー、そんなこと、あったっけ」
クミにはとぼけたが、ちゃんと覚えている。
「来てくれた時、ワタシ寝てたんだけど、後でママから聞いた。タカシくんカッコよくなったねって、ママ言ってた」
「ウソ」
「ホント」
カッコよくなった?
内心ニンマリしたが顔には出さないようにした。
「でね、次の日も来てくれるかなあってぼんやり考えてたの。そしたらタカシ本当に来てくれた。覚えてる?」
「え、あー、そだっけ」
うん、ちゃんと覚えてる。
「嬉しかったよ」
「あ、そう」
窓から顔を出したクミのことが、小さく、か弱い存在のように見えて、ボクが守ってあげなきゃと思ったことを覚えている。
クミは、あの時嬉しかったんだ。
ボクはあの日からクミへの気持ちがはっきりとしたように記憶している。
電車に乗ってからは他愛もない思い出話をした。
「今ぐらいの時期に星の観察会やったの覚えてる?」
「あー、五年かな、いや六年か。いや五年だ。五年の冬休みだ」
「そうそう、児童公園でね」
「うん。テルは観察もせずに夜の公園をメグと走り回ってた」
「そうそう」
吊革を握って並んで立つ二人が窓ガラスに映っている。
「アッキとかいたっけ?」
「アッキとヒロは来なかった。確かヒロは家の手伝い」
「そうか、お正月のおもち作りね」
「まんじゅう屋は年末が大変なんだよって、言ってた」
「ふふ、言ってたねぇ」
車内は込み合っていて、電車が揺れる度にクミと肩が触れる。
「オリオン座、今日も見えるかな」
「晴れてたから見えるんじゃない?」
ガラスに映ったクミと目が合った。クミが笑った。
改札を出たところでクミが振り返った。
「あの時からよ。熱出した日」
ボクは一瞬意味がわからずポカンとなる。
「バイバイ」
そう言って帰宅の人混みの中を走って行くクミの後ろ姿を、ボクは黙って見送った。
よく目立つオリオンの三ツ星が、雲のない南の空に瞬いていた。
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