第39話 食卓を囲む

 次に俺が目覚めたのは、メイの背中だった。

 どうやらおぶられて宿へと帰る途中らしい。


「お気付きに成られましたか博士」


 俺が辺りを見回すと、ライフもローランドに背負われていた。

 その視線を追ったのか、メイが説明してくれる。


「ライフ様はローランド様の治療後、もう一度博士を治療した後に、魔力が尽きて倒れられました」


「それは……大丈夫なのか?」

 俺のせいでライフが倒れたという事実に胸が痛む。

 治療も途中だったのか、ついでに腹も痛む。


「宿に戻ってお食事が出来れば問題ないと思います」

 確かに、食事と魔力の関係は何かしらあるようだ。

 他のメンバーもあまり焦っている風でもないので、安心して良いのだろう。


 しかしそのなかで一人だけ、落ち着きの無いものが居る。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 俺が起きたことに気付いたのだろう、半べそをかき、銀色の髪を上下に振り回しながら俺に謝罪してくる。

 自我がない間は、クールビューティなイメージだったが、本来はこういう感じなのかとちょっとたじたじしてしまうが、少し落ち着けて聞いてみる。


「驚かせて済まなかったな、君の名前を教えてくれないか」


 謝罪ヘッドバンキングを止めたが、その耳は垂れたままになっている彼女は、間を置かずにすぐに答えた。


「ボクの名前はリンド・ウル・フェンリルだよ」

 未だ申し訳なさそうにしているリンドではあったが、そこに食いついたのは俺ではなかった。


「あの足技、まさかとは思いましたが!」

 ローランドが驚きずり落ちそうになったライフを背負い直して続ける。


「貴女はその若さでフェンリルの名を冠する戦士なのですか!?」


 どうやら彼の知識には、この少女の出自の秘密が理解できているのだろうが。


「すまん、俺達にも分かるように説明してくれ」

 俺はメイに背負われながらその話を聞いた。



────山の奥、隠れ里ありき。

 狼の獣人族だけがそこに住み、武に研鑽を積んでいる。

 そこでは手を使うことを禁じられ、全ての生活を足だけで行っているそうだ。

 食事も、足を上げて箸を使って食べるし、体だって洗う。

 そこから脚の柔軟さと、バランス感覚、そして器用さを培っているのだとか。


 そんな狭い社会の中で外に出るための唯一の手段が、その村の最強になること────



「そんでボクは師匠を倒してフェンリルの名を貰って山を降りたんだ!」

 ローランドの説明に気を良くしたのだろう。

 フェンリルという称号は彼女にとっても自慢なのだ。


「それで、そんな強いフェンリルが何故死んでるんだ?」

 俺の素朴な疑問に、一転して表情を固くしたリンドだったが、耳を萎れさせて語ってくれた。


「街に降りてきたのは良いけど、お金がなくて……」


 あまりにも閉鎖的な空間で生活してきたために、家畜とその辺の野生動物との区別が付かずに、殺して食べてしまったらしい。


 知らぬこととはいえ、悪い事をしてしまったと知ったリンドは大人しく罰を受ける事にしたらしい。

 元来素直そうな子ではある。

 ただしそこにつけこむ大人はどこにだって居る。


「そこに、食べてしまった家畜代を肩代わりするという人が現れたんだ。その時はボクも世の中はなんていい人が居るんだって思ったのに……」


 

「それがあの盗賊の頭だったってことかな?」

 リンドは悔しげに俯いたまま頷く。


 きっと安心したところを殺されて、ネクロマンサーの素材に使われたのだろう。

 そこで彼女の儚い人生は終わる筈だった。


 しかし何の因果かこうして喋っている。

 人生とは分からないものだ。


「だがリンド殿の体は俺では分からないことが多すぎる、あまり無理をすると動けなくなるかもしれない」


 ライフは体を流れる魔力で動いていると言っていた。

 それが切れると彼女も動かなくなってしまうのではないかと心配ではある。


 その辺りはライフが起きたところで相談してみようかと思う。

 折角現世に戻ってきた訳だから、セカンドライフを謳歌してほしいものだ。



 俺たちは村に戻ると、すぐに宿屋になだれ込んだ。

 動けないものはベッドに寝かされ、ローランドは自警団を連れてもう一度あの場所へ行くそうだ。


 顔もイケメンだが、中身も働き者。

 メイにも劣らぬ完璧超人かよ。


 俺はじわじわと痛む腹を気にしながらも努めて平静を装っていた。

 罪悪感を感じているのだろうリンドがずっと俺の側を離れない。

 俺が身を捩ったりする際に、痛みに顔をしかめると、耳が垂れ下がり悲しそうな顔をしながら謝ってくるからだ。


 正直居ない方が楽。

 とは口が裂けても言えない。

 悪気はないんだ、悪気は。


 看病のために、同じ部屋の別のベッドではライフが寝ている。

 規則的な寝息が聞こえるので、本当に心配するようなことはないのだろう。


「お待たせしました」

 ドアがノックされ開かれる。

 メイが両手に皿を乗せて現れた。


 どうやらライフのために腕を振るったらしい。

 部屋の中に運び込まれた料理から美味しそうな匂いが漂ってくると、リンドもその鼻を犬のようにヒクつかせた。


「……まだ食べます!!」

 匂いに釣られて、ライフが飛び起きた。

 絶対夢の中でも何かを食べていただろ?


 ふらふらだった筈の足取りはどこへやら、はね除けた布団がベッドに落ちる前には皿が置かれたテーブルへと到着していたほどだ。

 すでに両手にはスプーンとフォークが握られているし、なんならよだれも流れている。


「お食べになって宜しいですよライフ様」

「ぃただきまぁ!」

 この世で一番早い頂きますを言い終え、ライフはスプーンとフォークを熟練の双剣使いのように振り回して、食べ物を口に運ぶ。



「少し魔力が回復されましたら、博士の負傷も治して頂けると幸いです」

 メイは一言声を掛けると、厨房へと戻っていった。


 実際俺も腹は減っているが、内蔵にダメージがあるのか、今食べると吐いてしまうそうだ。


 ただただ横目でライフのすさまじい食べっぷりを観察していた。

 それが少しゆっくりになってきたなぁ等と感じた頃になって、ようやくライフが立ち上がった。

 どうやらこの腹の痛みともおさらばできそうだ。

 この世界の治療術に感謝だな。


 ライフは俺の腹に向かって左手を伸ばしてきた。

 暖かい光がその手から感じられる。


 だが反対の手では骨付き肉を食べている。

 食べながらのヒーリングだ。

 せめて一時でもその手を止めれないだろうかと思いはしたが、少しでも早いタイミングで治してあげたいという気持ちの現れだろうと思い、この片手間感を飲み込むことにした。


 2、3分で治療が終わったのだろう。

 ライフは元の席に戻って、果実ドリンクを飲み干し、他の食材へとフォークを突き立てていた。


 ほぼ同時に、食事の追加が出来たことで、食事を始めることになった。

 シャーリーとリリーもメイの手伝いをしていたのだろう。

 待ちきれないように席に着いている。

 その様子ではライフと違って、つまみ食いはしなかったわけだ。


 そして、何事もなかったかのように賑やかな食卓を囲んだ。

 俺も空きっ腹にどんどんと食事を詰め込みながら、ふと顔を上げる。



 ライフ、リリー、シャーリー、メイそしてリンド……



 目の前の、それぞれの笑顔が花咲いている。

 昨晩まではこの笑顔が失われかねない戦場に居たことが過ぎ去った悪夢のようだ。



 みんなは戦う力もない俺を信じてくれた。

 その結果今があるとするならば、俺はもっと信じるに値する人間になりたい!


 人知れずその気持ちを強く抱えた。



 ふいにメイと目が合う。

 そういえば時々思考が逆流するのを思い出して、顔が熱くなってしまう。

 今の気持ちがバレたのではないかと。


 その真意は分からないが。

 ふっと華やぐような笑顔を俺に向けた。


 それは俺が意図してプログラミングしたどの表情にも当てはまらず、俺の目に焼き付いたのだった。

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