第4話 言葉なき世代 -1- ヒカリの騎士団

 ロスト・ワード・ジェネレーション。

 ボクたちはそう呼ばれている。言葉なき世代、奪われた世代とも。



「今日、何の日か知ってる?」


 新入生や新入社員たちの初々しい姿が目につく穏やかな春の午後だった。

 その日は中野の総本部に団長からの頼まれ物を届けた後、阿佐ヶ谷の隠れ部屋の様子を見に寄ってから新宿に戻って来た。


「ねえねえ、タカシ、今日、何の日か知ってる?」

 南改札を出た所で、クミが繰り返し聞いてきた。

 騎士団の活動は不測の事態を想定し、二人一組で行うことに決まっている。

 団長は「男二人は目立つから」との理由で、男女を組ませることが多い。


「今日?えーと、何の日だっけ」

 一瞬焦る。

 いろいろ頭を働かせるが分からない。誰かの誕生日でもないし、何かの記念日とかでもないはずだ。

「えー、分かんないの?」

 歩きながらクミがいたずらっぽい顔で覗き込んでくる。

 何?何の日だっけ?正直ちょっと、うっとうしい。

 女子は時々そういう人を試すようなことを突然言うから疲れる。


「今日はね、新月なの。新月の日」

 赤信号で立ち止まった。

「シンゲツ?」

 何それ?言葉の意味が分からなかった。

「お月さまよ。お月さまの新月」

「あー、満月じゃなくってね。その新月か。なんだ」

「なんだはないでしょ。月に一度の大切な日なのよ」

「何?どういう意味?」

 信号が青に変わった。

 行き交う人の波を避けながら二人で交差点を渡る。


「新月の日はお月さまが願い事を聞いてくれるのよ」

「願い事?へー、初めて聞いた」

「今月の新月は今晩の二十一時三十三分。願い事はそれから四十八時間以内にしないとダメなの」

「四十八時間?ふーん、そうなんだ」

「なに、その興味なさげな返事」

「じゃあ、クミは何お願いするの?」

「え、それは教えなーい」

「なんだそれ」

「タカシは?」

「急に聞かれてもね、なんだろね」

 大通りから一本入った道を並んで歩く。

「紙に書かないといけないのよ」

「書くんだ」

「ねえねえ、何書く?」

「ふーん」

「書かないとダメだからね」

 願い事か……


 今年十四歳になるボクたちが、生まれる前の年にクーデターが起こった。

 だからボクたちは生まれて以来、禁句の『二文字』を口にしたことがない。

 ボクらの親たちは子供たちがその言葉を覚えないよう、決して教えることをしなかった。

 それでも成長と共に二文字の存在を知ることになったが、「口にすると鬼が来る」と教えこまれ、絶対に使わないよう躾られた。


 そうした環境下で育ったボクたちは、二文字を使わずとも生活する術を、窮屈ながらも自然と身につけていった。

 しかし小学校高学年ともなり異性を意識し始めると、どう表現していいか分からない、言い様のない胸のざわつきに悩むことになる。

 そうしてその二文字の真の大切さを知り、自分たちが置かれた不条理への不満と怒りの感情が膨らんでいった。


 その頃に出会った元五年二組の同級生が今の騎士団メンバーたち。

 お調子者のテル、まんじゅう屋のヒロ、ギターが上手いアッキ。幼なじみのクミに、しっかり者のカコ。走るのが一番早いメグと、がんばり屋さんのハナ。

 いつも揉めているテルとメグは、実はお互いまんざらでもない。カコはアッキが気になっていて、ヒロとハナは仲が良さげだ。


 クミとは家が近所で幼稚園の頃からの幼なじみだ。

 ボクの一番古い記憶は、クミと幼稚園の砂場で遊んでいた日のこと。

 砂遊びに飽きたクミがボクの手を引っ張っていき、二人でブランコに乗った。遠足で遊園地に行った時もクミが手を引っ張って小さな観覧車に一緒に乗った。

 クミはタカシくん、タカシくんとボクをよく連れ回したが、ボクも決してイヤではなかった。クミはいつも近くにいる存在だった。

 二人いつも手をつないでいたように思うが、ある時誰かから冷やかされてつなぐのをやめた。


 さっき禁句の二文字を口にしたことがないと言ったが、本当はそうではない。

 皆一人になった時、夜ベッドに入った時やお風呂に入ってる時に、声には出さずにそっと口を動かした経験は誰にでもある。

 隠れて悪いことをしているような背徳感と、声に出して言ってみたい衝動とが入り交じって、いつもやるせない気持ちになる。

 自分の素直な感情をその二文字を使って誰かに伝えることが、ボクたちには想像できない。きっとそれがとても不幸なことなんだということだけは自覚している。


 十二歳になる日を待ってアッキが騎士団入りしたのをきっかけに、ボクたち七人も後を追うように入団した。

 ボクたちが入ったのはヒカリの騎士団。十七歳の先輩メンバー六人が退団間近で、ボクたち八人が後を引き継ぐ形になった。


 団長のタケルさんは二十四歳。東京レジスタンスの西東京本部青年部のメンバーであり、ボクたちのリーダー。

 中学、高校、大学とサッカーをやっていたスポーツマンで、信頼できる頼もしい存在。

 団長はボクたちに、いろんなことを教えてくれる。

 レジスタンスの歴史や、今の日本がいかにバカげた政治体制かということ。社会の仕組みや世の中のこと。そして団長のこれまでの様々な経験。

 団長自身、禁句法違反によりプリズン収監を経験した過去がある。

 団長にはアンナという彼女さんがいる。

 アンナさんは団長と同じく青年部メンバーで、団長と同い年。南新宿の雑居ビル地下にある騎士団のアジトにも時々顔を出す。

 綺麗で優しくて、男子も女子も団員憧れの存在だ。


 クミとアジトに戻ると、メンバー六人が揃っていた。

「お帰り」

「ご苦労さま」

「電車混んでなかった?」

 口々に声が飛ぶ。


「オレ母ちゃんに、クーデターがあと一年早かったら、あんたは生まれてなかったかもねって言われたことがある」

 ヒロが唐突にそんなことを言った。

「どういう意味?」

 ハナが興味ありげにたずねる。

「父ちゃんとつき合ってなかったってこと」

「そっか、禁句が使えてなかったら、って意味ね」

「なんか自分の親のそういうこと想像するの、オレ恥ずかしいな」

 テルが頭をかく。


「でもオレたちは生まれた時からそうだったけど、親や歳上の人たちはある日を境に急に使えなくなったわけだろ。そのう……禁句が。どんな気持ちだったのかな」

 アッキがポケットから出したギターピックを、指でもて遊びながらつぶやく。

「どうだったんだろ」

「ワタシたちより苦しかったのかな」

「そんな急に切り替えられる?」

 メグとカコが顔を見合わす。

 話の流れがよく見えなかったが、アッキの言葉には全くその通りだ、どんな気持ちだったんだろうなと思った。

「うーん、オレたちには想像できないよなあ」

 ヒロが首を振って投げやるように言った。


 タケル団長が奥の部屋から伸びをしながら出て来た。

「本部への報告任務完了。やれやれだ。事務作業は苦手だな」

「なんか買って来ましょうか?」

 カコが笑顔で聞いた。

「いや、大丈夫だ。ありがとう。カコ、いつも気が利くな」

 団長の言葉にカコが肩をすぼめて舌を出した。

 ヒロが口を開いた。

「禁句法が始まったの、団長何歳の時でしたっけ。急に使えなくなるってどんな気持ちだろうって今話してたんです」

「そうそう、ワタシたちは生まれた時からそうだったけど、途中でそうなった歳上の人たちってどんな思いをしたのかなあって」

 メグが続く。

「親と二文字の話すんの、なんか照れるじゃないですか。そんなの恥ずかしくってオレ聞けないし」

 皆、テルの言葉に苦笑する。

「うん、そうか。そうだなあ、お前たちが生まれてくる前の話だもんな。想像もできないか。

よし、今日はこの後、特に予定は入ってないから、久々に俺の昔話でも聞くか?」

団長が皆を見渡した。


「はい、聞きたいです」

「お願いします!」

 皆が団長の周りに集まった。

「やっぱり何か飲み物買って来ます」

「あ、ワタシも一緒に行くわ。皆なんでもいい?」

 クミとカコが慌てて向かいのコンビニに走っていった。

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