第38話 動かない娘

 そう考えている間に、スキャンが終わった様子だ。

 メイの表情からは、驚きの感情等は伝わってこないが、この報告が何か彼女を救う手だてになるのではと俺は思っている。


「まず最初に、脳は殆ど機能していませんでした」

「具体的には?」

「ニューロン間を走る電気信号が微弱であり、思考というプロセスを司る部分は完全に活動停止しています」


 つまり、完全なるネクロマンサーの操り人形ということか。

 俺はその無慈悲で一方的な支配に不快感を感じる。


「しかし、血液は循環しており、体内の臓器や脳自体も腐食は進んでおらず、生きているときと同じように機能しています」


「さっきは心臓は止まっていると言ってなかったか?」

「はい、停止しています」


 摩訶不思議な状況だ。

 これがネクロマンサーの秘術なのか。

 だったら俺の知っている状況で説明など出来はしないだろう。


「また、魔法か!」

 俺の知らない法則が、俺の理解の大きな壁となっている事が歯がゆくてたまらない。


 体が動くのであれば、地面に拳を打ち付けているところだ。


「彼女は体内を魔力が循環している状態です」

 そこにライフの声が飛び込んでくる。

 俺が顔を彼女に向けると、額の汗をぬぐいながらも、笑顔でこちらに語りかけてくる。


「処置が終わりましたよヨツメさん」


 かなり時間が掛かったため、疲労しているのが一目で分かる。

 しかし、心配の前に聞きたいことがある。


「魔力が循環しているというのはどういうことなんだ?」


 ライフは労いの言葉もそこそこに質問責めにする不躾な俺の行動に対しても、何の文句も言わず丁寧に教えてくれる。


「人間は生きている間にも心臓の鼓動と共に、血管の中を魔力が走っています。いま彼女はその血液は止まっても、全身に魔力が残っていて、体を維持している状態ってことです」


 これがこの世界の治癒師が知り得る知識ということだろう。

 前の世界ではあり得ないような突飛なものだ。


「では魔力が消えるとただの死体に戻るのか?」

「まぁそう言うことになりますね」


 ライフはよっこしょっと掛け声をかけて立ち上がると、奥で岩にもたれ掛かっているローランドの所へと歩いていった。

 その足取りはふらふらとしていて、俺のためにそこまで身を削ってくれたことに感謝しかない。


 だが今は目の前の死体の少女について、どうにかしないといけない。


「脳が動いていないなら、ネクロマンサーはどうやって指令を送っていたのか……」

 そもそも、敵も味方も判別が付かないような動きしか出来ない程度の指令しか実行できないのであれば、その内容も限られた物になるだろう。


 考えながらも起き上がってみる。

 お腹に開いた穴は完全に塞がっているが、血を失ったためか多少のめまいがあった。


 俺は岩にもたれ掛かりながら。

 その少女の正面へと回る。


 いま気付いたことだが、この少女頭の上に耳が付いている。

 しかも獣の耳だ!


「これは、狼、か?」

 犬よりも少し分厚く、毛が長い。

 野性的なイメージだろうか。

 閉じた口から、若干犬歯がはみ出ているところをみるとやはりそのような種族なのかもしれない。


 表情はどこか虚ろだが、その顔は精悍なキリッとしたイメージで。

 彼女がこれから成長し大人になれば、かなりの美人になったであろう事がうかがえる。


 そして俺は一つの名案にたどり着く。



「そうだ、眼鏡をかけよう」



 空気が凍る。

 ごくりと生唾を飲む者までいる。

 いち早く口を開いたのはもちろんメイだ。


「おいたわしや、もはや死体にすら眼鏡をかけて興奮される程病が進行していたとは……」


「まてまて! 俺を変態扱いするんじゃない! お前以外は俺をそこまでおかしいと思ってないぞ」


 と大手を降って否定してみたが、そこにいる全ての人間が俺と目を合わせようとしない。

 ある意味一大事だ。


「これは意味のある行為なんだ!」

「死姦などをご希望であれば、私どもは博士を一番に自警団に引き渡さないといけなくなりますが……」

「ええい、悲しそうな顔でさらっと酷い事をいうんじゃない! まずは話を聞け!」


 俺はふらつきながらも地団駄を踏んでメイを威嚇する。


 一歩下がったメイが、何を言い出すのだろうという不信感が目一杯詰まった顔でこちらを見ている。

 何でこんな時だけ表情筋フル稼働なんだ!



「彼女は脳が機能していない。しかし、眼鏡に付いている記憶装置をその代わりにすれば、彼女は自分で思考する事が出来るんじゃないか?」


 表情筋フル稼働モードのメイの顔が、見開かれる。

 きっと一瞬のうちに超速メモリーでその可能性を試した結果、成功の可能性を見いだしたのだろう。

 その顔に俺はこの方法の確信を得て、メイへ向かってドヤ顔を決める。


「やはり博士、普通の人間と思考回路が違いますね」


 ドヤ顔を言及するでもなく、素直に誉められた。

 なんだか最近こういうのが増えてきて、ちょっと調子が狂うなぁ、などと思いつつも俺は懐から【美少女に合法的にかけて貰える眼鏡】を取り出す。


 細い金属フレームの色は青色を選択した。

 それを掲げて俺は叫ぶ。


「君に似合う眼鏡はこれだ! 銀髪白髪には同系色の青、肌が透き通るように白いから、セルフレームのようなハッキリとした配色だと目立ちすぎるだろう。このくらいの細いフレームでも十分に魅力が発揮される筈だ!」


 もちろん目の前の少女は微動だにしないが。

 回りの人間も何を言っているのか分かっていない様子で、口元に苦笑いを浮かべている。


 そんな事などお構い成しに俺は眼鏡を少女に装着した。

 眼鏡の弦から針が延びて、頭蓋骨を貫通して脳に達した筈だが、敵意をもった攻撃とは取られなかったようだ。



 誰もが固唾を飲んでその状況を見守る。


 俺は真正面から、レンズの奥のそのグレー掛かった目を見つめている。

 急にそれが焦点を合わせたと思った瞬間だった。


「いゃぁっぁああああ!」

 盛大な叫び声と共に、俺の腹部に膝蹴りがはいった!


「良かったですね博士成功したようです」

 痛みに転げ回る俺を見下ろしながらメイが言うが、それに反応出来はしなかった。


 今日2度目の腹への激痛により、俺はそのまま気を失うことになった。

 今日の腹は呪われているようだ。

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