第28話 お手付き
その後、懇切丁寧に魔法についての研究の話をした後でようやく理解してもらえたようだ。
そう、俺が必要なのはリリーの身体ではなく、その経験値なのだ。
俺には詰め込まれた知識はあっても経験値が圧倒的に足りない。
そこから得られる知見があるのは確かだが、どうも俺には魔法使いの才能は無いらしい。
学院で習得した魔法の呪文をいくら叫んでも、ライター程の炎も発生させられなかったのだ。
そこにも何かしら魔法の理解につながる鍵が隠されていると俺は睨んでいる。
やはり、せっかく異世界に来たのだから魔法の一つも使いたいじゃないか!
と、そんなわけで誤解が解けた事で落ち着いたメイと、何故か少し残念そうなリリーを率いて村へと帰ってきた。
ギルド職員たちはそのまま報告に戻るようだったので、俺達はこれからの事を話し合う。
「実は俺達が目指していたのは苔の洞窟というダンジョンなんだ」
「それがどうしてコカトリスの洞窟へ?」
ローランドの意見ももっともだが、説明する気も起きなかったので、苦笑で返して話を続ける。
「シャーリーの祖母の薬を作成するために短命苔を採りに行くのだが、良ければ同行をお願いできないか?」
俺の提案に少し首をひねるローランド。
「こんな戦力で向かうような場所ではないと思うんですが」
「まぁ確かにな……だが君たちには借金があるだろう。ここに置いて出かけて、その間に逃げられてもこっちは困るわけだ」
この世界の借金がどういう仕組みで取り立てられているのか分からない以上、目算が付くまでは手元に居てもらいたい。
何せ大金貨10枚だ。
実際に後で聞くところによると、薬になった物を買うのであれば倍の20枚はするそうだ。
今回はハイパー錬金術師(自称)のシャーリーが作ったことで安くなったわけだ。
考えてみれば国家錬金術師もあの学校の産物である以上、税金として売り上げからかなりの額を納めなければいけないはずだ。
当然材料費の倍は取るのだろう。
そういう意味で言うと、命の値段としてはかなり破格の待遇であることには違いないのだが。
「手元に置いておきたいのなら、リードの魔法等はいかがですか?」
リリーが何故か少し顔を赤らめて進言してくる。
「ああ、あれは人間にも使えるのか?」
俺の魔法知識にあるリードの魔法というものは。
術者から対象が離れた際に、紐を手繰るようにして引っ張ることが出来る魔法だ。
主に家畜等にかけておき、迷子にならない様にするのが目的だと認識していたが。
「手綱を持っている側が任意で引く力を操れるので、連絡手段に使ったりもするんですよ」
話によると、偵察に出た仲間がその情報を伝える為にかけて置き、一度引けば安心、二度引けば撤退等と予め決めて居れば、離れた場所でも交信できるという使い方もあるそうだ。
「それは便利そうだな……」
「でも、私はその魔法覚えていないんです。魔導書にも書き込んでなくって」
どうやら魔法使いが魔導書を片手に魔法を唱えるのは、それが魔力の増幅を促したりするものではなく、詠唱呪文のアンチョコ的な側面が強いらしい。
そうして慣れて行くと、だんだんと詠唱を短くしていっても発動できるようになる。
この世界の魔法はちょっと変わったイメージだ。
「リードの魔法の詠唱は暗記しているんだが……」
俺はちらりとメイを見る。
彼女は宿屋の台所を借りて食事の支度をしている。
リリーには何もしないと信用されている今を逃すとチャンスはないかもしれない。
「リリー殿。俺の知っている魔法の詠唱を、君に教える手っ取り早い方法があるのだが」
もちろん意味も分からずリリーは首をかしげる。
少しだけ鼻が丸くて、そばかすのある頬。
茶色い髪がさらりと横に流れた。
俺はピンクの眼鏡を取り出す。
フレームは上部でレンズを支えるハーフリムという形状で、色がピンクでもあまり子供っぽくはなりすぎない。
元々少し童顔であるリリーであればいい塩梅になるはずだ。
「そういえばシャーリー先輩やライフもつけているアクセサリーですよね、私気になってました」
怯える様子はなく、むしろ少しの期待感を感じた俺はだんだんと息が荒くなってくる。
「まぁいいから、ちょこっとだけ、ちょこっとだけかけてみてくれ……最初は興味本位でいいんだ、少し痛いかもしれないけど慣れると良くなってくるから!」
俺の異様な興奮に何か感じたのか、同席していたローランドが止めに入ってきた。
「なんですかそのいやらしい誘い文句は……」
「チッ」
メイが居ないと思ったらこんなところに邪魔者がいたか。
「やらしい事をしようというのではないんだ、邪魔をしないでもらえるかな、ローラン殿」
睨みを効かせてそう言う。
「えっ、いやらしい事ではないんですか?」
とまさかのリリーから返答がくる。
なんでちょっと不満そうなんだ!
「てっきり、シャーリー先輩もライフも、メイさんもヨツメ様のお手付きなんだとばかり……」
とんだ誤解だ。
「俺は二人とは今のところなんの関係もない! もちろんメイとは今後一切そういう行為はない!」
「ふぅん、今のところ、ですかぁ」
リリーに横目でにやにやされたんだが。
ちゃんと正直に話したつもりだ。
俺にやましいことなどひとつもないぞ、今のところ。
「ではいつかはと狙っては居るのですね?」
急にこの場に居ない筈の声が、座った椅子の真後ろから聞こえてくるのだった。
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