第35話 開戦
俺たちは岩場を滑り降りた。
まぁスムーズに行ったのは二人だけで、俺はあちこちつっかえながらなんとか広場に降りた感じだったが。
そこでは縛られた他の盗賊達がイビキをかいて寝ていた。
起きたところで、手足を縛られているこの状態ではなにもできないだろう。
その場を進むと先に洞窟があるのだが、入り口は木材できれいに閉じられていて、扉までついている。
「しっかりとした根城ができているんだな」
俺は苦笑した。
あまり環境を整えすぎると、何かあったときにそこを捨てて逃げにくくなる。
大所帯だということもそうだ。
きっと相手が単独犯や少人数であれば、コカトリスが倒された際には別の街へ逃亡していたに違いない。
そうなれば探し出すのも一苦労になるだろう。
今回は運が良かったというか、彼らの判断が鈍かったのに救われた形だ。
もっとも、高価な薬を使ってまで石化を治療して、反撃に転じるものがいるとは考えなかったからかもしれないが。
敵を縛り終えたメイが進む一団に加わる。
「攻めるプランはございますか?」
一番堅いプランであれば、メイが眠り薬か痺れ薬の炸裂弾を持って単騎特攻だろう。
息すらしていないメイだけが、その中で縦横無尽に暴れられるからだ。
しかし、この戦いは俺たちのものではない。
闘志に燃えるこの二人こそがここを叩き潰さなければならないのだ。
「メイ、中に人間は何人いるか分かるか?」
俺の問いにメイは一瞬固まる。
きっと内部を詮索しているのだろう。
「音感ソナーによると4人、熱源関知であれば3人となっています」
「なんだその微妙な数字は」
「暖炉の側等の熱源に被っている者か……温度が低い人間以外のものが居る可能性があります」
そうか、ここは異世界。
そういう魔物が居てもおかしくないわけか。
「どっちにしろ4人以上は居さなそうって事ね?」
リリーはそう言うと、呪文を唱え始める。
「ブラストバーンか、建屋ごとぶっとばしちまうつもりだな」
俺はその大胆な行動に何となくちょっとした爽快感を感じる。
これぞ異世界という戦い方に思えたからだ。
スワットチームがコソコソ潜入する感じではなく、いきなり建物ごとロケットランチャーで吹っ飛ばして、あぶり出された敵を倒す感じだろうか。
あまり戦闘では使わない呪文なのか、やたら詠唱は長かったが、息を殺してこっちの出方を探っている相手には十分な時間を掛けることができる。
詠唱の終了と共に杖を掲げると、爆発指定地点の木の扉の当たりに陽炎が揺らぐ。
それが渦巻くように回りの空気を喰らい、赤く光り始めた。
「伏せてください、行きます」
言われる通り俺たちはその場にしゃがみこむ。
瞬間、爆風と爆炎が掛け抜け、俺は尻餅をついてしまった。
これだけ離れていてこの威力だ。
中に居るものはたまったものではないだろう。
目を開けると、ローランドは既に戦場へと走り込んでいた。
そしてメイは俺に覆い被さるように、爆風を軽減してくれていたらしい。
「大丈夫ですか博士?」
普段は嫌味しか出てこないような口から、純粋な心配の言葉が出たことに若干の驚きを感じながらも、俺はメイへと指示を出す。
「大丈夫だ、メイはあの二人をサポートしてやってくれ」
その言葉にひとつ頷くと、メイは走って倒壊した木材の破片散らばる戦場へ飛び込んでいった。
俺も物陰に身を潜めながらそれに続く。
瓦礫の山を越えると、思ったよりも中は広くなっており、そこでローランドが一人の男を斬り伏せた所だった。
「お前達だったのか!」
恨み言を吐くように発せられた言葉に、視線が集まる。
「ええ、墓場から舞い戻って来ましたよ」
凄みを効かせたローランドが、剣を血振りして鞘に納める。
あの安物の剣では切れ味もそこそこだが、少しでも手傷を追わせることができるなら、痺れ薬が効いてくるだろう。
実際に先程斬られた男の出血量は然程ではないが、動けずにもがいている。
「ですが、戻らなかった仲間が居ましてね、そのお礼参りにこうして参上したわけです」
足元に散乱した木板を避けながら、じりじりと差を詰める。
「お頭! アイツを! お願いします!」
無様に後ずさりしながらも、彼等には奥の手があるのか、希望に縋ってわめき散らしている。
瞬間、その後方からすさまじい勢いで何かが飛び出してきた。
それは、ローランドへと一直線に飛んで行き、彼が辛うじて抜き放った剣に蹴りを入れていた。
「女の子!?」
俺は目を疑う光景に唖然としていた。
まだうら若き女性が、蹴り技だけでローランドを圧倒している。
彼もそれに反応はしているものの、防戦一方といった感じだ。
彼女の回し蹴りを、剣の腹で受け止めたローランドが、そのまま3m程吹っ飛び、一回転して片ひざをついた。
完全に押されている。
「ははは! 見たかネクロマンサーの秘術」
ローランド達を嵌めた男は、さも愉快そうに高笑いしている。
そこにリリーが魔法を放った。
慣れた低級の魔法であればごく短い詠唱で攻撃ができる、もちろん威力はそこそこだが。
サッカーボール程度の火球が、男を目掛けて飛んでいく。
しかしシーフはそれを軽々かわす。
「おっと、前衛の居ない魔法使いなんて、殺してくれって言っているようなもんだぜ?」
戦況が自分の方に傾いたと感じた途端強気になった男は、不思議なステップでリリーへと迫る。
それは人間にそんな動きができるのかと思うほど素早く、目で追うのがやっとだった。
リリーもそれに何とか反撃を試みようと魔法を詠唱し始めたが、それが終わる前には男が肉薄している状況。
俺が手を伸ばしても当然届く筈もなく。
男が腰から抜いた短剣がリリーの首筋を狙った。
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