第7話 十二月のこどもたち -1- 反抗のカリスマ

「まさか、リコがね」

「ショック過ぎるわ」

「もう、どうしたらいいんだよ」


 その日は顔を合わせるなり、昨日の大事件の話題になった。

 さいたまスーパーアリーナで開催されていたコンサートの真っ最中に、人気アーティストが三万七千人の観客の目の前で、禁句法違反により身柄を拘束され連行されたのだ。

 テレビもネット上も、昨夜からこのニュースで持ちきりだ。


 逮捕されたのは人気ロックバンド「ロス・グランデス」を率いるリーダー兼ボーカルのリカルド・ナイトウ。

 ファンは親しみを込めてリコと呼ぶ。

 五年前にメジャーデビューした彼らは、すぐさま幅広い世代からの支持を得、日本のミュージックシーンのトップに躍り出た。

 ナイトウはメキシコ人の父と日本人の母を持つ。

 マリアッチだった父ゆずりのラテン要素を取り入れた曲調と、ナイトウが紡ぐ日本的で叙情豊かな詞が、他にはない世界観を創りあげている。

 しかし三年前に発表した曲『エルモサ・パラブラス~美しき言葉』が禁句法の対象とされ、楽曲の使用並びに視聴することを一切禁じられた。

 いわゆる発禁曲である。


 禁句法に定められている二文字を、一切使用していないにも関わらず禁止処分となったことに対し、ナイトウは異議を唱えて激しい抗議の姿勢を見せ、世間を巻き込んだ大論争の渦が巻き起こったが、最終的には政府の強権発動により押し切られた。

 歌詞の内容が国家方針を批判するものと見なされたことと、特に「立ち上がれ」「立ち向かえ」等の言葉がいたずらに民衆を煽り、平和と安全を脅かすものと判断された。

 この一件以降、ナイトウを見る世間の目が大きく変化する。

 何者も恐れないその歯に衣を着せない明快な物言いや、観衆の心を掴むパフォーマンス力が国民からの絶対的支持を得、彼を一アーティストの域から、反抗、抵抗、反体制のシンボルにまで押し上げたのだ。

 それは国民の渇望が創り出した「レジスタンスのカリスマ」の誕生だった。


 そのナイトウが昨夜のコンサートで禁を破り、三年ぶりに『エルモサ・パラブラス』を歌った。


 予兆はあった。

 数日前から公式SNSを通じ、ナイトウ自身が何かを暗示するかのようなメッセージを連続して投稿していた。


(もう三年か……)

(いや、三年、もか)

(どうする?)

(決まってるさ)

(カブロン!)


 ファンの間では直ちに話題になっていた。リコが何かをやってくれるんじゃないかと。

 自分の信念を貫き、前もって予告まで行い、そして実行した。そういう意味ではリコは確信犯だ。

 当然、政府側もこの動きを事前に察知し、アリーナ近辺に二百人体制の特禁警を配置していた。

 今朝の報道では、収監期間十年が確定したこと、最も過酷だと言われている嘉手納プリズン送致となること、今年の有名人違反者としては、二月の女子柔道選手に次いで二人目であること、などが報じられていた。


「いつから~それ~は、奪われたんだろう~」

 ヒロがその発禁曲を口ずさんだ。

「ダメよ!歌っちゃ」

 ハナがすかさずたしなめる。

「ここは大丈夫だよ。盗聴器は届かないよ」

「ダメダメ、そういう油断が命取りになるわ」

「ハナの言う通りよ。ヒロ」

「わかったよ。ゴメン」

 クミからも言われてヒロが罰の悪そうな顔をした。

「でもリコはなんで捕まるのがわかってて歌ったのかなあ」

 テルが信じられないという顔をした。

「そうよねえ。特禁警が来てるのも知ってたでしょうし」

 クミがテルやヒロの顔を見やる。


「国に抗議の姿勢を示したんだよ」

「だよなー、いい加減発禁なんて解除しろよなー」

「ワタシたちを勇気づけたかったんじゃない?」

 皆、口々に想像をめぐらせる。

「もっと特別な考えがあったのかな?」

「他に何か企んでたとか」

「企んでた?企んでたって、何をだよ」

「さあ、それはわからないわ」

「でも、リコのことだもんね。何か考えてたかも」

「うーん……」

 意見が途切れ、正解を探すようにお互いの顔を見合った。


「いや、特に理由はなかった。ただ歌いたかったから歌った。それだけじゃないのかな」

 皆黙ってボクを見る。

 昨夜からずっと考えて行き着いた答えがそれだった。

 自分で創った曲が歌えないってどんな気持ちなんだろう。いろいろと考えてみたが、経験のないボクには想像できなかった。

 自分の創った曲がかわいそうというか、ただ単純にもう一度皆に聞いて欲しくなったんじゃないのかな。

「だとしたら、それはそれでリコらしいや」

 ヒロがため息をついて天井を見上げた。


「リコが最後に残した言葉、知ってる?」

 メグが口を開いた。

「なに、なに」

 皆がメグを見た。

「連行されながら、アスタ、ルエゴ!って、叫んだんだって。 またねとか、また会おうぜとか、そんな意味なんだって」

「へー、メグ、なんで知ってんの?」

 女子たちが声を揃えた。

「昨日のコンサート、いとこが観に行ってたの。二十人くらいの特禁警がステージに突入して、リコを力ずくで引きずりおろしたって。いとこが電話の向こうで泣いてた」

「アスタルエゴ……」

「カッコ良すぎだよ」

「でも、十年って……」

 皆、言葉が続かなかった。


「アッキ、遅いね」

 沈黙に耐えかねてカコが口を開いた。

「ほんとだ。今日はアッキまだだね」

 ハナが部屋の中を見回す。

 アジトへの集合時間は決まっているわけではない。だが特に家庭の用事などがない場合は、朝は九時に集まるのが慣例になっていた。壁の時計の針は九時半を回っている。


 その時だ。入り口のドアを押してアッキが入ってきた。

「おう、アッキ、おはよう。寝坊か?」

 ヒロが明るく声を掛ける。

「ああ、いや、ちょっと」

 アッキは今まで見せたことがない、思い詰めたような固い表情をしていた。目の下にはクマができている。

 皆、いつもとは違う雰囲気を感じ、黙ってアッキを見つめる。

「またギターの練習、遅くまでやってたんだろ~」

 その場の空気の重さを感じたテルが、場を和まそうとおどけた言い方をする。


「団長いるかな?」

 アッキも自分が皆の注目を集めていると気づいたのか、無理したような引きつり笑顔で言った。

「うん。奥でパソコン開いてたよ」

 カコが答えた。

 アッキが奥の部屋に行こうとドアノブに手を伸ばしかけた時、ドアを開けてタケル団長がテイクアウト容器のコーヒーを片手に入ってきた。

「おはようございます!」

 全員、座っていた椅子や腰掛けていた机から立ち上がって挨拶する。

 団長はいつものように二本指を少し掲げて、おはようと言った後にすぐに続けてこう言った。

「朝からどうせリコの話題だろ」

「そりゃそうでしょ。衝撃過ぎますよ」

 テルがすぐさま反応する。

「だよな」

 団長はテルの反応に苦笑いを浮かべて言葉を続けた。


「でもなんでリコはあの曲やったんだろうな」

「団長もなんでって、思いますよね」

「今も皆でその話をしてました」

 テルの言葉にヒロが続く。

「私たちのために何か行動しなきゃって、思っちゃったのかな」

「だったらかわいそうだね」

 メグの意見にクミが眉をひそめる。

「タカシはどう思う?」

 団長に意見を求められて、昨夜からずっと思っていたことを話した。

「特に理由はなかったんだと思います。あの曲を歌いたかったから歌った。ただそれだけ。ボクの想像ですけど」

「うん、なるほどね。俺もタカシの意見に近いな。本当のことは本人に聞かないとわからないけど、俺は何となくそう思う」

 そう言ってブラックコーヒーを一口飲んだ。

「本人に聞くなんて無理になっちゃいましたね」

 テルの言葉に皆が下を向く。


「昨夜のニュースを知って、俺はリカルド・ナイトウって人のこれまでの人生を色々想像したよ。

 多分最初は純粋な気持ちで音楽を始めたんだろうよ。お前たちぐらいの年齢だったかも知れない。そしてチャンスを掴んで成功者になった。

 そこまでは良かったんだけどな。途中から余計なものを背負ってしまった」

「余計なものって?」

 ヒロの言葉に皆が団長を見る。

「重い十字架だよ。俺たちが無理やり背負わせたんだよ」

「えっオレたちが?」

「十字架って?」

「あの曲のことがあってから、抵抗のシンボルだとか、レジスタンスのカリスマだとか彼を祭り上げただろう。俺たち皆が」

「……」

 誰も言葉を挟めずに団長の次の言葉を待っている。

「それは一人のミュージシャン、一人のアーティストとしては邪魔なものでしかなかったんじゃないのかな。

 本人の純粋に音楽をやりたい気持ちの上から、俺たちがもっと厄介で重いもの、勝手な期待や他人任せの希望みたいなものを押し付けちゃったんだよ。きっと」

 団長の言葉に皆自問自答し、言葉が出ない。いや、出せない。確かにその通りかもしれない。


「そしてその重い十字架を担いで、ゴルゴタの丘に向かって必死に歩き続ける彼に、俺たちは彼の辛さや苦しみに気づくどころか、彼に声援を送り続けてたんだよ。もっと頑張れ、もっと頑張れってね。

 なんて無責任で残酷な行為をしてたんだろうな、俺たちは」

「ゴルゴタの丘って、キリストが張りつけにされた場所でしょ?じゃあ、リコも十字架に張りつけにされちゃった。そう言うんですか」

 いつもとは違う真剣な顔のテルが振り絞るように言った。

「そうだな。その通りだ。俺たちが張りつけにしてしまったんだよ」

「そんな……」

 クミが顔をしかめて肩を落とした。

「見えない重圧に押し潰されそうな毎日が続く中で、自分が作ったあの曲を、ただ純粋に歌いたくなったんじゃないのかな。音楽を始めた頃のように。俺はそう思うんだ」

 カコが口元を手で押さえ、ハナは指で目尻を拭った。


「人には役割ってもんがあるんだ。その役割は自分で決めて自分で勝ち取ることもあるけど、誰かから与えられることもあるんだよ。

 だけどリコはまだ二十六か七だろ。俺と大して変わんないよ。そんな若者に、そんな重いものを背負わせちゃダメだったんだよ」

 団長がそう吐き捨てるように言った時、それまでずっと黙って聞いていたアッキが一歩前に出て口を開いた。


「団長、話があります」

「おお、どうしたアッキ。深刻な顔だな」

 団長は優しい顔でアッキを見た。

「団長、オレ……」

 団長は黙ってアッキの言葉を待つ。

「団長、オレ……オレ、騎士団を辞めます」

 アッキは目をそらさず、真っ直ぐに団長の目を見た。


「えーっ」

「なんで」

「どうしたの」

「理由は?」

 皆から次々に言葉が飛ぶ。

「今の団長の話、オレはよくわかる。オレもリコに十字架を背負わせた一人だ。それは間違いない」

「そんなのオレも一緒だよ。アッキだけじゃないよ」

 ヒロがアッキの二の腕辺りを掴んだ。掴まれたヒロの手をそっと外しながらアッキが続ける。

「昨日寝ずにリコのこと、そして自分自身のこと考えたんだ。兄貴たちとも朝方まで話をした。で、出した結論が、騎士団を辞めてオレは違う方法でレジスタンスの姿勢を示す。そう決めた」

「違う方法ってなんだよ」

 ヒロが強い口調で食い下がる。

「それはまだ話せない。もっとよく考えないといけない。でもいずれ皆の前に戻って来る。それは約束する。だから団長、今をもって騎士団を辞めさせてください」


 アッキはそう言い終えると、団長に向かって深々と頭を下げた。

 皆は固唾を飲んでアッキと団長を交互に見た。

 アジトの中に重い空気が流れた。

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