第33話 迷子無双
とまぁ、意気込んでみたものの。
戦闘経験もない52歳のおっさんなど何の役にも立たない。
出来ることと言えば、出発前に必要そうなものを考え出して手配してやることくらいだ。
つまり、やるべきことは終わった。
がんばれ若者たち。
怪我などの対応の為、元コカトリスの洞窟の入口で待機することになった。
メイにはバックアップとして二人の後をついて行ってもらっている。
彼女ならまずこの世界の武器で怪我をすることはないだろう。
魔法はちょっと分からんが……それも何とかしそうなくらいの信頼感は持っている。
ローランドには安物だが剣を。
リリーには短めの杖を渡してある。
リリーも使い慣れた魔法なら短縮して詠唱が出来る為、戦闘中にでも唱えることが出来るが、慣れていない魔法──例えばリードの魔法の時の様に、ゆっくりと100単語も詠唱する間を待ってはくれない。
残念ながら今回は俺の眼鏡に仕込まれた知識は使いどころがないかもしれないが。
「とりあえず今は二人の成功報告を待ちましょう」
俺は険しい顔をしていたのだろうか、和ますようにライフが声を掛けてくれる。
「そうだな、思いつくことは対策したはずだ。今更やれることは、彼らの成功を祈ることくらいだな」
やはりこの世界の人間は荒事に対して肝が据わっている。
20歳の女の子でもこれなのだ。
俺がなよなよしていてどうする!
──とはいえ、時間が経つごとに心配にはなってくるもので。
心の癒しを求めてシャーリーの頭を撫でようと彼女の姿を探す。
「ん? シャーリーはどうした?」
「えっ! そういえば居ないですね」
どうやら二人とも緊張していて周りが見えていなかったようだ。
思い返してみれば、ローランド達を見送る際に、既に向こう側に小さな赤い点があった気がする。
「首輪があるからと安心してしまっていた!」
「ちゃんと引っ掛けておかないと駄目ですよ」
完全に犬が逃げ出した時の会話だが。
「仕方がない探しに行こう……」
情けないが少し声が震えてしまった。
「戻ってきたときのために、ライフ殿はここで待っていてくれ」
俺の提案にライフは頭を横に振る。
「怪我した時に誰が治療するんですか!?」
心配してくれているようだが。
俺はそれを突っぱねた。
「大丈夫だ、万が一見つかりそうになっても、迷い込んだ一般人に成り切るから」
みっともなくても命は惜しい。
とりあえずシャーリーを探す親という設定にしておこう。
そう言いながらも俺は小走りで現場へ向かい始めていた。
「シャーリーの事だ、方向を見誤って関係ない場所へ行ってくれていた方がむしろ良いんだが」
とは思うものの、何となく現地に居るのではないかと思う。
あれは方向音痴などではなく、トラブルのある方、ある方へと足が向いている気がする。
小走りで15分、流石に息が切れてきた。
時速8キロ程度だから距離にすると2キロ程度か。
頭の中で向きと距離を計算しながら、そろそろだと思い足を緩める。
一般人を気取る以上、あまりこそこそとしすぎていても怪しいが……。
シャーリーの名を呼ぶような蛮行は、ローランド達の作戦にも影響が出るかもしれない。
息を整えながらも暗い茂みを進む。
明かりを焚く訳にもいかない。
わりと軽率だったような気がする……飛び出してきた割に何も出来ない自分にちょっと情けなさを感じながら。
「とりあえずシャーリーの事と、余裕があれば中間報告だけ聞いて俺は戻った方がいいかもな」
俺はメイへ眼鏡通信を送る。
あまり離れすぎていると使えないが、俺がここまでやって来たことで通じそうだ。
『博士、どうかされましたか?』
メイの声は平坦としていて、今が余裕な時なのか、敵にパワーボムをキメているのか把握できない。
「シャーリーが、そっちに向かったかもしれない」
むしろ一足先についている可能性すらあるんだが。
『それは一大事ですね、作戦中見つけたら保護いたします』
「すまんが頼む」
『わかり……シャーリー様がいらっしゃいました、そんな、まさか!』
鉄仮面メイの驚愕の言葉と共に、場所を移動したのだろう。
何かの陰に入ったとかで、電波が途切れてしまった。
「あのメイが取り乱すなんてな……余計心配になってきたじゃないか」
思案に暮れた結果、俺も現地に行くことに決めた。
俺は手のひらを上に向けて、中指の先を摘まんでみる。
普段は気にならないそこに、細いクモの糸のようなものが現れた。
この先にリリーが居るはずだ。
俺はその糸を三回引いた。
ピンと張った糸が少したわんで、発光が消えてゆく。
「伝わっただろうか」
今はそれを信じつつも、何か動いておきたい。
その紐の張っていた方向へ俺も慎重に進んで行く。
星明かり程度の暗闇ではほとんどなにも見えない。
だが、不安な気持ちがその足を進ませる。
何度
突如前方から落ち葉を踏む音が聞こえ、俺は止まる。
すでに相手にはこちらの位置がバレているかもしれないが、こそこそ隠れると余計に怪しいと思ったからだ。
相手がリリーなのか敵なのか探るため、リードの魔法を利用する事にした。
指先から出現した糸を三回引く。
きっとリリーなら何かしらの反応を示してくれる筈。
「あぁん」
前方から悩ましい喘ぎ声。
どういう通達の仕方をしてるのだ?
「リリーか!」
「ヨツメ様!」
彼女は多少夜目が効くのか、一目散にこちらに駆け寄って来てくれた。
暗闇の行進、いつ敵と遭遇するか分からない恐怖、そして不安と焦り。
俺の心を多少なりとも疲弊させる要素が満載過ぎて、彼女が見えた時には足の力が抜けそうになってふらついてしまう。
それを支えるためか、走ってきた勢いそのままリリーは俺に抱きついてきた。
眼鏡が俺の胸に当たらないよう、ちゃんと横を向いてるところが偉いぞ。
「大丈夫ですかヨツメ様」
「それより、状況はどうなってるんだ?」
最後にメイが残した言葉が気になって仕方がない。
「私達は半数程度を殲滅していったのですが、最後に残った砦の前で見張りが酒盛りをしてて。さすがに明るくて人数も多かったので手を出しあぐねいていたところだったんですが……」
「ですが?」
そこで一端困ったような顔をしたリリー。
何があったんだ。
「シャーリー先輩が急に現れて、ほら、先輩ってどうみても子供じゃないですか?」
確かに彼女はともすれば小学生高学年くらいにも見える。
身長もそうだが、色々未発達な部分があるからな。
「急とはいえ子供だと思った見張りが油断したところを、自分もろとも錬金術の薬でボンっと」
「ボン、ってどうなったんだ?」
「煙が立ち込めたと思ったらみんなバタバタ寝てしまって、慌ててメイさんが担ぎ出しに行ったんです」
睡眠爆弾か。
錬金術で言うところのネムネム薬とポムポム薬の混合物だな。
空気にふれると気化する睡眠薬と、衝撃でごく僅かな爆発を起こす薬を混ぜて投げると、霧状に四散して、そこから一気に気化するはずだ。
「そうか、なにより誰も怪我がなくて良かった」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
まさか最後にシャーリーが活躍するとは思わなかったが、彼女も彼女なりに力になりたいと考えていたのかもしれない。
……たぶん。
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