第11話 戦闘魔人の出現 -1- 戦慄の捕獲兵器

 アッキが『エルモサ・パラブラム』の一番を歌い終わり間奏に入った時、遠くで「キャーッ」と複数の女性の悲鳴が響いた。

 声がした公園通りの向こう側を見やると、すぐに視界に入ったその異様な物体に、ボクの目は釘付けになった。


 青い機動隊車両の裏から現れた大きな黒い影。歩道に溢れる人波をかき分けて近づいてくる。


 えっ、あれは何?


 のっしのっしと歩く度にカシン、カシンと地響きが伝わってくる。


 一体、なんだ?

 機械?ロボットか?


 それは車道に一歩踏み出して立ち止まり、やっとその全身が確認できた。

 頭の先から足の先まで鈍く真っ黒に光った異様な全身。その身長は機動隊員と比べても頭三つほど高い。二メートルを優に超えている。

 その上半身のぶ厚さ、腕や脚の太さ、これは人間ではない。やはり人型ロボットか。


「なんだよ、あれー!」

 テルが叫んだ。


 最大の特徴はその顔だ。

 耳と鼻はなく、大きな両目と側面まで広がった大きな口が、笑い仮面のようにつり上がって銀ラメに輝き、頭には太く短い角が二本生えている。

 その笑ったように見える顔の印象があまりにも強烈で、遠くからでも異常な存在感を放っているのがわかる。


 鬼だ。

 笑った鬼だ。


「その言葉を使うと鬼が来る」

 昔、親に言われた記憶が脳裏に蘇る。


 仁王立ちしたロボットは殺気立ったオーラを全身から放ち、ステージのアッキを真っ直ぐに見据えた。

 観衆を挟んでロボットとにらみ合う形になったアッキは、本能的に危険を感じ取ったのか、歌うのを止め、マイクの前に呆然と立ち尽くす。

 アッキの様子に観衆たちが一斉に後ろを振り向き、どよめきとも悲鳴ともつかない声を上げたが、にらみ合う両者に、一転水を打ったように静まりかえった。


 ロボットが足音を響かせて道路を渡り始めた。

 広場入り口の自転車避けの鉄製フェンスを片手で掴み上げると、邪魔だと言わんばかりに軽々と宙に放り投げる。歩道に落ちたフェンスの大きな音が響いた。

 誰の顔も恐怖にひきつり、声ひとつ出せない。


 ロボットが更に広場のど真ん中を、ステージに向かって一歩一歩と歩を進めてきた。

 その有無を言わせない威圧感と底知れない不気味さに圧倒され、観衆もレジスタンスのガード部隊も後ずさってしまい、広場の真ん中が十戒の海のように割れていく。


 街頭の警告音だけが空しく響き渡る広場のど真ん中を、ロボットは真っ直ぐ進み、ステージ手前二十メートル辺りからなんといきなり大きくジャンプした。


「あっ」

「うわっ」

「うそっ」


 一跳びでステージ上のアッキの横にすくっと立ったその着地は、狙い済ましたかのように正確で一歩の乱れもなかった。

 アッキは一瞬たじろいだが、ヘビににらまれたカエルのように動くことができない。


 ロボットはアッキが肩から下げたギターのネックを、おもむろに掴んだかと思うと宙に向かって放り投げた。

 観衆の頭上をクルクルと回転しながら高く弧を描いたランダムスターは、アスファルトの歩道に叩きつけられ、弦が弾け、アームや部品が飛んで無惨な姿になって転がった。


 続いてその右手がアッキの喉もとをガッシリ掴むと、アッキの苦悶の声がマイクを通じて「ウッ」と洩れた。

 ロボットがアッキの顔を覗き込む仕草をし、「ターゲット ホカク カンリョウ」と乾いた電子音声が聞こえ、ロボットは首を僅かに傾げ「ガガガ ギギギ」と声を発した。


 取り囲む観衆は一連の展開をただ呆然と見守ることしかできず、誰も声を上げられない。

 雪崩れ込むようにステージに駆け上がって来た特禁警たちが、アッキら三人をあっという間に拘束し連行していった。


 アッキを引き渡して観衆の方に向き直ったロボットの隣に、白衣の男が立った。

 その格好がいかにも胡散臭い、妙な出で立ちだ。

 科学者のような白衣の上着に、頭には黒のチューリップハット。小さな丸いサングラスをかけ、白髪まじりのあごヒゲを長く伸ばしている。左手には拡声器を持ち、右手にはなぜかムチを握っている。


 なんて格好だ。


「あ、ドクター・ワカマツだ!」

「誰?それ」

「へんな発明家だよ」

「なんかものすごい物も作るけど、なんだそれってのも作る変わり者」

「あー確か選挙も出た?」

「そうそう都知事選だったかな。落っこちたけど」

「そりゃあんな格好のおっさんじゃムリだろ」

 さっきの大学生三人組が話すのが聞こえた。


 白衣の男が拡声器を口に当て、広場を見渡して声を上げた。

「いいか、愚かな若者ども。よーく聞け。よーく聞け。

 これは、この最高傑作は、禁句法違反者の捜索、摘発、捕獲のためだけに、このドクター・ワカマツが極秘開発した移動式人型ロボット、〝地獄の戦闘魔人 スーパー・ソルジャー・マシン〟だ!


 そのとてつもない能力を教えてやろう。まずこの銀色に輝く眼。この眼は赤外線暗視スコープを搭載し、暗闇でも十キロ先の人の顔を識別する。

 そして前頭部に埋め込んだ超音波レーダー機能が、コウモリの十倍の聴力でどんなに小さな声も聞き逃さんぞー!」

 そう言ってロボットをムチで指差すと、ロボットが首を左右に傾げて「ガガガ ギギギ」と唸った。

「更には、この弾丸をも跳ね返す鋼鉄のボディー、今見せた超人的跳躍力。水中では水深一万メートルまで潜水できるわ。

 どうだ、このマシン一体で、違反者はもう誰一人逃げることはできん。誰一人もだ。

 富士山頂であろうが日本海溝の奥底であろうが、どこへ逃げようと地獄の果てまで追いかけるぞー。いいか、わかったか、よーく覚えておけー!」


 白衣男はそこまで叫び終わると、

「ゴー!マシン!ゴー! ゴー!マシン!ゴー! 」

 拡声器で連呼しながらロボットを従え、悠然と、大股のガニ股で、ボクたちの前から去っていった。


 アッキが捕まった。

 ボクたちのアッキが捕まってしまった。

 そして、とんでもない怪物がボクたちの前に現れた。

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