第13話 戦闘魔人の出現 -3- 魔人の弱点

 都庁での出来事から一か月が経った。


 マシンの恐怖は日々若者を震撼させていた。

 マシン出現情報はすぐさまSNSなどで拡散され、繁華街から瞬時に若者の姿が消える現象が続いている。

 神出鬼没のマシンの行動範囲は予測が出来ず、若者の間では絶望感が日に日に広がりを見せていた。

 一方、タカシらヒカリの騎士団メンバーたちは、アッキ収監のショックから立ち直りつつあったものの、彼らもマシンに対する無力感が日を追う毎に大きくなっていた。

 東京レジスタンスにとってもそれは同様で、過去最強の敵の出現に為す術を見出だせずにいた。


 その日騎士団メンバーが帰った後、タケルはアンナと二人、アジトに残って話をしていた。


「ところで親父さん、最近どう?」

「うん、昨日久しぶりにビデオ通話で話したよ」

「どうだった?」

「そうね、わりと元気そうだったかな。髪がまた白くなってたけど」

「そうなんだ」

「自分で言ってた。白くなったけどハゲてないぞって、ふふ」

 二人で過ごせる短い時間が嬉しいのだろう。アンナの表情がいつも以上に和んでいる。


「中二の時だったよな」

 タケルがアンナの顔を見た。

「中学二年の秋」

 アンナが悲しげな笑みを浮かべた。

「俺はサッカーばっかりやってたよ」

「ひとつ上の彼女がいたんでしょ?」

「なに、焼きもち妬いてんの?」

「ま、さ、か」


 タケルはアンナと知り合った当初から、彼女の家庭事情を知り、良き応援者でありたいと考えた。

 タケルは幼くして実の父親を亡くしており、母親の再婚相手とはあまりうまくいかず、家庭や家族に対する複雑な感情を抱いていた。

 そうした自らの境遇も、アンナへの心情に少なからず影響したのかも知れない。


「中二なら、今のタカシたちがそうだな」

「あんなに純粋だった?」

「え?純粋?うーん、さあ。……濁ってたかな」

「ふふふ、なによ、それ」


 タケルがレジスタンス活動に熱心なこともあり、二人きりで過ごせる時間はそう多くはない。

 しかしアンナもそんなタケルのことをよく理解し、彼の真っ直ぐで一途なところに惹かれている。


「あの子たち、ここんとこ元気ないわね」

「目の前でアッキがああなったからな」

「お友達思いだもんね、みんな」

「そうだな」

「ロボットの存在も不安でしょうね?」

「だろうな」

「ふふ、ここんとこずっとそんな顔してる」

「え?」

「あの子たちが心配なんでしょ。顔に書いてある」

「そ、そうかな?」

「何かしてあげない?」

「何かって?」

「そうねえ、皆で食事会でもどう?」

「食事会か、いいね」


 アンナさんの発案で次の水曜日に食事会が開かれた。南新宿にあるイタリアンのお店の地図がラインで送られてきた。

 店のオーナーがレジスタンス支援者で、無償で招待してくれたそうだ。皆で一緒に食事するなんて久しぶりだ。


「ここのオーナーはイタリアで修行したピッツァ職人なんだ。本場のナポリピッツァを今日は腹いっぱいいただくぞー」

「はーい」

「いただきまーす!」

 団長の号令で食事会が始まった。

 次々と出てくる焼き立てピッツァを頬張って、久々皆の笑顔があふれる。


「テル、ピザとピッツァの違い分かるか?」

「え?えーと、え?違いがあんの?なに?あ、カッコいい言い方がピッツァとか」

 違いがあるのか。なんだろ、わかんない。

「ちゃんと違いがあるんだよ」

「そうなんですか?」

「デリバリーとかで食べてるのはアメリカンスタイルのピザだよ。生地がパンみたいにフカフカしてる」

「ああ、そうですね」

「ピッツァは昔ながらの石窯で焼いた生地が薄いものを言うんだ。イタリア移民がアメリカに渡ってピッツァがピザに進化した。ほらここのは生地が薄いだろう?」

「はい、外はカリッとしてて中がモチモチです」

 そうなんだ。知らなかった。初めて知った。

「うめー、何枚でもいけるー」

「ワタシ、このチーズたっぷりのが最高」

「こっちのトマトソースのもおいしいよ」

 本格ピッツァを堪能し、皆でワイワイしながら過ごす時間は楽しい。


「アンナさん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「なになに、改まって。なんだか怖いわね」

 会話が盛り上がって、ヒロが突然切り出した。

「団長のことプリズンに迎えに行った日のこと教えてください」

「そうそう、厚木までですよね」

 ハナも目を輝かせて言葉を続けた。

「はは、そうだったかなあ。随分と前のことねえ」

「雨の日だったんでしょ?」

「そうだったわね。朝からずっと降ってたわ」

 アンナさんは恥ずかしげに、少し微笑んで目を伏せた。


「団長が二文字言っちゃった時って、どんな気持ちでした?」

 ストレートな質問をぶつけたメグが好奇心に目を輝かす。アンナさんは答えに困った顔をしたが目は笑っている。

「おいおい、お前らそんなこと聞くかあ?」

 団長が照れて口を挟む。

「これは団長に聞いてませーん。アンナさんに聞いてまーす」

 テルはそう言うと新しいピッツァにまた手を伸ばした。

「えー?どんな気持ちって?」

 アンナさんの頬が赤くなった気がする。

「聞きたい、聞きたい」

 女子が声を揃える。


「えー?そうねえ。大きな警告音が鳴り響いてびっくりしたなー」

 観念したような顔で女子たちを見る。

「どんな場所だったんですか」

「学校の帰り道。お互い制服で。寒い日だった」

「で、逃げたんですね?」

「そう二人で走ってね。でもすぐに駅前で捕まったの」

「泣きました?」

「うん、泣いたかな。ふふ」

 団長は何とも言えない顔をして、苦笑いを浮かべている。

「そこから六か月ですもんね」

「そうね、長かったな。ふふふ」

 そう言って微笑むアンナさんが、とても大人の女性に見えた。


 他愛もない話から話題がレジスタンスに関する話になり、次第に熱を帯びてくる。

「マシンの活動はずっと続きますかね?」

「ロボットの投入なんて想定してなかったからな。国は本気で摘発を強化しようとしてるということだろうな」

「本部ではどんな対策考えているんですか?」

「いまマシンの製造過程の情報を取ろうとしているけど、難航してるよ」

 ボクたちの質問に答える団長の顔に苦悩の色が浮かぶ。


「あいつに弱点ないのかな?」

「そうだよ、絶対何かあるはずだよ」

 テルは絶対と言ったが根拠はない。願いに似たようなものだ。でもボクもそう思いたい。

「あの巨神兵だって最後は崩れ落ちたんだしな」

「それはアニメの話でしょ」

 テルが言ったのは古い長編アニメの話だ。

「いや、テルの言った通りかも知れないぞ。人間が作ったものに、完璧なものなんてないからな」

 団長の言葉に、テルが「ほらあ」と得意顔でメグを見た。

「水曜日の休息も何か理由がありそうよね」

「そうそう休みがないと動けないってことじゃん」

 確かに水曜日のことは依然として謎のままだった。そこに何かありそうだ。

「どこかに突破口があるんじゃない?」

「オレたちで情報集めようよ」

「そうよね、あれだけ出没してるから目撃情報も多いもんね」

「動画の数も結構あるよ」

「調べたら何か分かるかも」

「そうよね」

「出来ることから何かしないとね」

「うん、やろう、やろう」

 食事会は盛況なうちに終わった。皆もいろいろ溜まっていたものを吐き出せたようで、解散する時にはスッキリとした表情になっていた。


 帰りに駅まで歩きながらクミと話した。

「今日は楽しかったね」

「うん、アンナさんのおかげだね」

「アンナさんみたいな女性になりたいなあ」

「え?どうして?」

「だって綺麗だし、優しいし」

「……」

「なりたいなぁ」

「クミはクミでいいよ」

「え?なんて?」

 勢いで口から出てしまった。自分でもびっくりした。

「いや、別に」

「なんて言ったの?もう一回言って。聞こえなかった」

「忘れた」

「なに、それ。もぉ」

 その後どう言えばいいかわからなかったから慌てて誤魔化した。

 ものすごく焦った。

 何か、とても、すごく焦った。


 その夜アッキがグループラインに、

(オレも食事会行きたかったぜ!)

 の一言と写真を送ってきた。

 それはプリズンらしき殺風景な部屋の中で撮影した、目から上だけの自撮り写真だった。驚いたことにアッキは頭を丸めていた。


 嘉手納プリズンに送られ沈黙を保っていたたリコが、一昨日突然公式SNSにコメントがない一枚の自撮り写真を載せた。頭を丸刈りにして。

 ファンからの問い掛けには一切反応はせず、抗議の意思表示ではないかと憶測を呼んでいた。

 アッキはリコを真似て丸坊主にしたのだろう。その目は大きく見開かれ、元気そうな様子が見て取れた。


 ヒロが(リコリスペクト!)と返す。

 カコが(元気そうでよかった泣)と返す。

 メグが(焼けたね!)と返す。

 テルが(ピッツァめちゃうま!)と返す。

 ハナが(短いのもカッコいい!)と返す。

 クミが(似合ってる!)と返す。


 出遅れたボクは(いつも想像の上をいくよな!)と最後に返した。

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