第10話 十二月のこどもたち -4- 夕闇の決行ライブ

 ディセンバーズ・チルドレンはそのギターテクと謎の予告メッセージで、若者の間で話題となり、〝ディーチル〟の略称で呼ばれ始めていた。

 メッセージはゲリライベントの告知だとする解釈が圧倒的に多く、その謎解きでSNS上が盛り上がりを見せていた。


 数字はやはり日時を示すものとして、七月七日七時説が有力で、既にカウントダわウンを数える投稿なども始まっていた。

 TTに関しては場所を指すものとの声が大半だったが、その具体的な場所については様々な憶測が飛び交っていた。

 首都圏だけでざっと上げただけでも、東京タワー、東京都庁、東京テレポート、東京国際展示場、帝京大学体育館、高田馬場テストセンター、豊洲図書館ホールなど、地方も加えると数知れない。


 そして若者たちの盛り上がりが熱を帯びる中、遂に七月七日当日を迎えた。


 東京レジスタンスでは動画投稿者が元ジュニア隊員の可能性を考慮し、予想される候補地を組織をあげて警戒にあたる判断をした。

 ヒカリの騎士団は東京タワーと東京都庁が受け持ちとなり、ヒロたちがタワーへ、ボクとクミたちが都庁へと振り分けられた。


 午後四時、南新宿のアジトを出たボクたちは甲州街道を徒歩で西へ進んで右折し、新都心の高層ビル街へと入った。

 まず見えてきた第二庁舎周辺を探索するが特に何もない。

 都庁前の議事堂通りは向こうまでよく見通せたが、それらしき人影や車もなく普段と変わった様子はなさそうだ。

 第一庁舎の手前を曲がり、裏手の中央公園側に回ってみた。しばらく歩くと若者の姿がちらほら見える。

「そこ、もうちょっと真っ直ぐ進んでみて。広場がある?水の広場って名前。そこが怪しいとか、上がってるの」

 スマホで最新情報を検索していたカコが言った。


 先に進むと木立の向こうに開けた場所が見えてきた。噴水施設のある、テニス会場ぐらいの広場だ。

 二十人ほどの若者たちが、スマホをいじったり立ち話をしている。広場の隅に小さな白いテントがあった。

 しばらくその周辺を探索していると、そのテントから突然、エレキギターのチューニング音が聞こえ、皆同時に振り返った。

 二度三度と流れたその音に、周辺の若者たちが騒ぎ始めた。

「やっぱりここダーッ!」との叫び声に反応するかのように、ギターはボリュームを上げて流れるようなメロディラインを奏でた。

 ユーチューブに上げていたロス・グランデスの曲の一節だ。


 若者たちは更に歓声を上げて、一斉にスマホを触りだす。

 ディセンバーズ・チルドレンのライブ場所はここだ!

 友達や仲間にそう連絡しているのだろう。

 間もなくしてサポート部隊とおぼしき集団が現れ、広場奥の高さ五メートルほどの人工の滝を背に、簡単なステージを手際よく組み始めた。ドラムセットやスピーカーを運び込んでいる。


 ここだ。場所はここで間違いない。

 やはりここでディセンバーズ・チルドレンがライブ演奏をやるつもりだ。

 そしてアッキが、ボクらの仲間のアッキが、あのテントの中に間違いなくいる。


 時刻は六時を過ぎていた。 すぐにタケル団長へ報告し、グループラインで東京タワー組に知らせる。


(都庁裏 水の広場! 全員集合!)


 次々に皆の返信が画面に並ぶ。

(りょ!)

(そっちか!)

(なにえき?)

(都庁前)

(大門から大江戸線よ)

(A5出口)

(ラジャー)

(まにあう?)

(大丈夫)

(OK)

(まってろ)

(急いで!)


 タワー組の到着を待つ間にも若者を中心に人が集まり続け、六時半の時点でその数はおよそ三百人を越えた。ライブの始まりを期待する熱気が高まっていく。

「どんどん集まるね」

「まだまだ来るよ」

「アッキ、すごいね」

 ヒロたちも間に合って、予告の七時前には広場がほぼ人で埋め尽くされ、その数は七、八百人となっていた。


 そしていよいよ七時ジャスト、特設ステージに人影が現れた。

 赤のTシャツに黒デニム姿の三人。よく見るとTシャツはロス・グランデスの同じデザインのもの。

 集まった観衆から大きな拍手と歓声があがった。


 先頭の長髪の男が両手でピースサインを掲げてから、向かって右寄りに置かれたドラムセットに座った。

 サングラスをかけた二人目は左のスタンドマイク前に立ち、アンプから伸びたコードをベースギターのジャックに挿した。

 そして三人目がセンターマイク前に立つ。

 肩から下げているのはギブソンのランダムスター。赤いボディーのシルバー模様が、点灯したばかりの街灯にキラリと反射した。

 サポートスタッフ数人が手際良くセッティングを手伝っている。


 正面を向いた三人目の顔がはっきりと見えた。

 間違いない。アッキだ。

 随分と髪が伸び、明るいブラウンに染めている。間違いない。ボクたちのアッキだ。


「アッキ」

「アッキだ」

「アッキ……」


 何か月ぶりかで見る姿に皆言葉が漏れた。

「他の二人、アッキの兄ちゃんたちだよ」

 ヒロが指差した。

 アッキには大学生と高校生の兄がいた。アッキが小学校の頃からギターを始めたのも、兄貴の影響だと以前本人が話していた。

「あー思い出した!そう言えば、うちは兄弟全員十二月生まれなんだって、アッキが言ってたよ!」

 テルが叫んだ。

 ディセンバーズ・チルドレンは、兄弟三人の極秘プロジェクトだったわけだ。

 カッコ良すぎる。


 集まった観衆の熱気が高まる中、長男のスティック・カウントを合図に、次男が重低音を刻み、三男アッキがギターをかき鳴らして演奏が始まった。

 アップなハードロック調の曲だ。なんだろ、聞いたことがない。オリジナルかな。


「とうとう、始まったよ」

 テルがつぶやく。

「なんの曲だあ?」

 ヒロも嬉しそう。


 アッキが歌い始めた。


好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き


 ボクたちが口にしたことのない禁断の二文字をいきなりアッキが連呼し始めた。

 ボクたちはお互いの顔を見合わす。

 男子は目をむいて口をぽかんと開けた。女子たちは、クミもメグもカコもハナも目を輝かせて頬を紅潮させた。


 禁句の連呼に街灯の盗聴器がすぐさま反応し、けたたましい警告音が響き渡る。


キュルキュルキュルキュルキュルキュルー


 三人はお構い無しで更にボリュームを上げ演奏を続ける。


好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き


アッキちゃーん アッキちゃーん

好き好きー


 反抗のゲリラライブが意外な選曲で始まった。前の制服姿の高校生男女が会話してる。

「なにこの曲?」

「昔のアニソンだよ。代表的な発禁曲。これ持ってきたかー。禁句の連呼だもんな。センス最高じゃん!」

「アッキちゃんて?」

「元曲はアッコちゃんだよ、確か」

「じゃ誰のこと?」

「知んね。●●な女の名前じゃね?」

「あっ、いま禁句言った」

「いいよ、あいつらの音で聞こえねえよ」


好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き


アッキちゃーん アッキちゃーん

好き好きー


アッキちゃん来るかと

新宿のはずれまで来てみたら

アッキちゃん来た来た

用もないのにトッ、キン、ケイ、がー

ハーハー、ハハハ

「コラーッ キンクだーッ!」


 間奏に入った。聴衆が一斉に「イェーイッ!」と大歓声を上げた。

 古いアニソンを見事に替え歌にして、ガンガンのハードロック調にアレンジしている。

 いきなり禁句の連呼って、アッキたち相当覚悟の上だな。これが自分らなりのレジスタンスってことか。

 集まって来る人の数は止まらず、歩道に溢れ出していく。三人は間奏プレイで更に聴衆を煽る。

 早くも数人の特禁警の黒服姿が見えた。やつらも集まり始めた。


「お前たち、こっちに来い!」

 団長の指示でボクたちは歩道側へ移動した。

 大勢の青年部員たちが観衆を背にして透明のシールドを持ち、盾となってガードを固め始めている。ボクたちも小型シールドを渡されその列に加わった。


 新宿警察のパトカーが三台到着し、「無許可の演奏を止めなさい!」とマイクで叫んだ。

 ツバサとキボウの騎士団メンバーも駆け付けた。


 絶対アッキを渡さないぞ。

 ボクたちでアッキたちを守る!


 三人はパトカーの警告マイクなど無視して演奏を続ける。

 アッキが更にがなる。


好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き


アッキちゃん来るかと

都庁の裏まで来てみたらー

アッキちゃん来た来た

用もないのにポリ、コウ、ども、がー

ハーハー、ハハハ

「演奏やめんかいっ!」


 完全に挑発している。

 大学生らしき三人組がしゃべっているのが背中越しに聞こえた。

「元歌詞は確か、納豆売りと校長先生だろ」

「トッキンとポリコウって」

「はは、ミゴトミゴト!」

「もっと、ヤレヤレ!」

「しかし、ギターうめえなあ」

「プロじゃん、やベー」


 あれがボクたちのアッキだよ。嬉しくなってクミと顔を見合わせる。

 タケル団長が「アッキやるじゃん」と言ってニコッと笑った。


好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

好き好き 好き好き

アッキちゃーん アッキちゃーん

好き好きー

サー、次行けアッキちゃん!


 一曲目を歌い切った。

 瞬間、会場全体から割れんばかりの拍手、歓声、指笛が飛び交い、「ディーチル!ディーチル!ディーチル!」の大コールが湧き起こる。

 警察は車道からハンドマイクを使って、相変わらず「直ちに演奏を止めなさい」と繰り返している。

 パトカーの数は十台以上に増えた。赤いパトランプがあちこちで明滅している。特禁警の数も二、三十人に増えてきた。

 広場への入り口となっている左右両サイドの狭い階段では、ガードする青年部と黒服姿が小競り合いをしているが、ステージを囲む多くの観衆が結果的に人の盾となり、更にその周りをレジスタンスメンバーが固めている為、特禁警も簡単には突入出来ずにいる。


 続いてアッキが「行くぞーっ!」と叫び、二曲目を演奏し始めた。これはロス・グランデスの最新曲『Tokyo! vamos』だ。

 誰をも勇気づけるノリノリの応援ソング。アリーナ公演の前日にリリースされ、その後三か月以上に亘ってヒットチャート一位に居座り続けた曲だ。


 観衆の熱気は更に高まり、前列の方が演奏に合わせて縦ノリジャンプを始めた。

 広場に集まり続ける人も後を切らない。反対側の歩道や陸橋の上に人だかりが出来ていく。千人、いやもっと増え続けている。

 向かい側の人垣から誰かが発煙筒を投げ込み、白い煙を吹き出しながら車道に転がった。周囲で歓声があがる。

 警察官数名がけたたましく笛を鳴らしてそちらへ走った。


 アッキたちの思惑を遥かに越え、周辺の熱気がコントロールしきれないほど膨張を始め、一部の者がついに暴走し始めた。


「やばいな」

「群衆心理は怖いからな」

「皆、気をつけてね」

 騎士団メンバーに緊張が走る。


 青い機動隊車両が十台ほど到着した。事態収拾のため投入されたようだ。迷彩カラーを施した自衛隊装甲車の姿まで見える。

 広場前の公園通りが封鎖され、一般車両の通行が止められた。


 ノリノリの二曲目が終わった途端、広場には嵐のようなコールが沸き起こり、都庁ビルに大きく反響する。


「ディーチル!ディーチル!ディーチル!」

「ディーチル!ディーチル!ディーチル!」

「ディーチル!ディーチル!ディーチル!」


 集まった観衆の熱気が更に高まる。

 ペットボトルの水を一口含んだアッキが再びマイクの前に立つと、コールがゆっくりと静まった。

 アッキは深呼吸をひとつし、黙って夕闇の空を見上げる。

 そしてピックを持った右手を天に突き立てると、「リコーッ!」と叫んで、ワンストローク目を勢いよく振り下ろした。


 ギター音の余韻が消え、静かに始まった三曲目。

 この憂いを帯びた旋律は、リコが捕まった発禁曲『エルモサ・パラブラム~美しき言葉』で間違いない。

 聴衆から「エルパラーッ!」の掛け声が上がった。

 アップテンポな二曲とは打って変わり、アッキが奏でるイントロのメロディラインが、リコの悲しみを紡ぐかのように心に染み入ってくる。

 マイクに近づいたアッキが心を込めるように歌い始めた。


いつから それは 奪われたんだろう

いつから それが 奪われたんだろう

見上げる 星のまたたきに

君の面影 映すとき

心が震え 沸きでる言葉


いつから それは 消されたんだろう

いつから それが 消されたんだろう

窓辺の 君のつぶやきを

夜更けの風が 運ぶとき

心を強く ささえる言葉


立ち上がれ たとえ 翼もがれても

立ち向かえ たとえ 光り消されても


いつか それが よみがえるだろう

いつか それが 降り注ぐだろう

エルモサ パラブラス 美しき言葉

エルモサ パラブラス 伝えたい君に

その時 そっと口にして


「やべー、泣くわ」

「てか、オレ、もう泣いてるわ」

「涙が止まんねーよ」


 アッキが一番を歌い終わって、大学生三人が声を上げた。

 広場全体が言い様のない感情の高まりに包まれ、ボクも自然と涙がこぼれた。

 クミと目が合うと、「感動だね」とつぶやいた彼女の頬にも涙が光っていた。


 ところがその直後、信じられない展開によって広場から歌声と熱気が消え失せた。

 それはあっという間の出来事で、長く苦しい戦いの始まりだった。


 総てが終わり、群衆が声を失って立ち尽くす中、鳴り止まない警告音とパトカーのサイレン、上空に現れた新聞社のヘリコプターの旋回音だけが、夕闇の迫るビル街にこだました。

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