第15話 戦闘魔人の出現 -5- ハチの鬼退治

 次の日曜日、騎士団メンバーは七匹の犬を連れて集まった。

 集まった七匹は、テルんちのパグ、カコんちのパピヨン、ハナんちのシーズー、そしてクミのトイプードルに加えて、犬を飼っていない三人は、ヒロがポメラニアンを、メグがチワワを近所などから借りて、ボクはお隣のイシダさんちの豆柴タロウを借りてきた。


「見事に小型犬ばかり揃ったな。騎士団らしくっていいや。小さくても七匹のサムライだ。マシンは今日渋谷にいるようだ。さっそく出発するぞ!」

 団長の号令の下、七人と七匹は団長とアンナさんが運転する二台の車に分乗し、渋谷に向けて出発した。


「キビダンゴあげた?」

「ササミあげたよ」

「うちのは健康ビスケット」

 車中はちょっとしたイベント気分になっていた。

 ボクたちの気持ちの高ぶりを感じ取ってか、犬たちもテンションが上がっている。


 明治通りを真っ直ぐに進んで宮益坂下を右折し、スクランブル交差点の手前でボクたちは先に降り、団長とアンナさんは近くのパーキングに車を停めに行った。

 ハチ公広場で団長とアンナさんを待つ。

 日曜日のお昼前とあって、既に若者たちでいっぱいだ。犬たちも初めて連れて来られた場所と、その人の多さに落ち着かない様子だ。

「ゴエモンちゃん、顔がテルにそっくりだね」

「ウソーッ、オレこんな顔してねえよ」

「何言ってんのそっくりじゃない」

 テルとメグの会話を交互に見上げていたゴエモンが、テルに向かって「ワン」と吠えた。

「ほらあ、ゴエモンもうれしいって」

 メグの言葉に皆爆笑する。

 駅前に立つ犬の銅像と、その前に並んだ七匹の組み合わせが何ともシュールで可笑しいと思うが、ボクたちに関心を示す人はほとんどいない。

 他人と関わり過ぎないことが都会らしさなのか、目の前にはカップルや若者グループら大勢の人が行き交っているが、誰も立ち止まったりする人はいない。


 団長とアンナさんが広場に戻って来たのとほぼ同時に、どこかで聞いた「ゴー!マシン!ゴー! ゴー!マシン!ゴー! 」の声が聞こえてきた。

 その拡声器を通したダミ声がセンター街の方から近づいて来て、やがて交差点の向こう側にあの黒い巨体と白衣の姿が現れた。その後ろには黒服姿も何人か見える。

 スクランブル交差点をこちら側に渡って来るようだ。


 いた、マシンがいた。

 ようし、こっちに来い。


 歩行者信号が青になり、「ゴー!マシン!ゴー! ゴー!マシン!ゴー! 」のワカマツの号令と共に、マシンが横断歩道をこちらに向かって歩き始めた。


「よし、行くぞ!」

 団長の号令でボクたち七人は横一列になり、リードをしっかり握って交差点に足を踏み出した。一歩一歩、徐々にマシンたちとの距離が縮まる。


 マシンが交差点の真ん中辺りまで来た時、人混みの後ろから突然現れたボクたちと、十メートル程の距離を置いて対峙する形になった。

 七匹たちも初めて見るその巨体に驚いたのか足を止めた。

 緊張が走る。


 ボクたちの姿にワカマツが気づき、

「あっ!!犬はダメだー!!」

 そう叫んだと同時に、マシンがその場で動きを止めた。

 固まったまま微動だにしない。全く動かなくなった。


「えーっ、本当に止まったー!」

「ウッソー、マジかよ!」

「やっぱり、犬?」


 周囲を歩いていた人たちは事態が飲み込めず、騒然となってボクたちとマシンの周りを取り囲み始めた。


 スクランブル交差点の真ん中で、マシンが全く動かなくなった。

 銀ラメの目のライトは消えていないので基本機能は作動しているようだ。歩いていたポーズのまま、固まってしまった。

 ボクたちは少し距離を取ってマシンとにらみ合う形でジリジリと身構えた。


「あーっ、マローン、ダメーっ!」

 その時、クミのトイプードルが興奮したのか、その手を振り切り駆け出した。

 両耳に結んだピンクのリボンをピョンピョン跳ねさせ、リードを引きずり一直線に走っていく。


「来るなーっ!」と叫んだワカマツが二、三歩後ずさりをして勢いよく尻もちをついた。

 哀れなほど口を大きく開いて、小さな勇士に恐れおののいている。


 マロンは動かなくなったマシンの足元に駆け寄ると、その足先をクンクン匂ってマシンを見上げて「ワン」と吠えた。嬉しそうに尻尾をしきりに振っている。

 しかし全く反応のないマシンに首を傾げると、ボクたちの方を一度見てからその場でお座りをし、またマシンを見上げた。


 そしてマロンはおもむろに腰を上げ、同意を求めるかのようにボクたちをもう一度見てから、なんとマシンの足先にオシッコをちょろりと引っかけた。


 その瞬間だ。


 ボンッ!


 ドッ、ドッターン!!


 マシンは小さな爆発音を発してガクッと片膝をつくと、大きな音を響かせて前のめりに倒れ込んだ。

 ブスブス、プッシューと口から白い煙を吐き、辺りに焦げ臭いにおいが漂った。

 そして目の輝きが点滅したのち消えて、あまりにも呆気なくマシンはただの鉄の固まりとなり、交差点の真ん中にその体を横たえた。


 驚いて呆然となるボクたちの周りで、

「犬がマシンを倒したぞー!」

 誰かがそう叫ぶと、周囲の若者たちから一斉に大歓声が上がった。


「マローンっ!」

 倒れたマシンに驚いて飛び退いたマロンを、走り寄ったクミが抱きかかえる。

「マロン、でかした!」

 ボクも駆け寄りクミが頬擦りするマロンの頭を撫でて、クミと笑顔を見合わした。

 タロウが立ち上がり、嬉しそうにしきりに前足を伸ばしてくるので、タロウの頭もなでてやった。

 他のメンバーたちも駆け寄り、七人と七匹で「やったやった」と大喜びだ。

 取り囲む群衆は、倒れたマシンをバックに自撮りする者、その巨体によじ登る者、動かなくなった体を蹴っ飛ばして痛さに足を押さえる者。


 都庁に出現して以来、若者たちを震撼させていた最強ロボットが、今、目の前で倒れたのだ。


 群衆は動かなくなったマシンを取り囲み、歩行者信号が赤に変わっても全くその場から離れようとしない。

 バンザイやハイタッチで心の底から喜びを爆発させる輪がどんどん大きくなっていく。

 その輪の真ん中で、

「アーッ!!なんでワシに似てしまったんだよお!!」

 と叫んだワカマツが、動かなくなったマシンの横に座り込み、がっくりと肩を落としていた。

 車のクラクションがあちこちで鳴り響く。

 しかしそれは走行出来ないことへの警笛の意味ではない。マシンが倒れたことを祝う喜びのクラクションだ。

 渋谷の街が歓喜に揺れていた。


 鬼を退治した。


 鬼ヶ島の鬼は意外に呆気なく、犬の習性という偶発的行動により倒すことができた。

 しかし鬼を倒した場所がなぜここだったかを考えると、実はそれは偶発でも偶然でもなかったのかも知れない。

 それは少し離れた場所で見守っていた八匹目の存在、名前もハチ。

 これはこの街を長年見守ってきたハチが、七匹をここに呼び寄せて仕組んだ巧妙な筋書きだったんじゃないかと、ボクは妄想を膨らませ一人ほくそ笑んでいた。

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