第31話 ライフの想い

「さぁ、俺達は寝るぞ。明日は急いで用事を終わらせて戻ってこなきゃいけないからな」


 俺の号令に他のメンバーも立ち上がった。


「わたくしはお食事の片付けがありますので、先にお休みください」

 メイはテーブルの食器をうまい事重ねて、一気に厨房へと運んでいく。

 メイド服のスカートと共に揺れる、彼女の青髪を見送る。


「メイさんは働き者ですよね、やはり男性はああいう女性に憧れるものでしょうか」

 俺と同じく後姿を見ながらライフがポツリと零す。


「その人の得意分野で補完しあうのが一番だと思うんだが」

 俺は何も考えずに自分の感覚で物を言った。

 それを真剣に受け止めるのが、このライフという女性だ。


「私の得意分野……」

 口に手を当てて、考え込むようにしたライフ。

 そんなに深い事は言ってないんだが。


「君は国家治癒師なんだし、それはなかなか真似できない君の取り柄じゃないのか?」


 俺は褒めたつもりでその言葉を言ったんだが。

 ライフは考えるのを止め、ため息一つ落として歩き出す。

 あれは彼女の「これ以上話したくない」というサイン。

 しかし、なぜそうなったか分からずに、慌ててその肩を引っ張った。


 少し手加減を間違えたのか、彼女も何かアクションを起こそうとしたのか。

 ライフの体がよろけてしまった。

 咄嗟に自分も近づき、もう片方の手で腰を支えると、まるで後ろから抱きしめたような形になってしまった。


「すまない」


 転倒させかけた事、そして若い女性に不用意にくっついてしまった事に慌てて、とりあえず最初に出てきた言葉が謝罪の言葉なのは情けない。


「ヨツメさんのせいでは無いことは分かってるんです……ううん、感謝もしてます」


 ライフにとって先ほどの謝罪がどう受け止められたのか分からないが、そのまま語り始めた。

 目下にある彼女の表情は見えず、緑色に透ける美しい髪だけが小さく揺れている。


「私のこの力はヨツメさんがくれた物だから、どうしてもこれを自分の力だと胸を張って言えないんです」


 その言葉に俺の手から少し力が抜け、彼女の体が離れていきそうになる。

 なんだか今はいけないような気がして、慌てて強く抱きなおす。


「でも私ってこれだけしか無いんですよね……メイさんみたいに完璧な人の隣にいると、時々自分が惨めになる事があるんです」

 お腹の部分に回している俺の左手に、雫の落ちる感覚がある。


 こんな時なのに俺は気の利いた言葉も言えやしない。

 詰め込んだ沢山の知識の中に、ここにふさわしい言葉が一つもない。

 なんて不甲斐ない男なのだろう!


「今思って居ることを、そのままお伝えになられるのがよろしいかと」


 突然俺の隣で声がする。

 いや、気配を消していたというよりも、俺が考えるのに必死で気付かなかっただけなんだが。

 メイは何食わぬ顔でテーブルを拭きに来ていた。


 いつもなら触れるなとか言ってプロレス技をかけてくるのに、その妙な違和感に少し戸惑ってしまう。


「ヨツメさんはさっき何を思ったんですか?」

 腕の中のライフがそう問いかけてきたので、俺はみっともないとは思いながらも正直に打ち明ける。


「俺は人間関係を円滑に進めるのがとても苦手なんだ。頭の中にどんなに知識を詰め込んでも、大切な仲間が悩んでいる時に気の利いた言葉の一つも出てこない。不甲斐ない男だと感じていたよ」


 こんな言葉が彼女の心にささる訳がない。

 ただ自分の恥ずかしい部分を晒しただけだ。


「人には得手不得手があります、ライフ様は凄いと仰りますが、私にはのです」


 メイの言葉にどう感じたのか分からないが、ライフは俺の腕の中で無理やり態勢を変えて、メイを睨みつけた。

「それだけ出来れば十分でしょう」


 しかし涼しい顔でメイはそれを受け流す。


「私には、そうやって後ろから抱かれて心配される事も、博士の人生で初めてのになる事も出来ないんです」


 そして気づいた。

「そういえば俺、さっき【大事な仲間】って言ったよな」

「はい、おっしゃりました、正確には【大切な仲間】ですが」

「ええぃ、細かい事はいい!」


 俺は突っ込みながらも感動していた。

 52年の間散々欲して、そして諦めてきたものが、今腕の中に居た。

 気づいていなかっただけで、それは唐突に。

 

「ライフ様は知らない事でしたが、私のこの能力もはじめは博士から頂いたもので、私の努力は関係ありませんでした」


 その暴露にライフも睨んでいた顔を驚きの表情に変えて話を聞いている。


「ですが、博士の好み、今日の体調、気分、それらに対応できるようになったのは、私が博士を観察して得た力です。掃除のマル秘テク、服が傷まない洗濯の仕方等、初期には無かったスキルも自分で習得致しました」


 言葉を言い終えるころにはライフの目は生気を取り戻し、頬を赤らめていた。

 自信が持てていない事に癇癪かんしゃくを起した事が今になって少し恥ずかしくなってきたのかもしれない。

 ライフは俺の胸を手で押して体勢を整えると、俺の腕の中から出て行く。


「自信を持つって凄く時間のかかる事だって思い出しました──ありがとうございます!」

 これからの彼女の活躍に期待したくなるようなはっきりとした声で語られる。


 それを聞いたメイは先程と同じく、机を拭いている。


「私部屋に戻りますね」

 恥ずかしさを隠すようにライフは走って部屋に戻っていった。

 少し下膨れのほっぺたに残る涙の痕をいつまでも人前にさらしたくはなかったのだろう。


 最後に残ったのは、長年連れ添ったメイと俺。

 メイは机を拭いている。


「いや、もうそのくらいでいいだろう机は」

 流石に長すぎる。


 俺の言葉に手を止め、すっと真っすぐ立つ。

 背筋が伸びていて美しい。

 自分が作ったので褒めにくいが、造形美としてはなかなか完璧なのではないだろうか。


 間を置かずに踵を返すと、布巾を持って厨房へ歩き始めた。

「俺は先に寝ておくからな」

 一言声を掛けて、俺も背を向ける。


「私はライフさんが羨ましい」


 その声が小さく聞こえて振り返るが、青い髪が丁度厨房の扉の向こうに消えるところだった。

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