第17話 議事堂に降り注ぐ -2- アスタルエゴ

 アッキがグループラインに送ってきた一枚の写真に、皆がまた驚かされたのはその翌日のことだった。

 写真には人の背丈の倍ほどに伸びたサトウキビ畑で、肩から電動草刈機をぶら下げて微笑む二人の丸坊主頭の男の姿があった。

 一人は満面の笑みのアッキ。そしてその横で優しげな表情を見せているのが、リカルド・ナイトウ、そうリコだった。

 二人とも黒のタンクトップ姿で日によく焼けている。


 一体なんでそうなったのか皆から矢継ぎ早に質問が飛ぶ。アッキの話を集約するとこうだ。

 都庁でのゲリラライブの件を知り、リコの方から人づてでアッキに連絡を取ってきた。

 二人で直接やり取りをするようになって意気投合。アッキは居ても立ってもいられず、嘉手納プリズンへの移送願いを出し、これが首都圏施設の収容人員緩和需要と合致して、半月前から沖縄に来ているとのこと。

 毎日、リコと音楽やいろんな話をして、人生で今が一番充実していることなどが説明された。

 転換ミスや脱字の多い文面から、アッキの興奮ぶりがひしひしと伝わってくる。

 プリズンでの毎日はきっと辛いはずなのに、アッキはそれ以上の何かを掴んだように見えて、ボクは嬉しいような羨ましいような複雑な気持ちになった。


 そしてその数日後に大事件が起きた。

 リコとアッキが嘉手納プリズンから脱走したのだ。


 前夜にアッキが(アスタルエゴ!)と一言だけグループラインに発信し、それを最後に既読がつかないようになった。

 リコもSNSに(いつか それが 降り注ぐだろう)と、意味ありげな歌詞の一節を同時刻に投稿していた。

 レジスタンス本部からタケル団長に連絡が入り、

「詳しいことはまだ確認が取れていない。わかり次第、皆にも伝える」

 団長はそう言い残して中野のレジスタンス本部へと向かい、アジトには数日間顔を出さなかった。


「アッキ、大丈夫かな」

「心配よね」

「捕まったら延長でしょ?」

「そんなの承知の上じゃない?」

「二人の最後の言葉、意味深だよね」

「そうだよ、何か企んでるよ」

「うん、オレもそう思う」

「何かって?」

「それはわかんないよ」


 リコが嘉手納プリズンから脱走したニュースは、瞬時に日本中を駆け巡った。

 そしてそれがリコ単独での逃亡劇ではなく、都庁でゲリラライブを行った十三歳の少年も一緒であることが伝わると、二人が行動を起こした目的は、自由を取り戻すための聖戦の始まりだととらえられ、逃亡する二人を全面的に支援するムードが全国に広まっていった。

 ディセンバーズ・チルドレン、そしてアッキの名前は全国に知られることになり、一部に熱狂的な支持者を生みつつあった。

 更にこの脱走劇は、ヒカリの騎士団がマシンを倒した事実と相まって、禁句法の完全撤廃を切望する国民感情に火を点け、政府に対する全国的な大規模デモ決行の機運が、日を追って高まっていった。


 団長が五日ぶりにアジトに姿を見せた。

 その表情はこれ迄になく固い決意を秘めたものだった。

「いいか、現時点でわかったことを伝える。

 リコとアッキの脱走には沖縄の地下組織シマヌカジが絡んでいて、周到に事前準備をしたらしい。

 リコとシマヌカジは以前から接触していて、アッキの同行希望をリコは最初拒んだが、最終的にはアッキの強い思いを聞き入れて、行動を共にすることにしたようだ。

 農作業の帰り道、二人が乗った護送車を緊急の水道工事を装って迂回させ、待ち伏せていたトラックを体当たりさせたようだ。

 その後二人は夜の闇に紛れてカジキ漁船に乗り込み、鹿児島の枕崎漁港に無事上陸したことを、出迎えた博多パルチザンから確認が取れている。それが三日前のことだ。

 大丈夫だ、二人ともケガもなく元気だそうだ。パルチザンが二人をガードし、まずは陸路で福岡に入り、しばらくそこで潜伏するらしい。

 博多パルチザンは福岡に本部を置き、九州全域をカバーしている強固な組織だ。俺の知り合いもいる。当面は彼らに任せておいて大丈夫だろう。こっちとも連係をしっかり取っていくから心配はいらない。カコ、安心していいぞ」

 団長の話を食い入るように聞いていたカコが両手で顔を押さえた。クミたちがそっとその背中をさする。


「トラックで突っ込んだ?」

「漁船で密航って?」

「アッキ、まるでアクション俳優じゃん」

 テルとヒロが揃って目をむく。

 本当にそうだ。アッキ、派手にやらかしたなあ。でも無事で本当によかった。


 団長が話を続ける。

「東京レジスタンスはリコとアッキを、組織をあげて援助する。

 そしてあと二つ重要な決定をした。国民的抗議活動の気運高まりを受け、俺たちの絶対目標であった禁句法完全撤廃に向けた活動を一気に進める。

 まずその象徴として、オリジン奪還を決行する。俺たちの手で創設者オリジンを必ず救出する!」

 団長の言葉に熱が帯びる。

「そして全国民、全抵抗組織の総力を結集し、デモ隊を率いて国会開催中の国会議事堂に突入することを決めた。

 俺たちの手で俺たちの手に、自由を取り戻すんだ。その実行は来週金曜日!その日を、必ず、〝勝利の金曜日〟とする!!」


 団長が話した内容に、ボクたちは事態の急展開を理解すると共に、自分たちの未来を取り戻すことへの興奮に身震いを覚えた。


「勝利の金曜日か、カッコいいな」

「ワタシたち、勝てるかな」

「勝てるさ、絶対勝てるよ」

 メグの言葉にテルが答える。

「アッキはこれからどうするのかな?」

「そりゃあリコと一緒に行動するだろ」

「どこへ行くの?」

「やっぱり東京を目指すんじゃない。オレたちの所に戻って来るよ」

 ハナの問いにヒロが答えた。

「いよいよね」

「いよいよだね」

「ワタシ、なんかちょっと心配」

「いや、大丈夫だよ、きっと」

 大きな意味を持つ日が間近に迫っていることを理解した。ボクも平常心ではなくなっていたが、クミには精一杯強がって答えた。


「ねえ、タカシ」

 その日クミと一緒の帰り道。新宿駅までのいつもの道。

 マシンがいなくなって活気の戻った街中を、多くの人が行き交っている。

「ねえ、タカシ」

「うん?」

「ワタシたち勝てるかな?」

「うん、勝ちたい」

「勝ったら無くなるんでしょ?禁句法が」

「その為の戦いだもん」

「使えるようになるの?」

「使えるようになるよ」

 クミがずっと視線を合わさない。ボクも何かを察して顔を見ずに答える。


「先に使ってね」


 クミはそう言うと駆け出して行った。

 その言葉の意味を直ぐには図りかねて、小さくなっていくその背中をボクは何も言わずに見送った。

 大切な、とても大切な瞬間が間近に迫っている緊張感が、ボクたちの心を占めていった。

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