第20話 RAN -1- 去りゆく仲間

 三か月が経った。


 今年の冬は駆け足でやって来て、十二月の始まりと共に初雪が舞った。

 街はすっかりと師走の装いに変わっているが、華やかなはずのイルミネーションもどこか白々しい。道行く人たちは皆うつむき加減で、その表情には暗い影が差している。


 今日も新宿駅からアジトに来るまでに四体のマシンを見かけたし、一体が上空を旋回していた。新宿地区だけで三十体ほどのマシンが活動していると言われている。

 アジトの年季の入ったエアコンが頑張って暖かい風を送ってくれてはいるが、ガランとした地下の部屋は寒々しく感じられた。


 部屋には今日もボクとクミとカコの三人だけだった。

 ソファーテーブルの上には「マシンを倒した記念に」と、渋谷でマシン一号機を倒した翌日に、ハナが家から持ってきた犬の陶器が置いたままだ。昭和時代に流行った置物のコピー品らしい。

 耳だけ黒い全身白の犬が首を少し傾げている。ボクたちはいつしかそれをハチと呼んでいた。テーブルの上にポツリと座っているそのハチも今はどこか寂しげだ。


「去年の今頃はクリスマスパーティーどうするかで盛り上がってたね」

「そうそう、アッキの誕生日パーティーも兼ねようって」

「そうだったわね」

 三人で思い出話をしていた。


 あの日。

 ボクたちが「勝利の金曜日」と名付けたあの日。


 大きなうねりとなっていた大規模デモを、一瞬で制圧した千体を超えるマシン軍団の出現。

 翌日発表されたマシンの正確な数は1192体で、「いい国」の語呂合わせじゃないかって話題になったが、全く笑う気にもなれなかった。

 出現したマシン軍団は次々にデモ隊を鎮圧し、手当たり次第に参加者を捕獲して、特禁警が連行していった。

 タケル団長、オリジンことフミヒトさんをはじめ、デモに参加したレジスタンス関係者もことごとく連行されてしまった。


 それは有無を言わせない手荒なやり方で、東京レジスタンスは上層部メンバーのほとんどを失うことになった。

 更には審議することなく禁句法第六条が急きょ改正され、プリズン収監期間の上限が撤廃された。

 抵抗組織関係者は全員、収監無期限との発表があった。


 マシン軍団の出現に素早く反応したリコとアッキは寸前に姿を消していたが、その後の消息は今もわからない。二人ともずっと沈黙を守っている。

 目の前で父親と恋人が連行されるところを目撃したアンナさんも行方がわからない。

 拘束されたり連行されるところを誰も見ていないが、逃げられたかどうかもわからない。混乱の中で彼女の行方を見届けた者が誰一人いなかった。

 依然として本人とは一切連絡がつかないままだ。

 念のために家族をかたって各地のプリズンに問い合わせたが、収監者の情報はどこも教えてくれなかった。

 団長とオリジンが連行された時の、アンナさんの悲痛な横顔がボクは忘れられない。

 アンナさんの心情を思うと、ただ無事でいることを願うしかなかった。


 あの日を境に社会の空気が確実に変わった。

 若者を中心に、更なる暗闇に突き落とされたような、深い絶望感が日本中を覆い尽くしている。


 上層部の主要メンバーを失った東京レジスタンスは組織としての機能を失ったに等しく、時折メールで隠れ部屋支援の指示が来る程度だ。

 兄弟組織であるツバサの騎士団、キボウの騎士団は全メンバーの脱退により解散したと、かなり遅れて連絡があった。

 ボクたちヒカリの騎士団も揺れに揺れた。

 これだけ強硬な国の姿勢に対し、抵抗組織として活動することの無力感が日増しに高まっていった。


「マシン一体ならなんとかなったけど、あんだけの数じゃどうしようもないじゃん!」

「見た?あの新型の性能。空も飛ぶ、弱点はなし、勝てるわけないよ」

「団長や上層部が皆いなくなって、オレたちだけじゃ何にもできないって!」

「親からも辞めろって言われてる。プリズンに送られたいのかって」


 テルとヒロがまず脱退し、メグとハナも「ごめんね」と言い残し去っていった。

 彼らを責める気持ちにはなれない。彼らの言うことの方が正しいのだと思う。心配する家族の気持ちも当然だ。

 ボクも父さんから「いつまでそんなことやってるんだ」と言われたが、まだ辞めたくはなかった。

 その理由が自分でも上手く説明できなかったが、今はまだ辞めないことを自分で決めた。


「オレ毎年誕生日とクリスマスを一緒にされてるんだぜって、アッキ苦笑いしてたね」

「そうそう、プレゼントの数絶対損してるって、言ってた言ってた」

「アッキ、どうしてるかな」


 昨年の今頃何してたかなあと話をしていたら、自然とアッキの話題になった。

 また三か月間も連絡が取れなくなっている。心配が続く。


「アッキのことだからきっと大丈夫よ」

「そうね、アッキしっかりしてるもんね」

「うん、昔からしっかりしてたというか、大人びてた」

「そうそう」

「真夏の大冒険の話、したっけ?」

「真夏の大冒険?何それ?」

 アッキのことを大人というか、一歩前を歩いているように感じた出来事がある。


「知らなーい。聞かせて」

「うん、聞きたーい」


 ボクたち男四人、アッキとテルとヒロとで小学五年の夏休みに自転車で遠出をした。それをボクたちは真夏の大冒険と名付けた。

 そのひと夏の経験は、ボクたちにとっての「スタンド・バイ・ミー」だったと思っている。


「じゃあ聞いて」

 ボクは二人にあの夏の日のことを話し出した。


 隣り町の隣り町のヒョウタン池まで行ったんだよ。自転車で片道三時間かかった。誰も行ったことがない場所だった。

 きっかけはテルがその池に二メートルの大ナマズがいるって話をしたんだ。

 二メートルのナマズなんて本当にいるのか、いや見た人がいるって話で、じゃあ見に行こうってなった。

 その頃夢中になってたザリガニ釣りに、そろそろ飽きてたところだったから、何か次の新しい遊びが欲しかったんだろうね。


 出発して一時間ばかり走った時にハプニングが起きた。テルの自転車の後ろのタイヤがパンクしたんだ。

 そんな初めての場所で、最寄りの自転車屋がどこかなんてわからないし、どうするかを四人で話し合った。

 三台で一台二人乗りして、交代交代でこぐっていうのが一番現実的だったけど、テルの自転車をどうするかってことに答えを見つけられなかった。

 置いていけば盗まれるかもしれない。テルが買ってもらったばかりの、五段変速の新品の自転車だったからさ。

 それと誰も口にはしなかったけど、二人乗りで走ると確実にスピードダウンするのはわかっていたから。

 元々普通に走っても、夕方までに行って帰って来れるかどうか不安だったんだ。


 テルが半泣きで「オレ、押して帰るから三人で行って来て」って言ったんだけど、「四人で行かないと意味ないだろ」ってアッキが。そしたらテル、ポロポロ涙を落としたんだ。

 その時だよ、たまたま通りかかった軽トラのおじさんが「どうした?」って止まってくれた。そして荷台に積んでた工具箱から道具を出してパンクを直してくれて、空気入れで空気まで入れてくれたんだ。

「どこまで行くんだ?」と聞かれて「ヒョウタン池」と答えると、「そりゃあまだ遠いぞ、真夏の大冒険だな。ガンバレよ、少年たち」そう言われた。

 だから真夏の大冒険はそのおじさんが名付け親なんだよ。


 目的のヒョウタン池までは、事前に道を調べてたから迷わず行けたんだ。

 でも片道三時間は正直きつかった。アップダウンが結構あったからね。翌日には両足がパンパンになったよ。


 ヒョウタン池は湖じゃないかと思うくらいに大きな池だった。

 入口を入ってすぐにボート乗り場があって、コンクリートの桟橋が突き出ていた。

 四人でその先端まで走り出した時、アッキがその勢いのまま大きくジャンプしたんだ。

 足元の桟橋と並行して水の中に立ってた古い木製の桟橋にだよ。所々床が抜けて今にも崩れそうだった。

 そしたらすぐに続けてテルも跳んだ。オリャーって叫びながら。二人を乗せた木の桟橋はギシギシ音を立てて揺れた。

 二人がボクとヒロに向かって「来い、来い」って言ったんだよ。

 でも四人も乗ったら崩れて池に落ちちゃうんじゃないかと思うくらいに、ボロボロで不安定なものに見えたんだ。ジャンプも助走をつけないと届きそうにないくらいの距離があったしね。

 ヒロに「どうする?」って聞いたんだ。そしたらヒロは「オレ、絶対ムリ」って強く首を横に振った。

 それでもアッキとテルがしつこく「来い、来い」「受け止めてやるから来い」ってずっと言うんだよ。

 だからボクは根性決めて跳んだ。

 正直怖かったよ。でも池に落ちても皆と一緒だったら何とかなるかなって、自分に言い聞かせて夢中で跳んだ。


 ボクが跳び乗っても桟橋はなんとか持ちこたえていた。だけど足元が大きく揺れて水面に大きな波紋が広がった。

 一人残ったヒロは顔面蒼白だった。あんなヒロを見たのは初めて。

 それでも「来い、翔べ」って叫ぶアッキとテルに向かって「イヤだー」「絶対ムリ」って言い返してたんだ、ずっと。

 それでも呼び続ける二人に、ついにヒロが叫んだんだよ。

「オレ、池で溺れたことがあるから、水が怖いんだーっ!」

 って。カミングアウトだよね。本当は知られたくなかったのかもしれないな。

 それでも「大丈夫だから」「ヒロならできるから」って言い続ける二人にとうとう根負けして、「もうー!」って叫んでやけくそで跳んだ。目をつぶってね。


 ヒロが跳び乗っても桟橋はなんとか大丈夫だった。

 ヒロは跳んだ後、恐怖心を克服したようなすっきりした顔を輝かせていたよ。

 友達の存在ってすごいなってボクは思った。他人の励ましや言葉が、人の背中を押すことがあるんだってその時知ったよ。


 原っぱに座って、持ってきたおにぎりを食べていた時にアッキが、

「将来何になりたい?」

 突然そう言ったんだ。

 三人とも答えられなかった。だってまだ五年だもんね。

 もっと幼い頃は、オリンピック選手だとか宇宙飛行士だとか、皆無邪気に言ってたんだろうけど、アッキの質問はもっと真剣な意味だとわかったから。


 三人が黙っていたらアッキが、

「オレ、ミュージシャンになりたい。世界に通用するバンドをやりたい」

 きっぱりそう言ったんだ。

 カッコ良かったよ。びっくりした。もうそんなこと考えてるんだって。アッキが随分大人に見えた。

 その頃にはもうギター弾き始めてたよね。お兄さんたちに教えてもらって。

 その後、アッキが石で水切りを始めて、いつの間にか石投げ大会になった。

 単純に誰が一番遠くまで投げられるかってだけだったんだけど、なんかあの時の光景が良かったんだ。四人横一例になって夢中で石投げてた時の。


 大ナマズは見つけられなかったけど、そんなことはどうでもよかったんだ。

 自分たちで決めて自分たちだけで行ったってことに、大きな意味があったんだ。ボクはそう思ってる。

 それがボクたちの真夏の大冒険。あの頃からアッキは一歩前を歩いていたよ。


 黙って聞いていたクミとカコが「いい話ね」と言った。


 クミとカコに「騎士団続けるの?」と聞いてはいない。

 ボクと同じように、彼女らだって家族から何か言われているはずだ。そこにはお互い触れないことで、今をかろうじて保っているのだと思う。

 ほとんど毎日のように皆と一緒にいたこの場所で、今は三人だけでいるのが急に心細くなった。


 テルたち四人、タケル団長とアンナさん、そしてアッキの顔が浮かんだ。

 渋谷のスクランブル交差点でのことや、皆でワイワイとピッツァ屋さんで騒いだ日を思い出す。


 皆、どうしているだろう……


 その数日後、ユーチューブに一本のミュージックビデオがアップされた。

 三人組のバンド、名前は「RAN」だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る