第16話 議事堂に降り注ぐ -1- 心の中の色
ヒカリの騎士団がマシンを倒して一週間が経った。
レジスタンス本部のその後の調べでいろいろとわかったことがある。
まず嘘のような話だが、マシンの唯一の弱点が犬だというのは本当だったらしい。
但しなぜそうなったのか、ワカマツの犬嫌いが事実であったにせよ、そもそも開発者の性格や苦手なものが機械にどう伝染するものなのか、そこのところはまだ解明できていない。
しかしながら、視覚か聴覚により犬の存在を感知した時点で、マシンの基本回路に何らかの反応が起こり、自己防衛システムが作動して一時的に全機能を停止させていたようだ。
またマロンがおしっこをかけたという行為は、マシンに過去経験したことがない最大のショックを与えたようで、極秘とされているエネルギー基本系統に何らかの致命的障害を引き起こし、自らの基本回路を自ら終了させるという誤作動に至ったらしい。簡単にいうと自爆してしまったわけだ。
次に、週一度水曜日に活動を停止していた理由は、どうやら国家特殊兵器開発室が総力を挙げて、その唯一の弱点克服に時間を割いていたらしい。
マシンが街中での活動を始めて直ぐに発覚した由々しき欠陥に、ワカマツも相当頭を悩ませたようだ。
マシンの基本メカニックのメディカルチェックだけでなく、マシンを犬に馴れさせるための様々な訓練や、最後にはワカマツ自身の犬嫌い克服のトレーニングも行ったらしいが、どれも上手くいかなかったようだ。
「最後はあっけなかったよね」
「まさか、マロンのおしっこでね」
「あの時のマロンの驚いた顔」
「ふふ、ワタシも必死だったわ。マシンが動き出すんじゃないかと思って」
クミと先週のことを話していた。
渋谷スクランブル交差点の、動かなくなったマシンを大型クレーン車が撤去する映像が何度も報じられ、世間はそのニュースを歓喜をもって迎えた。
都庁での出現からしばらくの間、多くの国民を暗鬱とさせていた存在が姿を消したのだ。
「でもあれだね、犬嫌いの克服訓練って笑っちゃうね。どんなことしたんだろうね」
「ふふ、でもなんだか、ちょっと可哀想な気もする」
「え、なんで?」
「違う目的のロボットに生まれていたら、皆に嫌われたりしなかったでしょ」
「そうか、悪いのは人間ってことか」
あのマシンが倒れた時、ボクたち騎士団は、自分たちにも出来ることがあることを、身をもって学んだ。
そしてその経験を皆で共有できたことで、メンバー間のつながりや信頼関係が強くなったように思う。
特にクミと喜びを分かち合ったあの瞬間、心の中にザワザワと泉が湧き出してきたような感覚になった。その泉の水は温かく、鼻の奥がツンとするようなちょっぴり甘酸っぱい味がした。
ボクはその特別な感情を一言で表現する言葉を持っていなかった。
多分、あれなんだろうと思う言葉はわかっているけど、それはどうしても口には出来なかった。
「今度さ、マロンに会いに行ってもいい?」
「うん、いいけど……」
「なに?」
「……いつ?」
「えー、じゃあ明日とか」
「うん……」
「じゃ、明日行くね」
「……会いたいのはマロン?」
「え?」
クミの問いにドキリとし、上手く答えられずに沈黙が流れた。
何となく言葉が出せずに気まずくなった空気の中、外からメグが戻って来て、ボクは団長に呼ばれてツバサの騎士団アジトまで外出のお供をすることになった。
「あらー、皆出かけちゃったの?」
入れ替わるようにして、アンナがワイヤレス・イヤホンを外しながら入って来た。
最近被っている迷彩色のベースボールキャップの下で、トレードマークのセミロングのストレートヘアがふわりと揺れた。
「そうなんです。皆それぞれ」
留守番をしていたクミとメグが、憧れの人物登場に顔を輝かせる。
「そうなんだ。先週以来ね。二人は元気だった?」
「はい。アンナさんは?」
「私はいつも通りってとこかな。今日も朝から五キロ走ってきたよ。気持ち良かったあ」
アンナは脱いだキャップを、下ろしたバックバッグの上に静かに置いた。
「マロンちゃんは元気?」
「はい、あれからもっとお散歩行きたがって困ってます」
「ははは、あらそう。だって皆のヒーローだもんね。あ、ごめん、ヒロインね」
「そうなんです。マロン、女の子なんです。女の子なのに足を上げておしっこするのが恥ずかしくって」
クミが困ったような顔をした。
「ただいまー」
外出していたカコとハナが戻ってきた。
「お帰りなさーい」
「あ、アンナさん!」
「珍しいわね。今日は女子会の日なの?」
「ホントだ」
「ホント、ホント」
たまたまだろうけども、珍しくアジト内に男子がいなかった。
ひとしきり音楽やファッションの話など、他愛もない話題でおしゃべりした後、クミがアンナに問い掛けた。
「ねえねえ、アンナさん。聞いてもいいですか?」
「なになに?いいよ」
「誰かから禁句の二文字を言われた時って、どんな気持ちになるんですか?」
「ワタシも聞きたーい」
「ワタシも」
「ワタシもー」
「え?うーん、そうかぁ。あなたたちはそうだもんね。言ったことも言われたこともないのよね」
アンナは四人の顔を見比べながら、その心情を推し測った。
「えっと、そうね。自分が特別な人にそういう想いを持つ感じはわかるでしょ?」
「はい、なんとなく」
「それって、どんな感じ?どんな気持ち?」
「えー、どんな気持ちだろう、どんな気持ち……」
クミが考え込む。
「言葉にして言ってみて」
「うーんとぉ、幼い頃からあった気持ちだけど、その頃のそれと今のそれって何か違う」
「うん。どう違う?」
「上手く言えないけど、モヤモヤする感じっていうか、昔のそんな単純なものじゃなくて、もっと複雑な感じというか……えっと、うーん、なんだろ。例えて言うと……うーんと、えーと、そっか、あー、心の中の、色の数が増えたような、そんな感じかなぁ」
「あぁ、わかるぅ」
「心の中の色かぁ」
「確かにそんな感じかも」
三人が相槌を打った。
「心の中の色ね。クミちゃん、上手く言うね。それは、色とりどりのお花畑みたいな感じ?」
「お花畑?うーん、そんな感じもするし、もっとキラキラしてるっていうか、光の中にいるみたいな、あったかいの。でも時々苦しくもなる。そんな感じ」
「なるほどね」
「クミ、ワタシもそんな感じよ」
「胸がキューッてなる」
「そうそう、なるなる」
メグたち三人の瞳も輝いている。
「そうよねえ。私は幼い頃には使ってたけど、小学校で言えなくなったから。その言葉が」
「でも、団長に言ってもらったんでしょう?」
「ふふ、そうね。高校生の時にね」
アンナが照れて色白の頬がピンクに染まる。
「いいなあ、いいなあ」
「うらやましいなあ」
「で、どんな気持ちになるんですか?」
「そうねえ。さっきクミちゃんが、あったかいけど苦しいって言ったでしょう。その苦しいのが消えて無くなって、あったかいのが百倍ぐらいになって。うーん、そうだなあ、そのあったかい世界で二人きりになった感じ。他の何も目に入らない。そんな感じかな」
アンナは片手を胸に当てて、小さくうなずいた。
「へー、いいなあ」
「どんなんだろう」
「想像できなーい」
「憧れるなあ」
四人が上気した顔を互いに見合わす。
「ワタシもいつか言ってもらえるかなぁ」
クミがつぶやいた。
「そうねえ。誰かから言ってもらえるように、そして自分も自由に言えるように、早くしなくちゃね」
アンナが東京レジスタンスに入った理由は、タケルの影響によるところが大きい。
元々芯の強さはあったが、元来は目立つことを嫌う慎重な性格だった。
タケルの後を追ってレジスタンスに入団し、その責任感の強さから、段々と活動に熱心になっていった。今では西東京組織においてはなくてはならない存在となっている。
特にジュニア隊員たちへの思いは強く、彼らに親身になった行動は、隊員内でも際立っていた。
「自分のような悲しい思いを、この子たちにさせてはいけない」
アンナは四人一人ひとりの顔を見ながら、その思いを改めて強固なものにした。
その横顔は迷いのない決意が見てとれる、凛としたとても美しいものだった。
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