第32話 苔の洞窟

 翌日の探索は驚くほど簡単に終わった。


 何せ苔の洞窟は初心者ダンジョンから、いっそ観光地へと移行していたからだ。

 聞くところによると、この辺りでは有名な人物がこの洞窟でプロポーズしたとかで、縁結びの御利益があると人気が出たようだ。

 中に入るのにお金を払わなくてはいけないとは思わなかった。


「あいつは何の権限で金をむしってるのだ?」

 俺が憎々しげにそう聞くとライフが教えてくれる。


「この洞窟の権利を買ったんでしょうね、お金になるって思ったんじゃないですか?」

 目からうろこである。

「買えるのか?」

「元の持ち主が居ればその方から買えますし、なければ国に申請してお金を払って登録ですね」


 コカトリスの洞窟。

 あそこは良い岩塩の産地になるだろう。

 買えば一儲けできるかもしれない。

 頭の中はそんな事ばかりだったが、洞窟に入るとその邪念もすぐに消え去った。


「なんて神秘的な光景なんだ!」


 辺り一面が短命苔の群生地になっている。

 その一部が黄緑色に光ったと思ったら5秒程で消える、これが短命苔の命のサイクルだ。

 消えた隣の苔が反応し、ウェーブを作るようにゆっくり光が移動していく様が本当に美しい。


 この幻想的な空間で、好きな相手からプロポーズされるというのは、女子にとっては夢のようなものだろう。

 残念ながらこの場所は観光地化しすぎていて、人の密集度が高い。

 こうなってしまうといささか雰囲気も壊れるというものだ。


「それにしても、短命苔の採集権が小金貨5枚ってぼったくりも良い所ですよ!」

 ライフはプリプリ怒っている。

 観光地になる前は、入った人間が常識の範囲内で必要な分だけ採集するのにお金なんて払う事は無かったらしい。

 それが今や日本円で5万円。

 確かに高い。


「まぁまぁ、ここの主人にとってはそれが生命線だからね」

 きっとここで小金貨5枚払って、自分の洞窟で育てようとする者が出てくるだろう。

 バブリーな産物だという事はここの持ち主もわかっているに違いない。


「とはいえ、俺はこの苔に新たな可能性を感じたぞ」

 俺はにやりと笑い、懐からビニールチューブを取り出した。


 長さは1mくらいだが、その見慣れぬものにライフは目をぱちくりする。

「曲がるガラス管ですか?」

 この世界にポリ要素は無いから仕方ないが、そこはライフに目をつむって貰おう。


 俺は採取できるゾーンに足を運ぶと、短命苔をそのチューブに押し込んでゆく。

 最後に今まさに最盛期を迎えようとしている光る短命苔を尻に詰めると完成だ。


 光る苔が死に、光が薄くなりかけると、押し込んだ隣の苔が光始める。


「成功だ!」

 俺は急いでチューブを輪っか状にして、つなぎ目を固定する。


 光はゆっくりと明滅し、最後に詰め込んだ苔の場所まで来ると、新しい命が芽吹いていたのだろう、最盛期を迎え光り出す。


「短命苔の一生のサイクルは50秒程度、1mの円環状の筒があればこの中で1サイクル確立できる!」


「すごい、死なないように持ち帰るのが難しい短命苔をこんなに簡単に」

「観察すればこのくらい朝飯前だ」

 俺が研究者であることを忘れている人間が多いだろうから、ここで精いっぱいどやっておこう。


「えっと、それじゃ私がここに来る意味って」


 その場でいくつかの簡易調合釜を取り出して、万能丹制作の準備をしていたシャーリーが、試験管らしきものを持ったまま固まっている。


「偉いぞ、そこに気付いたかシャーリー!」

「とっ、当然よ、そのくらい私にだって分かるわ」

 褒めた事で仕事が徒労に終わった事は気にならなくなったらしい。


「せっかく来たのに」

 でもライフは何だか可哀そうに思うのだろう。

 頭を撫でてあげているが、シャーリーは君よりも年上だぞ。


「いいの、どこでやっても同じなら、私は気にしないわ!」

 眼鏡をくいっと直しながら、自信満々に言い張る。

 この底抜けなポジティブ感ってなんか癒される。


 特に昨日ライフが泣いてしまったり、なんかメイの機嫌が悪かったりするようなギスギスとした気持ちを抱えている俺には、シャーリーが物凄く癒しに感じる。


「帰ったら一緒に万能丹作ろうな」

 俺が頭を撫でながらそう言うと、シャーリーは目を輝かせる。


「師匠と一緒に錬金釜を囲めるなんて夢みたいですっ!」

「そんな鍋を囲むみたいに言わんでも」

 喜ばれるとくすぐったいような気分になる。

 シャーリーの方も、撫でている俺の手に赤い髪をぐりぐりと押し付けてくる勢いだ。


「そういえば、頭を撫でてもメイは止めなかったな」

 気になって話を振るが、メイはいつものすまし顔。

「博士がシャーリーさんにとって、知らないおじさんでは無くなったからです」

「そういえばそんな事を言ってたな」


 別に俺の異性への接触を全て拒否しているのではなく、相手が不快に思ってしまう可能性のあるタイミングで、不必要な行動をとらないように規制してくれていたという事なのだろう。

 俺は距離感を見誤ることがあるからそれは助かる。

 ただ力づく過ぎるのは正直体がもたない。

 自分で学習して距離感を勉強していけばなくなるかもしれないな。


 等と色々話しているうちに、苔の洞窟での用事は終わった。


 行ってみればすごく簡単なミッションであり、未だになぜコカトリスと戦う羽目になったのか。

 まぁシャーリーのせいなんだが。

 俺の傍で楽しそうにはしゃぐ22歳を見ていると追及も出来ない。



 宿屋に帰ってくると、リリーとローランドが待っていた。


 シャーリーに癒された俺の心は、すっと真面目モードに切り替わった。

 精神が不安定だとなかなかここに手間取ってしまう。

 シャーリー様々だ。


「見つけたのか」

 表情から、察した俺は手短に話を切り出させる。


「はい、コカトリスの洞窟の近くに彼らが巣くっている洞窟があるそうです」

 ローランドが状況を説明するために地図を広げる。


 どうやら足がつかないように、数人でローテーションを組んで新人を嵌めていたようだ。

 確かに魔導学園の学生は富裕層が多い。

 スタートダッシュでも、それなりの装備やお金を持っているのだろう。

 小金稼ぎと以前言ったが、きっと数人を賄えるだけの金に代わったのだ。


「実際に仲間になって連れて行く者の他にも、相手の身元調査を行う係、それに盗んだものを遠くの町で捌く係と役割分担がされていて、人数はそこそこに居る様です」


 思って居たよりも大がかりな組織のようだ。

 確かに、手にかけた相手が貴族だったりした場合に、面倒毎に巻き込まれるのは嫌だろうからな。

 こういう世界観では、地位のない物がいくら犠牲になっても、わざわざ私財を投げうって自分たちを探す事は無いとタカをくくっていても仕方がない。


 まぁ、まさかご本人登場とは思ってもみないだろうが。


「作戦は?」

 俺達は事細かに作戦を練り上げ、その日の夜に夜襲を掛けることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る