第34話 葛藤
リリーに手を引かれながら暗闇を急いだ。
「凄いなリリー殿は。こんな暗さで前が見えるのか」
俺には全く足元が見えない、恐怖しかない状況で繋いだ手だけが不安を取り除いてくれている。
「私はドワーフと人間のハーフなんです、だから多少は夜中も目が見えるんですよ」
後ろを振り向かずに答えるリリーの背中をみてなんだか納得できた。
ドワーフと言えば、手先が器用な種族で、工芸や鍛冶に携わるものが多い。
電気のない生活が多いこの世界で、夜まで手仕事をやっていて、夜目が効くようになったとか。鍛冶に携わるために、火に強いとか。
身体的特徴としては、男性は筋肉質でがっちり。
女性は豊満で若々しく見える。
そしてどちらも身長の平均が140cm程度だということ。
リリーの身長の低さはそこが由来だったのだろう。
夜目の効く理由がはっきりした事でより安心して手を引いて貰うことができた。
5分も走ると、木々を抜けて岩場が見えてくる。
「あそこから崖になっていて、横穴に洞窟が有ります」
地図で見た通りの地形らしい。
俺たちはそのまま岩の影に身を隠す。
眼下には5m程下がったところにもう一段岩棚があり、その中心に焚き火が焚かれているようだ。
その回りに数人の男達が倒れており、それを縄で縛っているメイの姿があった。
『状況はどうなってる』
近づいたことで通信が可能になったのか、メイが顔をあげて反応した。
『シャーリー様はローランド様にお渡しして安全なところで寝ていただいています』
どうやらその内容だと二人ともに怪我などはなさそうだ。
俺は安心してその岩に座り込んだ。
「あそこの見張りをどう処理するかに悩んでおりましたが、シャーリー先輩の奇襲で一気に片付けられたのは行幸でした。ただし、最後の砦の中に隠れた数人は私達に気付いたようで立て籠っています」
「このまま町の自警団でも呼びに行って、お縄にしてしまえば良いんじゃないか?」
こっちサイドに余裕があるところをみると、相手は袋のネズミなのだろう。
下手に手出しして危険な目に会うよりも、他人任せにしてしまった方が良いのではと思う。
「まだ、アイツ……グースが居ないんです」
リリーはその温厚な顔を歪める。
奥歯に相当な力が入っており、歯軋りの音がとなりの俺になら聞こえそうな程だ。
「そうか」
俺はそれに口出しをする権利はないような気がした。
彼女達の悲しみや怒りは彼女達のもの。
そしてここは異世界だ。
元の世界のルールに則って判断するようなものではない。
たとえ、この無垢な少女が、人間の返り血を浴びて穢れたように見えても、それは俺だけの価値観でしかない。
彼女にとっては、友人の敵をとった勲章になるかもしれないのだ。
それでも、俺にはこのふわふわしてまだどこか幼さを残すような手が、血に汚れるのを見たくないと感じてしまうんだ。
そう感じた瞬間、この手がとても愛おしく儚いものに見えてきた。
次この手を握るときには、この手は他人の命で汚れていて、同じものではなくなってしまう気がして。
俺はそっとリリーの手を握る。
力強くしたつもりはないが、手のひらの柔らかい部分に俺の指が少し埋まる。
緊張しているのか少ししっとりとしていて、俺の指を受け入れて離さないかのように吸い付いてくる。
「よっ……ヨツメ様、どうされたんですか?」
驚いて声を掛けてくるリリーには答えず、しばらくそのままでいた。
そしてそれを離すときに。
「頑張ってこい」
激励の言葉を掛けるしか俺にはできなかった。
殆ど同時にローランドが戻ってきて、焚き火広場の上から望む形になった。
「君たちは凄いな、俺の頼みを聞いてくれているのか」
二人にそう声を掛けたのは。
作戦会議の際に俺がこう言ったからだ────。
「できるだけ死人は出さないようにして欲しい」
その言葉に一瞬だが場の温度が冷える。
相手は人殺しも
それを
しかし甘っちょろい素人へ向ける冷ややかな視線ではなく、何故そんなことを言い出すのかと、理由を求めるのだった。
「俺の産まれた街では、人が人を殺すのを良しとしなかった。未だに俺もその感覚に縛られている。だから今回の計画立案にも人死にはほとんど入っていない」
俺はシャーリーと共に簡易錬金釜で、速効性の痺れ薬や眠り薬を調合していた。
剣の鞘の内側にそれを溜めておき、抜刀するとその刃に十分な薬が
矢筒も同様、矢尻に綿をつけて十分な薬が届くように設計してある。
それでも彼らの作戦の難易度をあげてしまうこの提案に、俺は頭を下げることしかできない。
「頭を上げてください」
ローランドが優しい声音でそう言った。
「元より私達も人を殺す事に抵抗がないわけではありません、それがどんな極悪人でも、無関係な者の命を絶つ事に対しての嫌悪感は、どうしても拭えるものではないんです」
彼の言葉のなかには、すでにそう言う経験をしたことがあるというニュアンスが含まれていて、心の芯の方がブルッと震える。
「それに、僕たちがあのシーフに恨みを持っているように、事件が明るみに出れば、被害者のご家族や友人も彼らの処遇に関わりたいと思うでしょう」
眉に掛かった金髪の奥からは、悲しさを含んだ視線を感じる。
きっと自分達と同じように、大切な人を失くした人達が、あとどれくらいいるのかと考えてしまったのだろう。
そしてその人達がまた前を向いて歩き出すために、その昇華が必要になる事も知っているのだ。
「ただし、私達が騙されたあの男だけは……私達が好きにさせて貰うわ」
拳を握りしめたままリリーが圧し殺した怒りを込めて放つ。
「もちろんだ、その時が来ても俺はなにも口出しはしないよ」
────そして、どうやらその時が来たようだ。
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